ある伯爵令嬢のひとり語り
よろしくお願いします
私はルナ・ミルフォード。メディナ伯爵家の次女で十七歳。もう数日で王立貴族学園を卒業する。
二年という短い学園生活はあっという間だ。
楽しかったな。爵位の垣根を越え、男爵家や子爵家の同級生と忌憚のない議論をしたことは、今までにない経験だった。貴族として社交の糧になるのは間違いない。
「はあ・・・」
楽しかった学園生活、それは間違いない。
けれど私は憂鬱だ。
なぜ?
それは、
「うふふ!ジョージ様ったら」
「本当だよ、マリア」
「でもぉ・・・私恥ずかしいですぅ」
「はっはっは。可愛い可愛い」
あのバカどもの声を聞くとびっくりするくらい気持ちが暗くなるの。
あら、バカどもだなんて。
いけないわ、言葉が乱れてしまう。
あのバカ――私の婚約者であるジョージ・ブラット様は何をとち狂ったか、最近、一学年下のマリア?さんを連れ歩いているのだ。学園の至る所を。
恋に溺れた様子で、お互いしか目に入らずまるで恋人同士。離れる様子もなく、腕を組む姿はピッタリと親密な関係のようにも見える。
もう一度言おう、あのバカは私の婚約者ジョージ・ブラット様だ。
婚約者そっちのけで違う女性と親密にするのは、いったい、どういうつもりなのかしら。
「ごきげんよう、ルナ様」
「あら、ごきげんよう。エロイーズ様」
扇子で口を隠して現れたのはギルフォード伯爵家のエロイーズ様。いつもながら縦ロールがよくお似合いですわ。
「おひとりでカフェテラス?お友達はどうなさったの?」
「あいにく皆さんご予定があるので、たまには学園のカフェテラスでゆっくりと過ごそうと思いまして。良いものですわね、ひとりというのも。あら、エロイーズ様もおひとりですの?私たち気が合いますわね」
「ええ、本当に」
気が合うなんて全く思ってないませんけれどね、お互い。
幼い頃からお茶会や集まりで顔を合わせるたびに噛みついてくるこの令嬢は、何かしらの反応があると嬉々として攻めてくる。まったく、いつまで子どもでいる気でしょう。
「そういえば、あちらの方で面白いものを拝見しましたわ。見間違いかしら。ルナ様の婚約者様だったような」
「そうなのですか」
「とても楽しそうに後輩さんと歩いておりましたのよ」
「そうなのですか」
「仲良しさんなのかしらね。後輩さんに腕を差し出し」
「そうなのですか」
「ちょっと!あなたさっきから同じ返事しかしておりませんわよ!」
「そうなのですか」
「だから!・・・いいですわ、その件については。それより、よろしいのですか?婚約者様のこと」
よろしいもなにも。
私が何か言うものなら凄く睨んできてとりつく島なし。侯爵家へお手紙を出しても返事なし。
教室に行ってもいつもいない。
どうしろと?
「私、レディング侯爵家とはお付き合いがありませんので令息のことは存じ上げませんが、貴族として目に余る態度ですわ。婚約者であるルナ様は何かしらの対応をいたしましたの?」
「そうですね。ひと通りこちらから動きましたが・・・何せお相手が、ねぇ」
「バカなんですの?もしかしてあなたの婚約者様はバカなんですの?」
あらー、エロイーズ様ったら伯爵令嬢なのに口に出してはいけない単語が出てますわよ。
「なんですの、ルナ様はいつもそうやって微笑んでいらっしゃるだけで・・・。私、心配しておりますのに、バカみたいですわ」
あ、心配してくれていたのね。
いつも子猫のように毛を逆立てて威嚇するからわからなかったわ。
「ご心配いただきありがとうございます。彼のことは、これ以上続くなら父にも相談いたしますわ」
「・・・別にっ!あなたなんて心配してませんわ!ごきげんよう!」
いや、さっき心配してるって言ってたのに。
エロイーズ様はツンデレですね。
でもごめんなさい、ツンデレは特に受け付けておりませんので放置しますわ。
冷えてしまった紅茶を一気に飲むとカフェテラスを後にした。
「レディング侯爵が長子ジョージ・ブラットはこの卒業パーティーをもって、ルナ・ミルフォードとの婚約を破棄する!」
は?
