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馬車は丁度、下町のお祭りが開催されている脇を走っていた。
それを見たクレア嬢は、お祭りの様子が気になっているようだ。
「お祭り、寄っていくかい?」
「……」
驚いた顔で僕を見る彼女はまるで、「下町のお祭りなんて行くつもりなの?」とでも言いたげに見える。
「す、すまない……てっきり興味があるのかと思って」
「い、いえ。行ってみたいと思っていたのですが、リアム様はあまりお気に召さないのでは無いかと考えていたので……行ってもいいなら、行きたいです」
彼女のその言葉に今度はこちらが驚く。
クレア嬢から見れば自分もそのように見えていたのか。
「丁度、私も覗いてみたいなと思っていたんだ。一緒に行こうか」
「はい!」
クレア嬢の今日1番の笑顔に、なんだか気分も明るくなる。
御者に適当な場所で下ろしてもらえるように伝え、僕らはお祭りへ繰り出した。
最初はどのくらいはしゃいでいいものか、遠慮していたようにみえたクレア嬢だったけれど、会場を回るにつれて、先程のような笑顔を見せた。
僕もそれが嬉しくて一緒になって笑う。
「リアム様! あちらに見たことの無い食べ物があるわ!」
そう目を輝かせる彼女は、既に左手にたこ焼きを、右手に綿あめを持っていて、まさかあの完璧令嬢のクレア・アンダーソンには見えなかった。
「行ってみようか」
「はい!」
彼女は僕の手を掴み、ぐいぐいとその店まで引っ張っていく。そんな彼女のことを……もしかすると僕は誤解していたのかもしれない。
「毎度ー!」
露店の店主はそう言って、クレア嬢にりんご飴なるものを手渡した。
彼女は嬉しそうにそれを眺め、思い切り齧り付く。
「思っていたより硬いわ。でも美味しい! ……何かついてますか?」
思っていたよりも長い時間、彼女を見つめすぎていたようだ。
「もしかして、リアム様も食べたいですか?」
どうぞ、と言いながら1口齧られているりんご飴が差し出される。
いつもの「リアム様」なら、間接キス? だとか揶揄いながら食べるだろうが、今日は違った。
今日は……はしゃぐ彼女に「僕自身」が惹かれていたから。
「……」
赤くなってしまった僕の顔を見た彼女は、同じように顔を赤くした。
「……すみません。もう1つ買ってきますね」
「……いや、それをもらおうかな」
「えっ」
驚く彼女を横目に、1口りんご飴を貰う。
確かに外側は硬いが、その後に甘酸っぱい味が広がった。
「美味しい」
「……お、美味しいですよね! は、ははっ、わかってもらえて嬉しいです……」
その後は暫く沈黙が続く。
でも、行きの馬車で感じたような重苦しさはなかった。
「そこのお若いカップル! 今日の記念にアクセサリーはいかがかね?」
とある露店の店主が僕らに声をかけてくる。
「若いカップル」か。
あくまで政略結婚だから、カップルだなんて感じたことはなかった。
でも今は……?
「商品はこっちだよ」
言われるがままに店主についていくと、そこにはガラス玉で作られたアクセサリーが飾られてあった。
到底貴族が身につけるようなものでは無い。
しかし、その中の1つのイヤリングに目を奪われる。
淡い水色のガラス玉が付いたそれは、とてもクレア嬢に似合いそうで……プレゼントしたくなったのだ。
「……これ、買っても?」
思わず口にしてしまう。
「こちらですか? 確かにお嬢さんに似合いそうですね」
その店員の言葉聞いて、まずいと思いクレア嬢の方を振り返る。
彼女なら、「こんなものが似合うなんて、私をバカにしているんですか?」とか言いかねない。
しかし振り返った先で見たのは、うれしそうに、それでいて恥ずかしそうに、口角を上げるクレア嬢の姿だった。
「君に絶対似合うと思って……僕からプレゼントしてもいいかい?」
「……許可をとるなら私でしょう。貰っても良いですか?」
「あぁ勿論」
やっぱり……彼女は僕が思っていたような人では無いようだ。
でも流石に、
実は完璧令息であるかのように演じているだけだと言ったら、彼女には呆れられてしまうだろうか。
全て本性をさらけ出した上で、受け止めて貰いたいだなんて、欲張りだろうか?
……きっと小説の魔王もこんな気持ちだったんだろうな。
帰り道、僕らは隣同士になるように座る。
会話は少なかった。
それでも今日、僕らの関係性は変わったように感じた。
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