19 何処へ行っても
「ランネ村へ……そなたが赴くと?」
「はい」
「そなたは軟禁中の身であるぞ」
「……軟禁中であるからこそです。本来であればシェリナ様を傷付けた罪で極刑を賜るべきところを、皇太子殿下の恩情で救っていただいた身。この上命など惜しくありませんので」
皇帝は、思案顔でオーレンへ問う。
「ランネ村が今どのような状況か知っておるのか」
「軟禁の命を頂いてからの状況は全く把握しておりませんが……恐らく十三年前のように、治安が悪化しているのではありませんか?」
「……その通りだ。それに加えて隣町にも感染者が拡がっている」
「皇太子殿下は責任感の強い方ですので、もしかしたらご自身で視察されると仰っているのではないですか? 以前政務の補佐をさせていただいた時も、そのようなお話を伺っておりました」
オーレンの言葉を肯定するように、皇帝は渋い顔でため息を吐く。
「貴い皇太子殿下よりも、一皇子である私の方が適任でしょう。幸い魔力も戻りましたので、少しはお役に立てるかと。……それに、ランネ村は母の故郷でもありますので」
「そなたの話はよく分かった。熟慮し、後日決定を下す」
さて……皇妃はどう出るか。
◇
「オーレン皇子がランネ村に?」
「ああ、皇妃はどう思う」
「……構わないでしょう。但し皇子は罪人の息子で、おまけに現在は軟禁中の身。外から謀反を狙う可能性もあります。腕の立つ兵を常に見張りにつけ、何か不審な動きがあればすぐに拘束致します。よろしいですね?」
……自らそんな危険な志願をするとは。
呪われた皇子が不安定な荒れた地などに入れば、村民の反感を集め暗殺される可能性もある。
もしくは感染して命を落とすか……エドワード殿下のように。
なかなかしぶとい奴だが、今度こそ消えてくれるかもしれない。
────何よりあの娘から遠ざけることが出来る。
自分から溢れる冷気に興奮する皇妃。ぶるりと震えながら、白い息を吐いた。
◇◇◇
鉛色の空の下、宮殿の入口には馬や兵の長い隊列がある。暗く色のないこの景色の中で、一際目立つ銀色の髪の男が、馬車に乗り込もうとしていた。
「オーレン」
そこに華やかな金色の髪の男が近付けば、二人の周りだけ完全に景色が浮き上がり、調和が取れなくなる。それはまるで、彩色を誤った絵のように。
オーレンは臣下としてルイスへ向かい合う。
「皇太子殿下、兵や医師団の追加などのご配慮、誠に感謝しております。陛下より、暴動鎮圧の為魔力行使の許可も頂きましたので、何でもご命令下さい」
「こまめに報告を。こちらでも引き続き対処に努める」
「承知致しました。……私が戻るまで、アーシャとの婚姻は延期する旨陛下よりご了承いただいております。万一この身に何かあった場合は、アーシャを自由にしていただけますでしょうか?」
オーレンは、遠くに佇む屋敷に目をやる。
「……分かった。約束しよう」
「ありがとうございます。……これで何も思い残すことはありません」
オーレンは薄く微笑むと、ルイスへ頭を下げた。
「オーレン」
馬車へと踏み出す背を、ルイスが呼び止める。
「いや……何でもない。気を付けて」
オーレンは振り返り、深い藍色の瞳をルイスに向けながら、再び口を開く。
「……恐れながら申し上げます。私のことでもお分かりでしょうが、過度な信頼は時に盲目となり、真実を歪めます。どうか……内に潜む狂気と脅威から、シェリナ様をお守りください」
深く頭を下げ、馬車に乗り込んだ。
『シェリナの本当の許嫁はお前だ』
そう言ったら、お前はこのままシェリナを拐って行くだろう。
……このまま消えてくれたらと。
自分はなんと卑劣な人間なのだろうか。
ルイスは固く目を瞑り、藍色の眼差しを……オーレンの残像を掻き消した。
シェリナはたまらず部屋を飛び出し、階段を上がると踊場の大きな窓へ張り付いた。
宮殿の門を出る隊列が、遠く小さくなっていく。
どうか……どうかレンが傷付きませんように。
痛い思いや悲しい思いをしませんように。
どうか……無事でありますように。
外も中も。ポツポツと降り出した雨で滲み、次第に溢れては何も見えなくなる。
窓硝子に映る黒い瞳に、淡いエメラルド色が混ざっていることに、シェリナは気が付いていなかった。




