異世界からの手紙
本作は、武 頼庵(藤谷 K介)様主催『第3回 初恋・恋愛企画』参加作品です。
また、同じ武 頼庵様ご主催の『この作品どう?企画』にも参加させて頂いています。
かつて町の中心であったこの小学校は、90年前に建てられた。
町の中心であったため、当時の技術の粋の全てを集めて建設されたこの小学校は、現在でもなお存在している。
しかし、現在は小学校ではない。
当時は町の中心であったが、新しく開通した路線と、そのために建設された駅が、他の路線とも合わせて機能しているため、「ハブステーション」としてその駅を中心に開発が進められ、大きく発展したのである。
このため、この小学校周辺は、町の中心が建設当時からずれた事により、徐々に寂れていった。
このことにより、周辺の人口とともに児童も徐々に減少し、少子化も相まって、ついに廃校が決定されたのである。
しかし、この芸術的とも言えるこの建築物(小学校)は長年の歴史もあり、残したいとの声が大きくなり、やがて住民運動が盛んに行われるようになった。
この声に賛同したその時の市長は、議会に提案し、その小学校を歴史館として活用することで、建物の存続を決定したのである。
さらに運動場は、大幅に路線が変更されていたバスの待機場所、いわゆるバッファとして使用することとなった。
この小学校には、もう1つの特長というか、名物となっているものがある。
運動場の隅にそびえる桜の木である。
ここは、市民の憩いの場として残ることとなった。
この桜の木には在校生はもとより卒業生やそのご家族、学校関係者にとって、入学式や卒業式、タイムカプセルなどといったかけがえのない思い出があり、それらも「小学校の一部」として認められたためである。
そして現在。
俺たちは、遊歩道を歩いている。
距離は短いが、まだの蕾の状態の桜並木に挟まれた道だ。
「綺麗ね、蕾でも」
彼女、桜井玲奈が俺に言う。
しかし、俺はそれほど興味がない。まあ綺麗だとは思うが。
「そうだな」
彼女は分かっているのだろう、俺がそれほど興味のないことを。
でもそんなくだらないことはどうでもいいのだろう。何も言ってこない。
俺は春日光輝、20歳。調理師の専門学校に通っている。
同期で同じ歳の彼女も同じ学校に通っている。
でも学科は違う。
俺は「調理技術科」彼女は「調理製菓科」である。
理由は簡単で、目指しているのが、俺が「料理人」で、彼女が「パティシエ」だからだ。
俺たちは手をつないで歩いている。まあそういう関係だ。
突き当りには、商店街がある。つまり遊歩道はそこまでだ。
「あそこにお店があるでしょう」
彼女が遊歩道と商店街の角を指さした。
「それがどうした?」
「あそこ、私の物になるんだって」
「は?」
彼女はいつも、物凄い事をさらっと言う。そして俺の悪い予感はだいたい当たる。
「お父さんが買ったんだって」
「ええっ、商店街の店って買えるのか?」
「詳しくは知らないわ、お父さんが買ったんだから」
「それでお前の物って?」
「お父さんがくれたの、学校を卒業してからお店を始めるの」
「は?へ?」
「光輝も一緒にやるのよ」
「俺、経営学は一応取ってるけど、いきなりなんて出来ないぞ」
「出来る人に任せればいいのよ。"餅は餅屋"って言うでしょ」
「は?餅屋なんて無いぞ」
俺は軽い気持ちで皮肉を言った。
「あんた、全人類の謎を一瞬で解いたわね」
「は?」
「餅屋が無いって言い切ったわよね」
「そ、それがなんだ?」
彼女はいつも、物凄い事をさらっと言う。そして俺の悪い予感はおおよそ当たる。
「"悪魔の証明"って知ってる?」
「な、なんだ?」
「無いって事を証明するのは、ものすごく難しいってことよ」
「だって、俺餅屋なんて見たことも聞いたこともない」
「それは光輝が見たことが無いでけで、世界のどこかにあるかもしれないじゃない」
「そんなの屁理屈だろう」
「違うわ、消極的事実の証明の困難性を表すって言ってね、弁護士でも...」
「あああ分かった。ごめん。あるかもしれないな」
「分かればいいのよ」
彼女はものすごく楽しそうだ。くそ。
「ねぇ覚えてる?桜の木」
「桜?ああ小学校のか?」
「うん、あれまた観たいな」
「そうだな、俺たちが卒業した時に廃校になったからな」
