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この世で一番悲しい日 ~二人の皇子と許嫁~  作者: 木山花名美
エメラルドの瞳

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45/69

40 青空

 

 夕べシェリナ様は、ご用意した部屋をお使いにならなかった────


 どうしたものかと、側近のボイは頭を抱える。


 皇太子殿下からの書物はあまりにも衝撃的な内容だった……

 先帝陛下暗殺とカレン妃迫害の疑いで、皇妃陛下を殿下自ら拘束されること。皇妃陛下がシェリナ様の魔力を悪用しようとしている為、シェリナ様を極秘にこちらへ避難させたということ。

 そして……先帝陛下の定めた本当の許嫁はオーレン殿下とシェリナ様であり、お二人を守って欲しいとのこと。


 宮殿から遠く離れたこの村で、自分は皇室の為にどのように動けば良いのか……


 敬愛するエドワード殿下が亡くなられ、一線を退いている間に起きた痛ましいあの事件。

 ずっと逃げていたが、今になって向き合う時が来たのかもしれない。ご子息のオーレン殿下の為に────




 ◇


「ん……」


 何だかふわふわする……雲の上にいるみたい。こんなに心地好い目覚めはいつぶりだろう。

 手を伸ばし、何かを求めるも、冷たいシーツに触れるだけ。急に強い不安が襲い、シェリナは飛び起きた。


「レン!」


 力を入れた足に痛みが走り、またベッドに倒れ込む。

「つっ……」


「シェリナ、大丈夫か?」

 顔を上げると、藍色の瞳が心配そうに自分を見下ろしていた。


「……レン?」

「うん」

「本当にレン?」

「うん」


 恐る恐る伸ばされた手を、オーレンは優しく取り、自分の頬に持っていく。


「ほら、ちゃんと居るだろ」

「良かった……夢かと思った」


 へにゃっと泣きそうな顔で笑うシェリナがたまらなく愛おしい。落とされたオーレンの唇を合図に、二人はしっかりと抱き合い、長い間互いを確かめ合った。



 名残惜しさを断ち切るようにベッドサイドから離れると、オーレンはさっと上着を羽織る。


「外へ手紙を取りに行ってたんだ。これから船の様子を見て来る。まだ朝早いし、君は部屋でゆっくり休んでいて」

「レン、行っちゃうの?」

「……皇子の務めだから」

「私も行っちゃだめ?」

「駄目だ。落ち着いてきたとはいえ、まだ感染者も出ているんだ。移ったらどうする。しかもそんな足で動けないだろ」


 話しながらもオーレンは、さっさと出掛ける支度を進めていく。



 シェリナは急いでベッドから出ようとするも、足の痛みにバランスを崩し、床にガクっと座り込んだ。オーレンは近寄り、しゃがむと痛々しい足首を見ながら顔をしかめる。


「昨日より腫れているじゃないか。相当痛むだろ?」


 大きな瞳に涙を溜めながら首を振るシェリナに、オーレンは困った顔で笑う。


「シェリナは昔からそんなに頑固だったか?」


 首を振る度に涙がボロボロ溢れ、寝巻きに染みをつくっていく。


「まったく……人の気も知らないで」


 オーレンはため息を吐くと、シェリナを抱き上げ、厳しい口調で言った。


「今から全部言う通りにしろ。じゃないと置いていく」



 その後オーレンは、恥ずかしがるシェリナを余所にさくさくと動いた。濡らしたタオルで顔を拭き、手早く服を着替えさせ髪をすくと、再び柔らかいベッドの上に座らせる。真っ赤な顔で人形のように固まるシェリナに、くすっと笑いが込み上げた。


