表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世で一番悲しい日 ~二人の皇子と許嫁~  作者: 木山花名美
藍色の瞳

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/69

29 夢と現実の狭間

 

「学園の書物はいかがですか?」

「珍しいお話でとても面白いわ。学園長さんが、素敵な本を沢山選んでくださったの」

「それはようございましたね。全部お読みになったら、私にも内容を教えて下さいませ」


 ユニはシェリナの肩に、ふわりとショールを掛ける。


「温かいお飲み物をお持ち致しましょう。こう雨続きでは、お身体も冷えてしまいますわ」


 カーテンを閉め、部屋を出ていこうとするユニの袖を、シェリナはツンと引っ張る。


「ユニ、ちょっとここに座って」


 シェリナはそのままユニをドレッサーの前に連れて行き座らせる。


「シェリナ様?」


 小さな紙袋から取り出された何かが、ユニの柔らかな巻き髪にパチンと留まった。


「これは……」

「この間街で見つけたの。ユニに似合いそうだと思って」


 それはべっ甲細工の土台に、淡い紫色の天然石が幾つか嵌められている美しいバレッタだった。ユニのラベンダー色の瞳を引き立たせ、キラキラ輝いている。


「私のお金で買ったから、あまり高価な物ではないの。貴族のお嬢様には失礼かなって迷っていたら、しばらく渡せなくて」


 ユニは無言のまま鏡を見つめている。


「やっぱり失礼よね……ごめんなさい」


 シェリナの言葉に我に返ったユニは、激しく首を振る。


「いいえ、いいえ! こんなに美しい物を、私は頂いたことがありません。……ありがとうございます。シェリナ様」

「良かった……」


 シェリナはほっと微笑むと、鏡の中のユニを改めて見つめた。


「すごく綺麗。何だかユニの方が本当のお姫様みたいね」

「そんなこと……!」

「ねえ、ユニ」


 シェリナはその場にしゃがむと、ユニと目線を合わせる。


「私、ユニが傍に居てくれたから、三ヶ月間ここで頑張ることが出来たの。本当にどうもありがとう」

「そんな……私は私の務めを果たしただけで……」


 今度はシェリナが首を振る。


「婚約前にね、ずっと私を教育してくださっていたユリ先生という侍女がいたの。私にとっては母みたいな……歳の離れた姉みたいな大切な人だった。でも急に会えなくなってしまって……ちゃんとお別れも言えずに」


 シェリナはユニの冷たい手を強く握った。


「ユニは何処にも行かないで。ずっと私の傍に居てくれる?」


 澄んだ眼差しに耐えきれなくなり、ユニは目を逸らす。その目尻には溢れそうな程の涙が揺れていた。


「ユニ……」


 伸ばされるシェリナの手を避け、ユニはすっと立ち上がる。バレッタを外し、両手で堅く握り締めた。


「シェリナ様、本当にありがとうございました。大切に致します。さ、早くお飲み物をお持ちしませんと」


 しゃがんだままのシェリナを振り返らずに、ユニは部屋の外へ出て行った。




 ◇◇◇


 中庭の花の中、幼いシェリナが笑っている。

 傍に行こうとするも、突然強烈な花吹雪に飲まれ、その姿が見えなくなる。


「シェリナ!」


 ハラハラと舞う花びらの中、現れたのは大人になったシェリナで。悲しげな瞳を自分に向ける。


「どうしたんだ? シェリナ」


 近付きたくとも、何かに掴まれているように足が重く、距離が縮まらない。漸くあと数歩の所まで来た時、その小さな手に、鋭く光る物が握られているのに気付く。


「……シェリナ」

「怖いの……怖くて仕方がないの」

「シェリナ?」


 ゆっくり手を上げ、大きな瞳にそれを振り下ろす。


「やめろ!!」


 辺りが真っ赤に染まる。

 空も、花も、愛しい姿も何も見えない。




「……はっ……うっ、ぐっ……!」


 あまりにもリアルな夢に吐き気が込み上げる。手元には数日前、ダラから手渡された本が、開きかけのまま置かれていた。


 そのまま眠ってしまったのか……

 胸を押さえ、息を整える。


 あれから毎日何度も開いてはいるものの、白紙だけが綴じられたこの本の意味を見出だせないでいた。

 手をかざせば強い魔力を感じる為、ただの書物でないことは明らかだが……



「……レン殿下、オーレン殿下」


 ドアの外からボイに呼び掛けられ、はっとする。


「どうした」

「クレオという少年が殿下にお目通り願いたいと……時間も遅いので兵が追い返そうとしたのですが、門から離れない様子で」

「私が向かう」


 オーレンは本を懐に入れると、立ち上がった。



 宿の門には、雨の中、クレオが小さな身体を丸めて座り込んでいる。


「クレオ!」


 慌てて駆け寄ると、憔悴しきった黒い目をオーレンに向けた。


「皇子様……どうしよう……ばあちゃんが……もう何日も帰って来ないんです。あちこち探したけど何処にも居なくて、こんなこと初めてで……どうしよう、ばあちゃんに何かあったらどうしよう」



『怖いの……怖くて仕方がないの』



 夢の中のシェリナが甦り、身体中を恐怖が駆け巡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木山花名美の作品
新着更新順
総合ポイントの高い順
*バナー作成 コロン様
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