三人の令嬢〜賢姫?いいえただのモブです〜
「カモミール公爵令嬢!お前との婚約を破棄する!!」
王宮での夜会で響く無粋な声に、それまで賑やかだった会場がしん…と静まり返る。
声の主はこの国の王太子、ブラックランド。
その横には白い髪の少女(体型的には幼女)が張り付いている。
対する公爵令嬢は、金髪のメリハリボディを清楚なドレスに身を包んだ美女である。
「殿下、訳を伺っても?」
毅然とした公爵令嬢とは打って変わって、こちらは醜悪な顔をしている王太子と少女。
「ふん!白々しい。お前は俺が愛するこのミレニィを虐めたそうだな」
「ブラック様ぁ、怖かった〜」
そう言って腕にしがみつくが如何せん幼女体型な為、板が押し付けられているような感じになっている。
それでもデレデレと締まりのない顔を、ミレニィと呼ばれた少女に向ける。
「そのような事はしておりませんが」
「とぼけるな!教科書を捨て、制服を汚し、果ては階段から突き落としたであろう!!」
「身に覚えがありませんわ」
「見たのは俺だけではない!」
そう言うと王太子の後ろに控えていた男たちが進み出てくると、みな口々に公爵令嬢を罵り非道だと騒ぎ立てた。
「お待ちください、殿下!」
群衆の中から麗しい令嬢が姿を表す。
「なんだ、お前は」
「私はモブその一ですわ。そんな事よりも、それはいったいいつの話ですの?」
「そんな事…」
「教科書が捨てられていたのは1ヶ月前です」
「具体的にお願いします」
「先月の25日です」
「おかしいですわ!その日公爵令嬢は隣国の使節団の対応をされていたはずですもの」
「なっ…!それなら取り巻きにでもやらせたんだろう」
「恐れながら殿下。公爵令嬢に取り巻きなどと言う者はおりませんわ」
群衆の中からまた別の令嬢が現れる。
「誰だお前は!」
「モブその二ですわ〜。それはさておき、公爵令嬢にはお友達はいらしても取り巻きなどと言う下品な者はおりませんわ」
「ならばそのお友達とやらにやらせたんだろう」
「いいえ、殿下。公爵令嬢のお友達というのは厳選されておりますの。いずれ王妃となられても、間違った道に進まれたときはお諌めできるように権限を与えられております。ただ追従するだけの腰巾着とは違いますわ〜」
のんびりとした口調できついことを言う。
「だっ、だが現に捨てられた教科書を見つけ…」
「それもおかしいのですわ」
「なんだと!」
「学園には焼却炉がございますもの。なぜ焼かずに捨てるんですの?」
「そっ!…それは…」
モブその一と名乗る令嬢に淡々と言われ、確かにその通りだと王太子たちも言葉が出ない。
「だが制服の汚れは…」
「もしかして今月1日ですか〜?」
「そうだ!」
「その日でしたら前日に雨が降って道が泥濘んでたんですよね〜。そちらのご令嬢が走ってたから危ないなーと思って見てたら見事に転んで…あ、馬車道は舗装されてるからわからなかったと思いますわ〜」
モブその二令嬢におっとりと言われ、顔色が悪くなる王太子たち。
「だ、だが!!階段から突き落としたことは弁解できまい!何しろ証言する者もいるのだからな」
悪役のような顔で笑う王太子。
「恐れながら殿下にお聞きいたしますわ」
群衆の中から三人目の令嬢が進み出ると、モブその一その二の横に並ぶ。
「きっ、君まで…」
「私はモブその三ですわ」
どうやら三人目と王太子は知り合いのようだった。
「そのご令嬢が階段から突き落とされたというのはいつのことですか?」
「先週の…20日だ」
旗色も顔色も悪くなっていく王太子。
「では後ろの方たちにお聞きしますわ。その日どなたか一人でも他の令嬢をご覧になった方はいまして?」
その言葉に王太子の腰巾着たちは互いに顔を見合わせる。
「でしょうね。なぜならその日はお茶会がありましたもの」
「お茶会…だと?」
