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6 神からの贈り物

 

 父は母を愛しているが、母はそうでない。

 子供心にそう気付いたのは、いつからだろう。父や自分を通して、母は遠い何かを見ていると感じたこともある。


 自分の人生が大きく変わったのは、先帝がオーレンの母、カレン妃の呪いの魔術によって亡くなった時。



『お母様! どうしてオーレンを閉じ込めるのですか? オーレンは何も悪くないのに』


 泣きながら、必死に母のスカートに縋ったのを覚えている。


『……ルイス、皇帝暗殺はこの国における最大の罪です。罪人は直系の子孫まで処刑されて然るべきところを、皇子の身分を考慮して幽閉に留めたのです』

『でも……でも……!』

『良いですか、貴方は皇太子になるのです。民心を乱さぬ為にも、決してあの屋敷へ近付いてはなりません』


 その時の母の顔は、震え上がる程恐ろしかった。




 ────魔力は神からの贈り物だ。


 通常両親どちらかの魔力を受け継ぐが、オーレンは父親のエドワード皇太子の風の魔力と、母親のカレン妃の炎の魔力両方を受け継いでいた。


 自分が氷で小さな蝶をやっと作り出した時、彼は大きな翼の生えた青い炎のドラゴンを空に浮かべていた。

 エドワード皇太子が病で亡くなり、たった5歳で皇太子に即位した時には、自分と同い年の子供とは思えぬ程のオーラを漂わせていた。



『皇太子』は、自分にとって荷が重かった。近くでオーレンを見てきたからこそ、自分はそんな器ではないことをよく解っていたのだ。けれど、祖父の為にも、この皇室を守っていかなければいけない。

 その一心で魔力を磨き、次第に強くなる自分とは反対に、何故かオーレンの魔力は失われていく。巷では、神の怒りに触れた呪われた皇子などと呼ばれるようになっていった。


 帝位を奪い、屋敷に幽閉した父や母を、オーレンは恨んでいるかもしれない。……器もないのに、皇太子になってしまった自分のことも。

 藍色の目の奥のくらいものに、自分はあえて気付かぬふりをした。そうしないと、かろうじて自分を支えている柱が崩れてしまう。そんな気がしていたから。


 だから、彼が自分の友人を妃に迎えたいと……そう言ってくれた時は本当に嬉しかった。

 心許せる妃と共に、あの閉ざされた屋敷から救ってやりたい。それが卑怯な自分に出来る、せめてもの罪滅ぼしではないかと。



 先帝の遺言書で、自分に許嫁がいるのを知っても、全く抵抗がなかった。……抵抗がないというより、興味がなかった。

 どんな美人でも、どんなに家柄が良くても、接してみれば女性など大して変わりないと思っていたからだ。

 それでも祖父が選んだ女性ひとであれば、大切に迎えたい。慣れない宮中でも過ごしやすいように、自分が積極的に手を差し伸べていこうと思っていた。

 夫婦の “愛” はなくとも、このサレジア国を支えるパートナーとして、“信頼” を築きたいと……。



 ところが宮殿に現れた彼女を見た瞬間、その一挙一動から目が離せなくなった。

 自分が贈った水色のドレスに身を包む彼女は、想像以上に華奢なのに、強大な力でこの胸を突き破る。


 玉座に向かい自分の意思を伝える強い女性かと思えば、あどけない可愛らしさもあり。

 黒曜石のような大きな瞳に吸い込まれるのは、ほんの一瞬の出来事だった。




 ◇◇◇


 皇太子自ら淹れた紅茶を飲み、花のキャンディを幾つか味わった頃には、シェリナの緊張は大分ほぐれていた。


「一度間違えて、ラフレシアでキャンディを作ったことがあって。臭くて泣きそうだったよ」

「ふふっ」


 出会ってから僅か数時間で、自分の婚約者となるルイス・バロン皇太子。その彼が、非常に優しく気遣いのある男性だということにシェリナは気付いていた。

 皇太子という高貴な身でありながら、身分の低い初対面の自分を丁寧にエスコートし、緊張させぬようにと同じ目線で話してくれる。その何気ない会話の端々からも、彼の朗らかで温厚な人柄が窺えた。



