プロローグ
拷問、凌辱、主要人物の死などが描かれます。
ストレスを感じる恐れのある方は、ご注意ください。
「シェリナ、誕生日おめでとう」
「ありがとう、父さん」
丸く立てられた蝋燭を、ふうっと吹き消す。
豪華ではないが、亡き母が教えてくれたこの優しいチーズケーキは、私の誕生日の定番となっている。
「お前も18か……早いものだな」
呟く父の目には涙が光っている。
「父さんてば……もう! 涙もろいんだから」
そう言いながら自分もつられて泣いてしまうのは毎年のことだ。
5歳の時、流行り病で祖母と母を続けて亡くし、それからは父娘二人で肩を寄せ合い暮らしてきた。人生の節目には殊更感極まるものがあるのだ。
だが、18を迎えたこの年は、今までとは大きく違う。
「……いよいよ宮殿から迎えが来るのか」
父の言葉に、胸がピリッと痛む。
「分からないよ。だってまだ……」
憎まれているかもしれないから。
そう言いかけて口をつぐんだ。
『お前……お前のせいだ。お前さえいなければ、僕もお祖父様と一緒に死ねたのに! お母様も死ななかったのに!』
十年前の今日────
優しかった少年の目が、射すような憎しみを浮かべて自分を見つめていた。
私が生まれた9月6日は、この世で一番悲しい日だ。
◇
鉛のように暗く重たい雲から、雨がぼたぼたと落ちていく。冷たい窓から見上げる空は、まるで自分の心と一体となっているかの錯覚を覚える。
今日────9月6日は、この世で最も忌まわしい日だ。
何故あの日、祖父と一緒に居なかったのだろう。
……何故母を守れなかったのだろう。
十年前の今日の記憶はぼんやり霧がかったように曖昧で、ただただ深い哀しみと怒りに埋もれている。
「オーレン殿下、お時間でございます」
侍従に声をかけられ、重たい腰を上げる。一歩も動きたくないというのに、毎年この日は外出が義務付けられている。
祖父────先帝崩御の式典へ。
自分を追いやった元凶の皇妃。
皇妃の言いなりで力のない現皇帝。
何も知らない従兄弟の皇太子。
殺したい程憎い奴らと、何食わね顔をして対峙しなければならないのだ。
いつか……いつか奴の罪を暴き、復讐してやる。
握り締めた拳には、どす黒い炎がまとっていた。