28 護られし者
『レン、どうしたの?』
『父上を思い出したんだ……もうどこにもいないんだって思ったら、怖くて悲しくて』
小さな手がすっと伸び、自分の胸に優しくあてられる。
『大丈夫だよ。お父さんはここにいるよ。ずっと、どこにも行かないよ』
『でも……見えないし、触れない、声も聞こえない』
『レンの顔も、身体も、声も、半分お父さんだよ。自分をギュッでしたら会えるよ。父さんがそう言ってた』
抱き締められ、背中をトントンと叩かれる。
『大丈夫、大丈夫……大丈夫だよ』
次第に身体が温まり、心も落ち着いてくる。涙はいつの間にか乾いていた。
『おまじないかけたの。レンをずっと守ってくれますように。幸せになれますようにって』
笑顔に浮かぶその瞳は……キラキラ混じり合う、黒とエメラルド色。
あまりの眩しさに目を開けると、オーレンの頬を涙が伝っていた。
ああ、あれは……あの瞳は、シェリナの色だったんだ。
『おまじないかけたの』
『護られている……エメラルドの力で』
ずっと守ってくれていたんだな。
オーレンは身体を起こしカーテンを開けると、まだ夜の余韻の残る薄暗い空を見つめる。
微かな雨音の中、しばらく考えを巡らせると、着替えてダラとクレオの家へ向かった。
「おはよう」
「皇子様! どうしたんですか? こんな朝早くに」
外で薪割りをしていたクレオが、目を丸くしている。
「おはよう。見回りの前に寄ったんだ。……おばあさんと少し話したいんだけど、起きているか?」
部屋の中に入ると、ダラが揺り椅子に座り、ぼんやりと外を眺めている。
「おばあさん、おはよう」
オーレンの声にゆっくり振り向く。
「ああ……皇子様かい。よくいらっしゃいましたね。怪我の調子はいかがかな?」
「覚えていてくれたんだね」
オーレンは微笑む。
「もうすっかり痛みもない。貴女のおかげだよ」
「あんたのことを忘れたりするものか。こんなに強い力で護られているのに」
「……それは魔力のことか?」
「そうさ、強いエメラルドの魔力だ。あらゆる死から、あんたを護ってくれる」
「殺されかけても死ななかったのは、誰かがその魔力を俺にかけたからなんだな?」
「ああ、私も昔は出来たが……目を潰したからね。悪魔が怖かった……本当に怖かった……必死だったよ」
「取り殺されそうになったのか?」
「……この魔力を持つ者は、常に恐怖と隣り合わせなのさ」
老婆は立ち上がると、鍵の付いた箱から一冊の本を取り出し、オーレンに渡した。
それは掌に収まる程の小さな本で、表紙には家紋らしき紋章が入っている。中を開いてみるも白紙が続くだけで何も書かれていない。
「これは……」
「またあんたに会えたら渡そうと思ってたんだ。……いいかい、決して封印を解いてはいけないよ。もうすぐ悪魔がやって来る……神の力を……決して悪魔に渡してはならない……」
ダラはそう言うと、何事もなかったのようにまた揺り椅子に座り、外に視線を移して鼻歌をうたい出した。
外へ出ると、来る時は小降りだった雨が、今は激しく地面に打ち付けている。
『お誕生日会? レンが来てくれるの!? ほんとにほんとに? 嬉しいなあ』
『何故だ……何故死なない!』
あの日晩餐会へ出席しなくて済んだのも、皇妃に何度も殺されかけたのに死ななかったのも、全てシェリナに守られていたから……
『もうすぐ悪魔がやって来る』
朝だというのに日の差さぬ暗い空に、ぞわりと悪寒が走る。
胸元に触れれば、軽い筈なのにずっしりと重い本の感触。オーレンはそれを濡らさないように……誰にも見られないように大事に抱え、外で待つ兵の元へ戻った。
◇◇◇
「何だと!? 何故早くそれを言わなかった!」
皇妃の身体から、ピキピキと氷の柱が現れる。
「申し訳ありません! 大したことではないと思っておりましたので」
「もう一度聞くが……オーレンの治療をしたというその老婆は、瞳がエメラルド色に光っていたのだな」
「はい、左様でございます」
「……すぐに捕らえよ。生かしたまま連れて来い」
「はっ」
兵は敬礼すると、慌ただしく部屋を出て行った。
やっと……やっと封印が解けるかもしれない!
皇妃は立ち上がると暗い窓に寄り、神殿を見つめて狂ったように笑った。




