序章
不定期更新です。
「ちじゅみ様の社に入った者は、全身の血を抜かれて死ぬ」
明日から夏休みに入るという日の放課後。
不意に訳の分からないことを言われ、下校の準備をしていた俺の手が止まった。
顔を上げると、そこには同じクラスの西森が立っていた。
「どうだ?面白そうな話だろ?」
なぜ唐突にそんなことを言い始めたのか、今の一言の何が面白いのかも全く意味が分からず、眉間にしわを寄せて少し考えてみるがやっぱりわからない。
もう一度西森に視線を戻すと
「実はな?」
と言って、俺が怪訝そうな顔をしているのもお構いなしに、話を展開し始めた。
聞いた話を要約すると西森には5歳上の姉がいるのだが、その姉が現在住んでいる田舎に古くからある言い伝えが先ほど言っていた、ちじゅみ様の社に入った者は全身の血を抜かれて死ぬというものだった。
さらに、社は数百年前に立てられた当初から禁足地で今現在でも村人はそれに従っているらしい。
「いかにもありがちな作り話だな」
「けど面白そうだろ? しかも過去に掟を破って入った人間は、皆死んでるんだとよ」
「そんなのただの偶然か、入らせないようビビらせるための嘘だ。
そもそも、入った人間のその後の生死や死に方が完全に分かるわけないだろ、村人以外の人間が入ってる可能性だってあるのに」
「それはー、確かに」
「俺はそういったオカルトや都市伝説の類はいっさい信じてない……けど」
「けど?」
「なぜそのような言い伝えが誕生したのか、そのルーツに少し興味はある」
「だったら決まりだな! 社の中に入ってみようぜ!」
嬉しさのあまりか、西森は俺の机をたたいて、その勢いのまま空中でガッツポーズをした。
決して入ってはいけない場所、いわゆる禁足地は日本にいくつか存在する。
森の一部や塚がある場所、山や一般の人間が入ってはいけない建物など様々だが、立ち入ってはいけない理由のほとんどが、そこが神聖な場所だから、霊験あらたかだから、由緒正しき場所だから。
などいろいろあるが、要は部外者にそこを荒らされたくないからというものだろう。
まれに入ったら呪われるだとか祟りを受けるだとかもあるが、どれもが抽象的で的を得てはいない。
しかし、ちじゅみの社は入れば血を抜かれて死ぬというとても具体的な内容がある、昔の人々は今より信心深かったとはいえー---
「なあ、宮田?大丈夫か?」
西森に肩を揺らされ、俺ははっと我に返った。
つい悪い癖がでてしまった、深く考え事をするといつも自分の世界に入り込んでしまう。
ほんと、直さなきゃだめだな。
「お前うつむいたまま何も喋らねえから、どうしたのかと思ったぞ」
西森はそう言って笑った。
「それでー、村に行く日付なんだけどさ」
「いや、ちょっと待て。 俺は興味があると言っただけで、行くとは言ってないだろ」
「え?」
「社があるのは広島なんだろ? 多分交通費だけで往復約4万くらいはかかるだろ、そんな大金払ってまでいくほどでもない」
俺はきっぱっりとそう言って再び下校の準備を始めた。
リュックに教科書、筆記用具、夏休みの宿題諸々を入れて椅子から立ち上がった時、ずっと黙っていた西森が口を開いた。
「行くほどでもないってことは、お金はあるんだな? けど大金を払うほどの価値はないと………
なるほど、わかった。
ところで宮田はリンゴ好きだったよな?」
「はあ?」
なんの脈絡もなく俺の好物を聞かれ、こいつは急に意味の分からないことを聞くのが好きなのか? と辟易していると、西森はバックからリンゴが切り分けられた状態で入っている、保存容器を取り出した。
まさかこいつ、リンゴを差し出せば俺がホイホイついて行くとでも思ってるのか?
あまりの馬鹿さ加減に黙ったまま硬直していると、西森は取り出した爪楊枝をリンゴにさして、俺の顔の前に近づけてきた。
「どうした? とりあえず食えよ、ほら」
黙って断ろうとしたが、目の前に出されたリンゴを見て、俺の手は無意識に爪楊枝をつまんでいた。
一目見ればわかるこのみずみずしさと蜜の多さ、そこら辺のスーパーで売っているのとはわけが違う!
生唾を飲み込み期待を胸にひと口かじった瞬間、俺は驚愕した。
「美味い………」
「だろだろ? そのリンゴめちゃくちゃ美味いんだよ!!」
良く勘違いされているのは、リンゴは甘味が強ければいいと思われがちなところがある。
だが断じて違う!! 酸味も必要だ。 また両方強ければいいという事でもない、甘みと酸味のバランスが大事なのだ。
そしてみずみずしさ、つまり鮮度だ。 このリンゴはそれらが完璧に近い。
だが、疑問がある。 どうやってここまでの鮮度を保っている? 今朝切ってきたのならすでに何時間も経過しているはず。
俺は手に持っているリンゴをじっと見た後、机の上に置かれているリンゴ、そして容器へと目が行った。
そうか! 容器だ! 真空保存容器を使っているのか! こいつガチだな、少し見直したぞ。
ちょっとした感心のまなざしで西森を見ていると、俺がもっと欲しそうだと思ったようで
「なんだよ、そんなに見なくてもここにあるリンゴは宮田が食っていいんだぞ?」
そう言いながら手に持った容器を、突き出した。
「いいのか? こんなリンゴそうそう食えるもんじゃないんだぞ?」
「もちろん。 そのために持ってきたんだから」
そう聞くや否や、俺は容器ごと手に取り夢中になって食べ始めた。
「あー、ちなみになんだけど。 そのリンゴは例のちじゅみ様の社がある村の名産品なんだ、行けばたくさん食えるぞ?」
「………たくさん?」
「うん、食べ放題」
「行こう」
こうして俺は西森と共に、ちじゅみ様伝承がある神業村へ行く事となった。