「わ、わたしは呼ばれてない…ヒドイ、わたしだけ除け者にして」
涙目で訴える少女に青かった顔が赤くなる王太子。
「お前たち!ミレニィを除け者に…」
「その日のお茶会は王妃様が主催でした」
「母上の…?」
「礼儀作法の一環として、この国の全ての令嬢が招待されておりました」
「だが…ミレニィは呼ばれてないと」
「それなんですが…私はこの国の貴族を全て覚えているのですが、そちらのご令嬢の事は存じ上げませんの。いったいどちらのご令嬢ですの?」
こてりと首を傾げながら問うモブその三令嬢。
「エポック男爵令嬢だと聞いているが…」
語尾が小さくなる。
「エポック男爵…確か隣国で十数年前に王子の婚約破棄の原因を作ったとして抹消されたと聞いておりますが…」
「なっ…なん…だと…?」
「魔女が令嬢に成り代わっていたそうですわ…白い髪に貧にゅ…とても慎ましやかなお胸をされていたとか」
それを聞いた瞬間、王太子は少女から距離を取った。
「ブラック様ぁ、そんな女の言うことなんか信じないで!」
涙目で訴えるが、王太子たちは近寄らない。
「…あんたたちのせいで!もう少しで上手く行くところだったのに!!許さ…ぎゃあああ!!!」
豹変した少女がモブ令嬢たちに詰め寄ろうとした瞬間、モブその一令嬢が灰を投げつけた。
それが少女の体に触れた瞬間キラキラと光を放ち始め、その光が収まるとそこには一人の中年の女性が立っていた。
「俺のミレニィがばばぁに…お前たちまさか呪いを」
「残念ですが殿下。こちらが素の姿ですわ」
王太子たちの顔が絶望に染まる。
ばばぁ呼ばわりされた元少女は、きーきーと騒ぎながら暴れている。
「ごめんなさいね〜、あなたの力はもう無いのよ〜。みんなあなたに付き合えないって還っちゃったの〜」
モブその二令嬢がのんびりとした口調でそう告げると
「お前が!わたしの使い魔を奪ったのか!!」
そういって掴みかかろうとする…が、モブその一令嬢から投げられた灰がまるで縄か鎖のように元少女を縛り上げた。
「後はお任せいたしますわ」
「私疲れましたわ〜」
「ふふ…帰ってお茶にしましょうか」
みなが呆気にとられる中、三人の令嬢は夜会から姿を消した。
後に残されたのは呆然と立ち尽くす王太子と床に転がる元少女、そして彼らを囲む貴族たち。
彼らの中にツッコミがいたらきっとこう叫んでいたに違いない。
―お前らのようなモブがいるか!!!!!―
この国にはかつて三人の賢姫がいたという。
己をモブだと言いながら決して埋没することのない美貌と智慧と才能を兼ね備えた三人は、何度か国の危機を救ったあと表舞台から姿を消した。
それぞれ結婚して幸せに暮らしたとも、いつまでも三人で仲良く暮らしたとも、あるいは諸国漫遊の旅に出たとも伝えられている。
パール伯爵令嬢…三人の中では一番年上。そのため落ち着いている。情報分析が得意なので他の二人が集めた情報を精査しているのは彼女である。本人いわくモブその三。
王太子と同級生。
ジュゴン伯爵令嬢…名前の由来となった生物のように、のんびりぼんやりうっかりを体現している。時折鋭いことも言うが、本人は自覚してない。妖精さんとお友達になれる。本人いわくモブその二。
自称男爵令嬢と同級生。
オウル伯爵令嬢…頭の回転が早く常にいろいろなことを思考している。謀を巡らすのが得意。いくつも策を考えているので、一つがだめになっても即リカバリーできる。独自の術式を組んだ魔法が得意。本人いわくモブその一。
公爵令嬢と同級生。
王太子…廃嫡はされなかったが王子として再教育中。反省しないならひっそりと消える運命。
元少女…隣国で婚約破棄騒動を巻き起こした。正体は魔女。自分より美しく、賢く、幸せな女性が大嫌い。使い魔も力も奪われた為、より一層老けた。
公爵令嬢…後半出番がなかったが、隣国の王弟に見初められ嫁ぐことになる。




