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元々、リアム様との婚約話が出るだろうとは予想はしていた。
この国では20歳前後に婚約をして、そのまま直ぐに結婚することが多い。
リアム様と釣り合う身分の同世代の令嬢は、私の知りうる限り3~4人しかいないはずだ。
となれば、私に話が回ってくるのもおかしくはない話。
「あのクレアがディケンズ公爵家の息子を落としてくるなんて……私達の教育にも意味があったのね」
「家同士の利害関係も関わってはいるだろうが、クレアの頑張りが実ったのは確かだ。私も嬉しいよ」
公爵家との縁談に母も父もノリノリである。
そんな2人を、私は相変わらずのボサボサ頭でみつめていた。
「家ではこんな感じだけれど、外では上手くやっているのね、流石クレアだわ……今は令嬢の欠片も見えないけれど。」
大事なことなので2回言いました、とでもいうふうに母は私を見て苦笑いをする。
「やっぱり、この縁談受けなくちゃいけないよね……?」
「ここで、縁談を受けなくていいなんて言ったら、あなたが一生部屋で腐るのなんてめにみえているわ。」
母からの直球な一言に思わず口を噤む。
それを見た父は、母をたしなめつつも、
「まぁいい機会なんじゃないか? 私たちはクレアを心配しているんだよ。わかってくれるかい?」
そんな事を言われても、私がリアム様と結婚生活を送るビジョンなんて全く浮かばない。
「でもでも、私がこんな人だって向こうの方々が知ったら、きっと婚約破棄だわ」
家の中でまで、あのキラキラオーラを被らなくてはならないなんてウンザリだ。
「それは……どうにか頑張ってくれ」
その後、3時間にも及ぶ口論の末、アンダーソン侯爵家はディケンズ公爵家からの縁談を受け入れることとなる。
「というわけなのよ」
それから数日後、私の部屋までわざわざ遊びに来てくれたベスに愚痴を聞いてもらっていた。
「成程ね。確かに今のあなたを見たら、流石のリアム様も失神するでしょうね」
無造作にひとつに結んだ長い髪と寝癖付きの前髪。
メイクも何もしていないまっさらな顔。
そしてダボッとした部屋着。
令嬢としてはレッドカード5枚くらい出されていてもおかしくない装いだ。
「あーあ、ベスと結婚出来たらなぁ」
「冗談はやめて頂戴。私の好みは年上で優しくて、真面目で……」
「婚約者紹介しなくていいから」
「ごめんごめん」
ベスは私より1つ年上の伯爵令嬢。
3つ上の伯爵令息との婚約が決まっていて、もう直結婚する予定だ。
そしてベスは、私が家族以外で素をさらけ出せる唯一の友達である。
私が13歳の頃、お茶友達候補として私の家に訪れたベスが、うっかり私の部屋を開けてしまったのだ。
それだけなら良かったものの、そこに居たのは支度が面倒でダラダラしている私。
そんな、衝撃的な侯爵令嬢を見た彼女だったけれど、引くことなく笑い飛ばしてくれたのだ。
その笑い方は、悪意のない、それでいて心底面白そうな笑い方だったことを覚えている。
「クレアとリアム様の話を聞いた時は、やっぱりなとは思ったけどね」
「きっと家的に丁度良かっただけだよ……もう今から憂鬱。」
「でも、何だっけ……クレアが好きな小説の発売日、もうすぐじゃなかった?」
「…! そうだ! シャルドネ先生の『レベル99の勇者は魔王と恋に落ちる』の5巻の発売日、明日! 私とした事が……縁談のせいで忘れてた」
途端に明るくなった私の顔を見て、単純なやつだとでもいう風に、ベスは吹き出した。
1度ベスにも小説を勧めてみたものの、彼女には合わなかったようだ。
それでもこんな私を受け入れてくれる、大切な友達だ。
「こんな私だけど……これからもよろしくね。きっと結婚しちゃったら、ベスの前くらいしか居場所が無くなっちゃうから」
「はいはい」
縁談は憂鬱だけど、それよりも小説の発売が楽しみでならない!
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