 オーレンは引き出しから一枚のショールを取り出すと、「お守り」と言いながら、シェリナの肩に優しく掛ける。


「綺麗……」

「母上が父上の為に作ったものだよ。二人の形見なんだ」

「そんな大切なものを」

「……大切だからだよ」


 ショールごと腕に包むと、そのままふわりと抱き上げた。


「じゃあ行くぞ」

「レン! 今日こそは歩いて行くから下ろして。後からゆっくり付いていくから」

「駄目だ」

「だってこんなに明るいのに……」

「言う通りにするって約束しただろ」

「……ねえ?」

「駄目だ」


「……レンはそんなに頑固だったかしら」

 眉を寄せ、口を尖らせるシェリナの耳元に囁く。


「離れたくないんだよ、俺も」



 何日ぶりかの抜けるような青空の下────

 美しい皇子が一人の少女を軽やかに抱いて歩く姿は、たちまち人々の口の端に上り、狭い村に広まっていった。



 ◇


「宮殿の食事に比べたら質素だけど……」


 船を確認して宿へ戻ると、部屋のテーブルにはパンと林檎が二人分用意されていた。


「ううん! ありがとう。頂きます」


 シェリナはにこっと笑うと、パンを千切ってオーレンの口に持っていく。


「ちゃんと食べてね」


 オーレンはそれをぱくっと咥えると、今度はシェリナの口元に、さっきの倍以上の大きさのパンを千切って持っていった。


「こんなの口に入らないよ!」

「あれ、俺が覚えているあの食いしん坊なら、このくらい一口でいけるはずなんだけどな」

「もう!」


 二人は子供みたいに、顔を寄せて笑い合った。



 食後のお茶を飲んでいると、オーレンが突然思い出し笑いをする。


「それにしてもシェリナは面白かったな。すごい目つきで村中威嚇しているんだから」

「だって、何処かから石が飛んでくるんじゃないかと思って」

「最近はそんなあからさまに攻撃されることないよ。この間ムジリカ国の奇襲を防いでからは、心なしか村人の当たりが柔らかくなった気がするんだ」

「…………」


 シェリナはカップを置くと、改めて居住いを正す。


「朝はごめんなさい……どうかしてた。レンは色々大変なのに。これからは足を引っ張らないようにするから」


 オーレンは静かに立ち上がると、シェリナの傍に跪き真剣な顔で手を握った。


「ここで一緒に暮らすなら、気に留めておいて欲しいことがある」

「はい」

「俺は……この村の誰も信用していない。常に疑い警戒していると言った方がいいか」

「……誰も?」


「ああ。村人の中には、昔母上の兄弟に手をかけた奴がいるし、兵だって皇妃の息がかかっている奴が殆どだろう。側近のボイも……元は父上の側近で優秀な人だが、未だに信じきれていないんだ。彼が用意するこの食事も、毒が入っていないと確信出来るまで随分時間がかかったよ」


「レン……」

「だから出来るだけ、この宿の中でもシェリナを一人にしたくなかったんだ」

「私なら大丈夫よ。ほら、あの子もいるし」


 部屋の中でヒラヒラと舞う氷の蝶を指差す。


「……出来ることならずっと傍に付いていてやりたいけど」


 シェリナは頬を膨らませると、オーレンの顔を両手でペシャッと挟んだ。


「シェリナ……?」

「大丈夫! 私は元々市井で逞しく育ってきたのよ。炊事洗濯も、兵が信用出来ないならレンの護衛だってやる。だから、必要なら何でも言って。……足手まといにはなりたくないから」


 悲しげな顔に変わるシェリナ。

 オーレンは強く首を振り、彼女を抱き寄せた。


「足手まといどころか……傍に居てくれるだけで力になるよ。シェリナと一緒なら何処ででも生きていける」

「本当に……?」

「うん」


 ……違うな。

 シェリナが居なければ、もう自分は生きていけない。自分に示された道は、自分が生きる道は、必ず彼女を守り抜くこと。ただそれだけだ。


 オーレンは、大きな弱味を抱えてしまったことを自覚していた。



「あ……でも、この村でも心を許せる人が居たな。今度シェリナにも紹介するよ」


 その一人であるクレオの顔を思い浮かべると、オーレンの胸が痛む。

 今朝、ドラゴンから受け取ったルイスの書物に書かれていたのは、ダラの悲しい最期。彼を傷付けないように……そしてシェリナに恐怖を与えないように、どう伝えれば良いかずっと悩んでいたのだ。



「オーレン殿下、お休みのところ失礼致します。ムジリカ国の捕虜の件でご相談したいことがあるのですが」


 ドアの外からボイに呼び掛けられる。


「……シェリナ、ちょっと出て来るから待っていてくれるか?」

「うん」

「午後には医師が戻るから、足を診てもらおう。大人しくしているんだぞ」


 そう言うとシェリナの頭を撫で部屋を出て行った。



 さてと……とりあえず自分に出来ることは……


 ぐるっと部屋を見回すシェリナ。視線を落とすと、空の食器が載ったトレーが目に入った。



 

 痛みはあるものの、ゆっくりなら何とか歩ける。氷の蝶が足にピタッと止まり、冷気を送り続けてくれているからだ。さっきまで自由に舞っていたのに、こうして必要な時にはちゃんと寄り添ってくれる。


「あなたって本当にお利口なのね」


 キッチンらしき場所を見つけるが誰も居ない。

 とりあえず桶でさっと食器を洗い、部屋に戻る為廊下へ出た。


 階段の前まで戻った時だった。

 小柄な少年が、踊り場に腰掛けているのが視界に入る。ぼんやり窓を見上げるその黒い瞳には、うっすら涙が滲んでいた。

 シェリナの視線に気付くと、少年は口を開く。


「君……誰?」

「私は……オーレン殿下のお友達。事情があって、昨日からこちらでお世話になっているの。貴方は?」

「僕も……オーレン殿下の友達」


 シェリナは優しく笑う。


「じゃあ、私達もお友達ね。ねえ、退屈だから、私とお喋りしてくれない?」

「……いいよ」


 二人は自然と手を取り合った。



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