20 青い炎
「なんだ? あの行列は」
「やけに豪華な馬車だねえ。お偉いさんでも乗っているのかい?」
「……おい! 聞いたか? 皇子が視察に来たらしいぞ」
「皇子? ルイス皇太子殿下がいらっしゃるのか?」
「それがよ……なんと呪われた皇子の方らしいぜ」
「何だと!?」
首都を出てから約一週間。オーレン皇子一行は、ついにランネ村へ入った。
……ここが母上の故郷か。
栄えている首都はもちろん、此処に来るまでに見たどんな町や村とも違い、まるで生気を感じない。
ランネ村は元々平民と没落貴族しか住んでいない貧しい村で、オーレンの母カレン妃も平民として貧しい家に生まれた。
父であるエドワード殿下とは、皇法学園で出会い結婚したが……それ以上のことは息子であるオーレン自身も知らない。
優しく寡黙で、あまり自分のことを語らなかった母。その懐かしい姿を、オーレンは思い浮かべていた。
自ら視察を志願したのは、シェリナから離れる為と……母の過去を知りたいと考えた為だ。知ることで皇妃に、あの事件の真相に繋がるのではないかと。
そしてそれは、シェリナを守ることにも繋がる。何故皇妃がシェリナを認め、欲しているのか。そこには何か恐ろしい理由がある気がしていた。
それにしても……
苦笑しながら、改めて車内の装飾を見上げる。
皇妃め、わざと目立つ馬車にしたな。運良く暗殺でもされれば、ついに厄介払いが出来るといった所だろう。生憎、そう簡単には死ねないが。
……シェリナの為にも。
「オーレン殿下、到着致しました」
馬車から降りたそこに建つのは、薄汚れた殺風景な建物。通された室内には、布が擦りきれたソファーに、粗末なテーブルと椅子、固そうなベッドのみ。寝泊まりに最低限の設備しかないが、それでもこの村では、一番上等な宿の一番上等な部屋であることが分かる。
「申し訳ありません……殿下がいらっしゃるのに、このようなお部屋しかご用意出来ませんで」
村長が青い顔で頭を下げる。
「……いや、仮眠がとれれば充分だ。大変な中礼を言う」
「お……恐れ入ります」
これが呪われた皇子……
先帝を殺めた重罪人カレン妃の息子。
カレン妃と同じ銀髪に藍色の瞳を持つ皇子は、神の怒りに触れ魔力を取り上げられたと言われている。
だが……今目の前に立つこの青年は、かつての高貴な方を思い起こさせた。
『問題ない。大変な中、礼を言う』
そう、十三年前、同じこの部屋に泊まったエドワード元皇太子殿下を────
◇
村長と視察団に案内され、オーレンは村の様子を見て回る。
「……聞いていたより酷い状況だな」
「はい、ここ一週間で更に悪化しております。死者も増え、物流も止まりました」
「救援物資をすぐに配れ。罹患者、幼い子供のいる家庭優先で」
……村の入口辺りが、何やら騒がしい。人気のない村に響く物騒な声に、オーレンは急ぎ向かった。
「いやあっ! やめて! それを返して!!」
「うるせえ! 娼館に売り飛ばすそ!」
小さな袋を取り上げられた女性が、数人の男に囲まれている。髪を乱暴に掴まれ、路地裏に引きずれそうになった時……
ゴオッ!!
鋭い熱風が、男の腕をほんの一瞬掠めた。
「う……うわあぁぁっ!!!」
毛深い肌がパックリと割れ、熱でチリチリと燃えている。
男達が見上げたそこには、青い風と炎を纏った、銀髪の青年が立っていた。
「……何だお前は!」
青年が手をかざすと再び強い風が放たれ、男達を風圧で地面に押さえつけた。
「ぐっ……うううう」
もはや喋ることも出来ず、潰れた虫のように苦しそうに呻いている。
「婦女暴行……強盗……恐喝。連れて行け」
「はっ」
兵達が息も絶え絶えの男達を引きずっていく。
「怪我はないか」
「は……はい」
圧倒的なそのオーラと、神話に出てくる神のような美しさに、娘はしばし言葉を失う。
「この娘を家まで送れ」
兵に指示すると、青年は再び大通りへと戻って行った。
一部始終を隠れて見ていた村民達が、一人……二人と現れてはざわめき出す。
「……今のが呪われた皇子か?」
「魔力が使えるじゃないか」
「どうなってるんだ?」
「……あの方は呪われてなどいないよ」
フードを目深に被った老婆がゆっくり近づき、重みのある声で喧騒を鎮める。
「むしろ護られている。強い力で」
「……またあの婆さんか」
「気味が悪い。行こうぜ」
村民達が足早に散った後も、老婆はその場に留まり、オーレンが去った方向をじっと見つめていた。
◇
一通り村を見て回ったオーレンは、宿に帰るとすぐさま対策を練る。
まず、ムジリカ国との国境について……
現時点で動きはないが、兵を増やし防衛を強化する。
罹患者の隔離と、衛生面の徹底や栄養状態改善等の感染防止対策。
……そして、今日のようなことが起きないように、兵による村の断続的な見回りと違反者への刑罰強化が必要だ。村民の前で魔力を使ったことが、少しでも抑止に繋がると良いのだが。
さらさらと案をまとめ、次々指示を出していく。
エドワード元皇太子の側近であったボイは、オーレンのその行動力に舌を巻いた。
まるで十三年前、ここへ同行した時のエドワード殿下を見ているようだ……
オーレン殿下が帝王学を受けられていたのは、僅か7歳迄だというのに。
「あとは物資の迅速な運搬だ。さっき河を確かめてきたが、雨続きで水量が増え流れが速い為、今は馬より船の方が速く一度に運べる。早速皇太子殿下に依頼するが、何か異存はあるか?」
「……いえ、仰せのままに」
オーレンは宿の外へ出ると、空に手をかざした。
これを作るのは久しぶりだ……
さっと風を切るように手を振り下ろすと、背に翼の生えた、青い大きな炎のドラゴンが現れた。
魔力で封印した書物を口に加えさせ、その頭を優しく撫でる。
「頼んだよ」
ドラゴンは藍色の空を、遥かな宮殿目掛けて飛んで行った。
「オーレン殿下」
兵に声を掛けられる。
「失礼致します。タチアナという村民が殿下にお目通り願いたいと訪ねておりまして……何でも、昼間殿下が助けられた娘の母親だとかで」
「……構わない、通せ」
「本日は娘をお救いいただき誠にありがとうございました。隣町に商売に行った帰りでしたので……危うく売上金を失い、娘も心身共に傷を負うところでした」
母程の年齢の女性が、その恰幅の良い身体を深々と折り曲げる。
「いや、当然のことをしたまでだ。今後は取り締まりを強化していくが、万一何かあればまた報告して欲しい」
オーレンの言葉に、タチアナは顔を上げ、その藍色の瞳を優しく見つめた。
「ああ……貴方様はやはり、カレン様とエドワード殿下の御子様です。ずっと貴方様にお会いしたいと思っておりました」
ふっくらした手で目元を拭う。
「貴女は父と……母を知っているのか」
「はい。……恐れながら、私はカレン様を姉のように慕っていた者にございます」