「あそこでしてよ」
「なにを?」
彼女はいつも、物凄い事をさらっと言う。そして俺の悪い予感は当たるとは限らない。
「プロポーズ」
「はひぃ?」
驚いて変な声が出てしまった。
「嫌なの?」
「い、嫌じゃない...けど」
「じゃあ約束ね」
「ぁ、あぁ...約束だ」
俺は面倒くさそうに言ったが、本当はとても嬉しかったんだ。
「じゃあ今度は、あの桜の木を観に行こうよ」
「ああ、行こう」
今度はしっかりと応えたが、その約束が叶うことはなかった。
商店街で俺と別れて帰路についた玲奈は、その日、交通事故に巻き込まれ、この世を去ったのだ。
多数の目撃者がいる事故だったので、ご遺体はすぐにご遺族に返され、葬儀、告別式が執り行われた。
俺はその間何も言えず、何も考えられず、ただ呆然としていた。
しかし、常に頭の中で描かれるのは、玲奈の笑顔とあの小学校の桜の木。
これらが頭から離れなかった。
しばらくは部屋にこもって過ごしていたが、桜の開花宣言が出る頃、どうしても頭から離れないあの桜の木が気になって、夜中に見に行った。
暗い元小学校の校舎の元運動場の片隅にそびえ立つ桜の木。
たどり着いた俺が見つけたのは、その桜の木の根元が仄かに光っていることだった。
そしてその光っているところを少し掘ると可愛らしい箱が出てきた。
「間違いない、玲奈の箱だ」
その箱には、玲奈が描いた、ロバの絵があったからだ。
玲奈は絵がとても下手だった。
犬と言っていたが、俺にはどうしてもロバに見えた。
「ロバだろ!」
「犬よ」
この不毛な争いには決着がつかなかった。
結局最後は玲奈が拗ねるのだ。
「どうせ私は愚かで馬鹿なロバですよ」
こうなるととても面倒くさい。仕方がないから結局俺が折れることになるのだ。
おっと話が脱線してしまった。
箱を恐る恐る開けてみると、一枚の紙があった。手紙だった。
その手紙を早速読んでみた。
彼女は時に、物凄い事をさらっと手紙に書く。そして俺の悪い予感は予想の右斜め上45度を遥かに上回る。
『やっほー、光輝。今ね私、異世界に居るの......』
「え、ええ、えええええええっ」
誰もいない元小学校に俺の絶叫が響き渡った。
家に持って帰ってその手紙をじっくり読んでみた。
彼女は時に、物凄い事をさらっと手紙に書く。そして俺の悪い予感は全く当てにならない。
その内容をまとめるとこういうことだった。
白い部屋で目覚めた玲奈は、神様に会ったそうだ。
ラノベ好きの彼女はテンプレすぎる事態に激怒して、神様と喧嘩したそうだ。
「何やってんだこいつ」
でもしばらくして、神様と打ち解けた玲奈は、とりあえず神様と一緒に桜の木の下で酒を飲みながらお花見をしたそうだ。って、そこにも桜の木ってあるんだ...
そして、酔っ払ってしまった玲奈はアルメニアの民族舞踊を踊ったそうだ。
「...................」
そしてある異世界に転生したらしい。
その時の転生特典として貰ったのが「春日光輝と手紙のやり取りをする」事だったそうだ。
それであの桜の木が俺の頭から離れなかったんだ。
「なんでそんなこと。チート能力とかをもらえばいいのに」
この手紙のやり取りにはある制限があった。
それは、このやり取りは1日に1回であること。
手紙を書いたら、ロバ(犬)の箱に入れて、あの桜の木の下に埋める。
しばらくしてその場所が光ったら、返事の手紙が返ってくる。ということだった。
しかしこのこと(異世界と手紙のやり取りができること)を他の人に話すと、このやり取りは出来なくなるという事。
これは、事実かどうかは考えるまでもない、どのみち彼女のご両親に話したところで、連絡を取り合うことができても玲奈に会えるわけではないし、もし事実なら、玲奈が異世界にいることが証明できなくなり、却ってご両親を傷つける事となり、俺は気がおかしくなったと思われ、最悪の事態となる。そのような賭けができるわけがない。
なので話せるわけがない。
それに、起きてしまった事に何を言っても仕方がない、過去を変える事は出来ないのだから。
それから書かれていた事は、こちら、特に彼女のご両親の気持ちも知らないで、あっちの世界を満喫している、ということだった。
「全く、こっちの気も知らないで」
