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この世で一番悲しい日 ~二人の皇子と許嫁~  作者: 木山花名美
エメラルドの瞳

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46 二度と

 

 まだ倦怠感は残るものの、何とか身体は動かせる。だがオーレンの手で着替えさせられ、そのままベッドの中に押し込まれた。


「シェリナ様、お身体はいかがですか? 一時的に抑制しているだけですので、毎日私の魔術を受けていただくことになります。シェリナ様の魔力が非常に強力な為、少し苦痛を伴われると思いますが……」


「はい……覚悟しています。ボイさん、助けてくださって、本当にありがとうございます」


 横たわりながらも丁寧に頭を下げるシェリナに、ボイは慌てて言う。


「いいえ、臣下として当然のことをしたまでです。……では、失礼致します。何か少しでも異変を感じられましたら、遠慮なくお呼びくださいませ」




 部屋を出て、廊下を数歩進んだ所で、ボイは天を仰いだ。


 ……危ういな。非常に危うい。あのオーレン殿下が、あそこまでになるとは。


 “二人を守って欲しい“


 手紙に書かれていたルイスの真意を、ボイは漸く分かった気がしていた。



『…………危険過ぎます! 皇位継承者の貴方様が自らランネ村に赴かれるなど……万一感染なさったら!』


『ランネ村は、常に貧困やムジリカ国の脅威に晒されている。今こそ皇太子として、自分の手で村民を守りたいのだよ』


『妃殿下の故郷だからですか?』



 自分の問いに何も答えず微笑んだエドワード殿下を、今でも鮮明に覚えている。光を永遠に失った喪失感は、半身をもがれるような辛さだったが……

 あの事件が起きて、先にエドワード殿下が亡くなっていて良かったのかもしれないとさえ思った。愛するカレン妃の、あんな無惨な最期を知らずに済んだのだから。

 ────いや、エドワード殿下がお亡くなりにならなければ、もしかしたらカレン妃は……


「ボイ」


 振り返るとオーレンが立っていた。執務室代わりの部屋で二人きりになると、まだ幼さの残る表情がボイに向かう。


「……ありがとう。今まで済まなかった」

「いえ……私はあの事件を傍観していた弱い人間ですから。信用に値しなくて当然です」


 ボイは顔を上げると、オーレンへ真摯に向き合った。


「殿下はもうご存知かもしれませんが、回復魔力の保有者は、自己犠牲の精神が強いのです。……非常に酷ですが、シェリナ様のような、元々お優しい性質の方は尚の事。あれ程強力な回復魔力を解放してしまわれれば、いずれ今回のようにご自身を削られるか、もしくは……悪魔に取り込まれるか」


「……シェリナの為に何が出来る?」


「なるべく感情を揺さぶられない、穏やかな環境の中に置いて差し上げて下さい。及ばずながら、私もお支え致しますので。……兵に関しては、皇妃陛下と繋がっていると思われる者は既に一掃しております。どうぞご安心を」


「……何から何まで済まない」

「いいえ、やっと新たな光を見つけたばかりですから。もう二度と失いたくないのです」


 若く眩しい主に、ボイは生涯を捧げる決意をした。



 ◇


 瞳を閉じ、穏やかな寝息を立てるシェリナの元へ、オーレンはそっと近付く。手に触れ温もりを確かめた後は、胸に耳を当て鼓動を確かめる。


 ……レン?


 温かな重みに気付き胸元を見下ろせば、柔らかい銀髪が乗っていた。昔から賢くて、大人っぽくて、いつも数歩先を進んでいると感じていた彼だけど、たまに自分よりも幼く感じる時がシェリナにはあった。

 それは亡き父親を思い出した時、皇太子の重責に押し潰されそうになった時、そして今は……


 銀髪がふわりと上がり、藍色の瞳と視線がぶつかる。


「……気分は大丈夫か?」

「うん……ごめんなさい、心配かけてしまって。あと、勝手なことをして……」


 言い終わらない内に唇を塞がれる。彼の冷たい唇は、必死にシェリナの温もりを欲し……外からも内からも、弱々しく求められる。

 やがて熱を受け取り温まると、再び胸元に顔を埋められた。


「ごめん……シェリナ……ごめん、ただ……大切なんだ……何よりも」

「私も……レンが大切。昔からずっと、ずっと」


 震える広い背を、トントンと優しく叩く。


「ねえ、レン。私達初めて喧嘩をしたね」


 二人は見つめ合い、無邪気に微笑んだ。




 ◇◇◇


 あれから数日経ち、普通に動けるようになってもまだ、オーレンはシェリナをベッドに閉じ込めていた。


「シェリナちゃん、ごめんね……今日も苦しくない?」

「大丈夫! 何ともないわ。クレオが無事で本当に良かった」


 シェリナは小さな頭を優しく撫でる。


 出会ってまだ数週間なのに、弟みたいに可愛いクレオ。生きていてくれて本当に良かった……



 オーレンはその様子を、微笑ましくも複雑な気持ちで眺めていた。


 ……シェリナが魔力を使わなければクレオは死んでいた。だがその為に、シェリナは自らを危険に晒した。命とは、その重さとは一体何だろう。



「ではこちらに置かせて頂きます」


 女将によって運ばれた二人分のトレーには、湯気を立てる雑炊と、丁寧に皮を剥かれ一口サイズにカットされたオレンジが載っていた。


「今日もシェリナ様のお好きなお野菜のスープをお出汁に使っていますからね。オーレン殿下もご一緒に」


「ありがとうございます」

「……いつも済まない。ありがとう」


「そんな……勿体ないお言葉にございます」


 女将は礼をすると、目頭を押さえながら部屋を出て行った。


 オーレンはまず自分が一口食べると、息をかけ冷ましてからシェリナの口元にスプーンを運ぶ。


「レン、私もう一人で食べられるのに」


 クレオも見ているのに恥ずかしいと、シェリナは居たたまれなくなる。当のクレオはもう慣れっこで、にこにこ見守っているのだが。


「駄目だ。この間も慌てて食べて火傷しそうになっただろ」


 諦めてスプーンを咥えると、もぐもぐと咀嚼し飲み込んだ。


「……じゃあ、もうベッドから出てもいい?」

「駄目だ。目を離した隙に何処へ行くか分からない」

「でも流石に運動しないと筋力が衰えちゃう……ね?」


 上目遣いに押されそうになり……オーレンは慌てて目を逸らす。


「駄目だ。運動なら庭の散歩で充分だ。俺の居る時にな」


 シェリナは諦め、心の中でため息を吐いた。

 仕方ないわ……この間のあんな顔を見てしまったら、もう何も言えない。……私のせいだし。


 大人しく二匙めを口にした時、緊張を孕んだボイの声が響いた。


「お食事中に失礼致します。皇太子殿下のご命令により、皇宮の侍女が一名と兵が一名、オーレン殿下にお目通り願いたいと、門で待機しております」


 ……来たか。

 オーレンはスプーンを置き、覚悟を決めて立ち上がった。



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