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「それじゃあ行ってくるよ」
僕の言葉に、仕事へ出かけるために玄関ホールにいた両親は呆れた顔をする。
「あなた、婚約も決まったというのに……まだその趣味を続けるつもりなの?」
「まぁ……趣味は自由だとは思うが、相手に見捨てられないようにな」
「わかってるよ、でもこれ無しじゃ生きていけないんだ」
「全く、あなたの真の姿を知ったら、キャーキャー言っている令嬢も皆いなくなるでしょうね」
……あんな「キラキラ系」な姿は、所詮演じているだけに過ぎない。
母の小言は聞こえなかったふりをして、僕は颯爽と下町の方面へと飛び出した。
別に家族に嫌われている訳では無い。
ただ今後を心配されているだけなのはわかっている。
それでも、ダラダラ寝っ転がりながら大好きな小説を読みたいと思ってしまうのだから、もはやこれはしょうがない!
「リアム! 下町へ行く時はこれを被りなさいって言ったでしょう?」
母はメイドと共に僕の元までやってきて、そのメイドから受け取ったウィッグを、無造作に被せてきた。
よく社交界では綺麗だと褒められる銀髪と菫色の目は、前髪の長い黒髪のウィッグに隠される。
「引き篭ってダラダラするのは自由だけど、それでクレア侯爵令嬢に迷惑をかけるのは許さないからね」
母の言葉が胸に重くのしかかるも、今日はそんなことに構ってはいられない。
あのいかにも「キラキラ系」な令嬢との婚約が成立した、と事後報告を受けたのは記憶に新しいが、今からそれよりも大事なことがある。
「ありがとう。行ってくるね」
そうして僕は、下町の本屋へと駆け出した。
少し寝坊してしまったから急がなくてはならない。
なぜなら今日は、
シャルドネ先生の、『レベル99の勇者は魔王と恋に落ちる』の5巻の発売日だから!
◇◇◇
「いらっしゃいませ!」
本当は開店時間と同時に来ようと思っていたが、思ったよりも支度に手間取って遅くなってしまった。
周りの令嬢に羨ましがられる金髪を封印して、落ち着いた茶色のウィッグを被ってきた。
更に、ピンクの瞳も目立つから下町に行くなら隠せと言われるので、業者に特注した瞳の色が変わる眼鏡をかけてきた。
これで私の瞳は灰色に見えるらしい。
その後も、下町に行くための専用の服をメイドと探したり、それ用の靴をドレッサーの奥から掘り起こしたりしていたら、遅くなってしまったのだ。
目的の本屋の1番奥にあるコーナーに入り、目当ての小説の前までたどり着く。
良かった間に合った……ラスト1冊だ。
しかしその1冊に手を伸ばすと、丁度同じ本を取ろうとした人の手にぶつかった。
「あ、すみません」
「こちらこそすみません」
「どうぞ!」
「いや、申し訳ないです……」
私と同じ本を取ろうとしたのは、おそらく同世代であろう重めの黒髪が印象的な男の人だ。
今日本を買えないのは痛いけれど、また買いに来ればいい。
それよりも、同じ小説を好きな仲間がいることが嬉しかった。
「僕だけ買ってしまうのは申し訳ない……だって、今回はついに魔王が勇者に自分の正体をあかすと言われているんですよ?」
「4巻の終わり方は胸アツでしたよね! 街の周りの魔物を倒してきた勇者を待っていたのは、魔物の角と尻尾が生えた好きな人だったなんて……!」
「僕としては、魔王は勇者に本当の姿を自分のタイミングで伝えるべきだと思っていたのですが……魔王の部下もやってくるタイミングが悪いですよね」
「本当にそれです!」
そうして譲り合っている……というより語り合っていると、私達の声に気がついたのか、本屋の店員が近づいてきた。
「その本でしたら、まだ奥に在庫がありますよ。取ってきましょうか?」
「「お願いします」」
まだメジャーなジャンルでは無いため、売り場が小さく、全て並べることが出来なかったのだろう。
もっと仲間がいればなぁ……
そんな事を考えていると、店員さんは直ぐに小説を抱えて戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
私はその小説を受け取り、隣で大事そうに同じ小説を抱えている男の人に向き直る。
「あ、あの、この後予定がなければ一緒に読みませんか?」
本当ならすぐに家に帰って、ゴロゴロしながら読むつもりだったし、それこそ真の私である。
ただ、今日はなんだかこの人と読みたくなった。
この小説のことが、本当に好きなことが伝わってくるから。
「……いいですね、是非行きたいです」
こうして私は趣味仲間をゲットした。
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