「皇太子殿下、シェリナ様、お時間でございます」


 呼びかけられ、和らいだ緊張が再びシェリナに戻って来る。この後の成人と婚約の儀には、国内だけでなく諸外国からも大勢の来賓があり、皇太子の婚約者として迎えなければならないからだ。


 ……オーレン皇子にも会えるだろうか。

 そんなことを考えてはまた別の緊張が押し寄せ、余計に震えが止まらなくなる。


 ルイスはシェリナを見て少し微笑わらうと、すっと中庭に出て、真っ白な百合を一輪摘み戻って来た。

 手をかざし、魔術でパリパリと形を変えて、美しいかんざしに変化させる。


「わあ……綺麗」


 ほうっと息を吐くシェリナの前にしゃがむと、結われた黒髪にそれを挿し込む。


「お守り。僕が傍に付いているから大丈夫だよ」

「……はい」


 次第に震えが収まり、あのキャンディを初めて口にした時に似た安堵感が広がった。


「さあ、行こうか」


 差し出された温かい手に、シェリナは自分を奮い立たせる。


 ……優しいこの方に恥をかかせないように、今はただ、婚約者としての務めを全うしよう。




 ◇


「お疲れさま、シェリナ。よく頑張ったね」


 儀式が終わり部屋に戻ると、張りつめていた身体からどっと力が抜ける。


「……何か失礼はございませんでしたでしょうか」

「ううん、それどころか素晴らしい立ち居振舞いだったよ。みんな感心していた」

「そんな……」

「うかうかしていたら、結婚までにシェリナをどこかの国の皇族に盗られてしまうかもしれないな」


 真剣に考え込む仕草のルイスに、シェリナは戸惑う。


 そんな訳ないのに……美しい彼の隣に立つ自分は、地味で平凡過ぎるほど平凡で。


 来賓の浴びるような視線に、居たたまれない気持ちになっていた。

 そして……皇族であれば出席して然る、今回の重要な儀式。その中に、オーレンの姿はなかった。


『呪われた皇子』


 シェリナが改めてその身の上を案じていると、控えめだが芯のあるノックの音が響いた。



「失礼致します」


 ルイスの許可で、一人の若い女性が恭しく入室する。


「シェリナ、君に付ける侍女だよ。歳も近いから、仲良くなれると思う」


「シェリナ様には初めてお目にかかります。侍女のユニと申します。この度皇妃陛下と皇太子殿下より、シェリナ様にお仕えする命を頂きました。どうぞよろしくお願い致します」


「こちらこそお願い致します」


「ユニは母上の親戚で、ずっと母上の侍女を務めていたんだ。だから頼りになると思うよ」

「……皇妃陛下のご親戚ですか?」

「はい、分家の出身ですが。皇妃陛下に続き未来の皇太子妃殿下にお仕えすることが出来、身に余る光栄でございます」


 鮮やかな皇妃の紫色に比べ、数段淡いラベンダー色の瞳を細めてユニは言った。


「こちらこそ! ありがとうございます」

「シェリナ様、どうぞ敬語はお止めくださいませ」

「でも……」

「シェリナ、友達だと思って気楽に。僕ともね」


 シェリナの肩をぽんぽんと叩きながら、悪戯っぽく笑うルイス。



『シェリナ様の侍女としてお仕え致します』


『これからもお傍におりますので……』



 ユリと似た名前のユニ。彼女から伝わる温かな何かに、シェリナは親しみを感じていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  ルイスは気付いていたのですね…。  彼の人柄が生来のものならば、きっと心苦しい日々であったのだろうと。  己を卑怯と言うその様子には、幼い頃から積み重なる行き場のない思いがあるように感じ…
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