17 月明かりの下で
オーレンはアーシャと共に、幽閉されていた時の屋敷に移された。先帝がまだ存命だった頃、ルイスら現皇帝一家が住んでいた屋敷。皇帝や皇太子が住まう煌びやかな本殿とは遠く離れたその場所に、再び戻ることとなった。
屋敷の内外には兵を配置され、自由に動くことは許されない。また、今となっては形だけの結界も張られ、皇帝の許可なしに魔力を使わないことを誓約させられた。
皇太子の婚約者を傷付けた罪は本来であれば極刑に値するが、ルイスの計らいにより軟禁処分にとどまったのだ。
「アーシャ……巻き込んでしまいすまなかった」
「いえ、自分の意思で行ったことですから。それに……何処へ行っても同じです」
「何処へ行っても同じ……か」
「では、おやすみなさいませ」
アーシャが出ていくとオーレンは窓辺へ移り、月明かりにぼんやりと霞む本殿を見つめた。
母が拷問を受ける姿を、愉快そうに眺めていた皇妃。拷問を指示するだけでは飽き足らず、自ら手を下し始めたおぞましい顔を見た瞬間、あの女が母を陥れたのだと確信した。
長い間この身を蝕んできた強力な黒魔術は、自分を殺す為に皇妃がかけたものだと思われる。だが、何故命を落とすことなく、シェリナの記憶だけを失ったのか分からない。
それに黒魔術など使わずとも、皇妃はあの時殺そうと思えば簡単に自分のことを殺せた筈だ。罪人の子として公に処刑してしまえば良かったものを。無惨に死んでいった母のように……
何故生かしたまま塔に幽閉したのか。
次から次へと疑問が湧いてくる。
そもそも皇妃は、何故母をそれ程までに憎んでいたのか。
ずっと権力の為だと思っていたが、“正常”に戻った今では、それとは違う別の理由がある気がしていた。
……分かったことは一つ。何度も夢に出てきた黒い鏡の魔物は、シェリナの黒い瞳に映った自分だったということだ。皇妃を憎むあまり、魔物のように醜く歪んだ顔をしていたのだろう。
『オーレン……憎しみの心を……持っては駄目……』
母の最期の言葉を思い出す。シェリナが目覚めさせてくれなければ、自分も悪魔と契約し、奈落の底に堕ちていたかもしれない。
『このままがいいの』
あの時……あの手首を掴んで、何処かに連れ去ってしまいたいと思った。
……シェリナが居なければ、何処へ行っても同じだ。
月と呼応するように、青い柔らかな炎がオーレンを包み出す。
皇妃への復讐を支えに生きてきたが、これ以上シェリナを悲しませることはしたくない。
そう、今の自分に出来ることは……
◇
ルイスは指先に神経を集め、氷の粒を繊細に操る。美しい対の指輪が現れるが、あと少しというところで、ひびが入り割れてしまう。
……雑念が入り上手くいかない。
月明かりでキラキラと輝くその欠片は、形を成していた時より遥かに美しく、まるで自分を嘲笑っているかに思える。
大きなため息を吐き、立ち上がった。
◇
シェリナは窓辺に座り、藍色の夜空を眺めていた。
胸元から銀のペンダントを取り出し、月の彫刻を指で撫でると鍵を開く。
『これは先帝陛下が確かに、オーレン殿下とシェリナ様へとお遺しになった遺宝です。大切に……どうか大切に。オーレン殿下と再会し、お心を通わせられる時が来るまで、皇妃様にも何方にも知られぬようお守り下さい』
月明かりに輝く対の指輪を見ながら、その意味を考えていた。
「シェリナ」
いつの間にか、すぐ傍にルイスが立っていた。
「ごめん……声をかけたんだけど、返事がなかったから」
ふと落とした視線の先に、ルイスは光る物を見つけた。
「……それは何?」
シェリナは慌てて立ち上がり、ペンダントを握り締めた。
「父からもらったお守りです」
「……見せて」
ルイスはシェリナの手を簡単に開くと、ペンダントを掴む。鍵を掛ける余裕がなかった為、その蓋も呆気なく開いてしまった。
「これは……」
大きな輪の中には小さな輪。まるで、男が女を大切に抱くように。
重なり、寄り添う対の指輪。
────先帝の紋章が刻まれた指輪。
ルイスは恐る恐る手を伸ばし触れようとしたが、何かに阻まれそれが出来ない。
ふとシェリナを見下ろせば、黒い瞳を見開き、怯えたように自分を見上げている。
……オーレンにはあんな顔で笑っていたのに。
「……貸せ!」
頭に血が上り、シェリナの首からペンダントを引き抜こうとするも、再び見えない力に阻まれる。
今度は無理やり千切ろうと引っ張ってみるも、やはり出来ない。
「何故だ!」
手を離した反動で、シェリナの身体が床に叩き付けられた。
「……シェリナ!」
ルイスは我に返り、シェリナを抱き起こす。
「ごめん……シェリナ、ごめん」
下を向いたまま、シェリナは声を出さずに静かに泣いていた。
……笑っていて欲しいのに、幸せにしたいのに。
遺言書と並ぶ効力を持つ、魔力で作られた紋章入りの遺宝。先帝が委ねる者しか触れられないそれは、自分を拒んだ。
シェリナの本当の許嫁は……
ルイスはふらふらと立ち上がり、部屋を後にした。