あっちの世界で転生した彼女は、偶然食堂を経営している老夫婦に出会って、そこで住み込みで働いているそうだ。
玲奈はお菓子も作れるが、料理もできる。
その世界では珍しい料理を次々と作る彼女は、すぐにそこの人気者になったそうだ。
もう年だから店を閉めようとしていた老夫婦からすると、まさに降って湧いた幸運に喜んで、玲奈に好きなようにさせたそうだ。
なんでも一番困った事態が、玲奈が勝手にその食堂の名前を「カフェReina」と名付け、近くにある木工所に店の看板を注文した事だそうだ。
その木工所の職人さんが気合を入れ過ぎて作った巨大な看板が、重すぎてその町の人総出でお店に取り付ける事態になった事。
当然その看板には玲奈が犬と言い張るロバが描かれている。というより彫り込まれている。
職人さんが徹夜で彫ったそうだ。
残念なことはその世界には魔法がない事だ。これにはさすがの玲奈もがっかりしたそうだ。
とても信じられない話だが、信じるしかない。だってその手紙には全世界、多分異世界も含め絶対玲奈にしかできない、ロバの絵が描かれているからだ。
これは悪魔のなんちゃらは関係無い。俺にはできる、断言できる。これは玲奈が描いたものだ。
異世界も含め、「世界に二つとないロバ」だ。
それからは毎日手紙のやり取りをした。たわいもない話ばかりだが。
桜が満開を過ぎ、散り始めた頃届いた手紙には驚くべきことが書いてあった。
『この手紙のやり取りは、今のこの桜の花びらが散るまで』
ということだった。
調べると、満開から花びらが散るまでの期間は約3週間。
今から2週間くらいしかないことになる。
「どうしてなんだ!」
と、玲奈に怒りをぶつけても仕方がない。なのでそれからのやり取りも、以前と何ら変わらないものとなった。
それは、玲奈の気持ちもわかるからだ。俺に最後のお別れが言いたかったんだろう。
それに、あっちの世界で元気にやってるから、とも。
しかし、桜が散ってしまうと、彼女との連絡の手段が無くなることが気になって仕方がなかった。
ある夜、すごい嵐のような大雨になった。
「桜が散ってしまう」
焦った俺は、そのまま元小学校の桜の木に向い、駆け出した。
辺りは暗く、雨風で視界はほとんどない。
俺が見た最後の光景は、目の前に迫る大きなトラックだった。
◇◆◇◆◇◆
「ねぇ良かったの?」
「何が?」
「転生特典」
「別に良いけど」
そう、俺はあのトラックにはねられて...
それで神様に頼んだ転生特典が「玲奈と同じ世界に転生すること」だった。
「おまけも貰ったしな」
あまりにも小さい転生特典を気の毒に思ったのか、おまけをつけてもらった。
「桜の木ね」
俺が貰ったおまけというのは、元小学校の桜の木とよく似たものをこちらの世界の玲奈のカフェの隣に創造してもらうことだったのだ。
神様って何でもできるんだな。と思った。おまけの方が大変なんじゃないか、とも。
俺はいま、こっちの世界で「カフェReina」の料理人として働いている。
玲奈も様々なお菓子を開発して売り出している。
もうすでに行列ができる店、というレベルではない。
新しく大きなカフェを建設する話さえ出ている。
そして、俺は約束通りこちらの桜の木の下で、彼女にプロポーズをした。
俺たちの評判を聞いたこの国の人たちや商人たちがこの町に殺到することとなった。
それによってこの町は、かつてないほど人が集まり、発展した。
それに気を良くしたこの町の領主が、俺たちの結婚式を盛大なものにしようと計画しているらしい。すごくヤバい事になる予感しかしない。
「そういえばさ、あっちの世界は今、どうなっているんだろう」
何気なく玲奈に聞いてみた。わかるわけないもないのに。
「特に変わった事は無いそうよ。どんなレベルの事なのかは知らないけど」
「え?」
「あ、そういえば『失敗したなぁ、あっちの桜の方がカッコいいなぁ』と神様が言ってた」
彼女はいつも、物凄い事をさらっと言う。そして俺の悪い予感は絶対に当たる。
「お、お前、神様と話ができるのか!?」
おわり
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
作中の小学校は実際に存在しているものをモデルとしています。(桜の木はフィクションです)
現在も歴史館として、観光スポットになっています。