38 先帝の意思
そこには先帝の紋章入りの指輪が二つ。
オーレンに何かを訴えかけるように光っていた。
長い指でツンと輪に触れてみるも、特に反発する様子はない。小さい方をつまんで軽く引っ張ると、それは呆気なくオーレンの掌に落ちた。
「私の妃教育をしてくれた先帝陛下の侍女から渡されたの。先帝陛下がレンと私に遺された遺宝だって……」
「やっぱりそうだったのか。お祖父様は俺達を……」
オーレンは震える手で、それをシェリナの左手の薬指に嵌める。
「あ……」
まるであつらえたかのように、指にしっくり馴染む。
「俺にも嵌めてくれないか?」
シェリナは渡された大きい方の指輪を、オーレンの薬指に嵌めた。
キーン…………
「うっ」
突如物凄い耳鳴りがしたかと思うと、二人の意識はぐいと何処かへ持っていかれる。
『オーレン』
胸に懐かしく響く。温かな中にも威厳のあるこの声は……
お祖父様!
『お前が今私の声を聞いているということは、私の意思を受け取り、無事にシェリナ嬢と結ばれたということだろう。
私の身勝手な判断が皇室に混乱を招き、お前達を苦しめたことを申し訳なく思っている。
先帝の遺言に背き、お前の父と母を結んだばかりに……
私がアンナと結ばれなかった分、どうしても息子には愛する者と添い遂げさせてやりたかったのだ。
結果、それがあの者の心に悪魔を呼んでしまった。
強過ぎる魔力は、時に身を破滅に追い込む。
お前達は互いにその強い魔力を支え、守り合える唯一の存在。
どうか悪魔から皇室を守って欲しい。
そしてどうか、愛し合い、幸せに……』
はっと前を見ると、シェリナも目を見開き、同じように自分のことを見ている。
「先帝陛下……?」
「シェリナにも聞こえたのか?」
「うん」
「遺宝に込められた先帝の意思だな……委ねた者にしか聞こえない」
「じゃあ私達は本当に」
「先帝が選ばれた許嫁同士だ」
「どうして遺言が変わったの? ……それも皇妃様が?」
「恐らくそうだろうな。シェリナの魔力を手に入れる為に」
シェリナは首のチェーンから、空になった銀のペンダントトップを外し、今度はエメラルドの石を見せる。
「これは子供の頃、私のお祖母ちゃんが着けてくれた、魔力を封印する呪具なんですって。でも魔力が少し解放されてしまったみたいで……最近特に不安定なの」
オーレンは思案顔で、懐から一冊の本を取り出す。
「ランネ村の……君の親戚の女性から預かったんだ。魔力の封印に関するものだと思うが」
「私の親戚……ランネ村に?」
「ああ。俺も知らずに会っていたが、ルイスが教えてくれた」
差し出された本を受け取り、シェリナは慎重にページを捲る。
「……“この本は決して呪具と共に保管してはならない。悪魔の手に渡らぬように“」
「読めるのか!?」
「うん」
オーレンが本を覗き込むも、やはりただの白紙にしか見えない。
一族の者だけが読めるよう封印されていたのか……
「続きは? 何と書いてあるんだ?」
「ええと……呪具を使った封印方法と呪文、封印を解く方法が記されているみたい。
“封印は必ず一族の者が呪具を使って行う。
封印の際には、解除方法を定めることが必須となる。
解除方法は、封印される者の身の安全が保障出来る条件を定めることが望ましい“」
「シェリナの身の安全……保障……」
「お祖母ちゃんはどんな条件を定めたのかしら」
『……互いに強い魔力を支え、守り合える唯一の存在』
先帝の言葉が、二人の中を同時に駆け巡る。顔を見合わせると頷いた。
オーレンは、恐る恐るシェリナのネックレスに手を伸ばす。あんなに強情だった留め具は、彼の手にかかるとするりと外れ……その瞬間、オーレンは言葉を失った。
シェリナの黒い瞳が、濃いエメラルド色に輝いている。果てしない煌めきを宿したその色は、海の底のように深く神秘的で────
この世のものとは思えぬ程美しいのに、何故か心臓を抉られるような恐怖が込み上げてくる。
「……レン?」
『決して封印を解いてはいけないよ』
ダラの言葉が浮かび、慌てて首にネックレスを戻す。すると、シェリナの瞳は元の黒色に戻り、オーレンは安堵した。
「レンが解除の条件だったのね……ずっと外れなかったネックレスが、あんなに簡単に」
「そのようだな。お祖母様は、君を俺に託したんだ」
オーレンはシェリナをぐっと抱き寄せる。
「今度は俺がシェリナを守る番だ。……これから何があっても絶対に、どんな些細なことにも絶対に魔力を使うな。いいな?」
「うん……」
父と母から受け継いだ、強過ぎる自分の魔力。それは全てシェリナを守る為にあったのだと、オーレンは思う。
「……レン、私をその親戚に会わせてくれる?」
「今は会えない。皇妃が封印の解除方法を探る為、宮殿に拉致したんだ」
「拉致……!」
「ルイスが助け出してくれる筈だから……連絡を待とう」
真っ青な顔で震え出すシェリナを、一層強く抱き締める。
「大丈夫……大丈夫だから」
子供の頃シェリナがしてくれたように、背中をトントンと優しく叩き続けた。
そうして漸く震えが収まった頃、控えめなノックの音と、ボイの声が響いた。
「失礼致します。シェリナ様のお部屋のご用意が整いました」