なんですの、このバカは。
「ジョージ様、この婚約については互いの家、それに王家を間とした契約。ご存知とは思いますが、私たちだけで決められるものではありません」
「そんな事はどうでもいい!お前が頷けばいいだけのことだ!」
「・・・ジョージ様、」
「ジョージ様!私は大丈夫ですからお怒りを鎮めてくださいませ!」
いや、だからさっきからなんですの。
その三文芝居は。
あまりにも呆れてドレスを握りしめてしまいましたわ。
バカをバカと言うのは簡単ですが、今夜は学園の卒業パーティー。いくら賓客である国王陛下の使者がお帰りになったといっても、騒ぎを起こすのはよくない。
それに別室には卒業式に集まった各々の両親達がまだいる。騒いでここに来られても恥ずかしいわ。
「マリア、君は本当に優しいな。だがな、いくら温厚な私でも可愛いお前が虐げられているとなれば怒るのだ。しかも嫉妬というつまらぬ感情如きで行動するとは。
ルナよ、何か申し開きがあるか」
「何かと問われましても、私には何故このような事になっているのかわかりません」
「白々しい。マリアを執拗に虐めた分際でどの口が言うのか」
「ジョージ様、そのようにおっしゃいますが、私は誓ってマリアさんを虐めた覚えはありません。
マリアさんがジョージ様と一緒に過ごしている姿は見たことがありますが、マリアさんお一人でいる姿や、ましてやお話もしたことがない方を虐めるなんて致しません」
「口ではなんとでも言う」
「ジョージ様、本当に私はなんとも思っていません。それに伯爵令嬢であるルナ様ならしがない男爵の娘である私の存在など無いにも等しいものです。きっと眼中にないのですわ。よよよよよ」
よ、よよよよよ?
なんですの、よよよよよって。
「・・・わかりました。ジョージ様がそこまでおっしゃるなら私からは何も言いません。両親に報告致します。ごきげんよう」
ああもう、最悪ですわ。
なんでこんなバカどもにつきあわなければなりませんの!
ドレスを翻し、会場から出ようと進むと楽団員達が気まずそうにしていた。
ん?
楽団員の中で一人だけ、目を忙しそうに動かしている女性がいた。若いわね。楽団員の中でも一番若いのではないかしら。
やだ、ふふふ。面白い方ね。
表面上はなんてことないのに、なぜから。とても表情豊かに見えるわ。なんていうか、小動物系ね!
・・・でも、綺麗な姿勢ね。たしか楽団に入っているのは中流家庭の人が多いと聞いたことがあるけれど、あの姿勢は貴族の教育を受けた様子ね。
そうだわ、お父様にお願いしてあの方にバイオリンを習おうかしら。
あんなに表情が変わるなんて、いじったら面白そ・・・楽しそう!
私は努めて、優雅に卒業パーティー会場を後にした。
「こ、この度は恐れ多くもお嬢様のバイオリンの講師を務めさせていただきます」
「ええ、よろしくね。私のことはルナと呼んでかまわないわ」
「ルナ様・・・ですか?」
「ふふ、あなたは顔に出やすいわね」
「え⁉︎しかめっ面だとよく言われるんですが!」
「ええ?そんなことないわよ。私には感情豊かに見えるわよ。でも、だから気が楽になって笑えるのよ。貴重な時間なのだから、あなたはずっとこのまま(私のおもちゃ)でいてね」
バカとも縁が切れたし、当分、好き勝手して楽しもう!
おしまい
ありがとうございました!