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8.三人の王子

園遊会。国王陛下が祝いの言葉を述べている。その斜め後ろに正妃と側妃が並んでおり、反対側には三人の王子が並んでいる。

第一王子と第三王子は正妃の子であり、第二王子アルベルトだけが側妃の子であるというが、リネットは三人の王子は全員似ていないという感想を抱いた。それを聞いたオルフェオは、本気か?と言い、リネットの目の前に指を出し、何本に見える?とからかった。

今日のリネットはその他一般の立ち位置だ。アルベルトとダンスを踊る必要もない。だからじっくりと観察をし、現状を把握することに務めた。

リネットが化粧室から戻ってきたとき、正妃と話をしている男性がいた。その様子からかなり距離が近いように見える。同じく化粧室から出てきた夫人に話しかけた。

「正妃様は大変お美しくていらっしゃいますね」

相手はリネットの正体を知らなかったようだが、国母を褒められて悪い気はしなかったのだろう。

「そうでしょう?まだ王太子だった陛下が猛烈にアタックしてご成婚なさいましたのよ」

陛下からの声掛けというのは珍しい。普通は逆だ、令嬢は戦って正妃の座を勝ち取るのだ。

「まぁ、では正妃様を崇拝する男性は他にもいらしたのですね」

「えぇ大勢いましてよ。同じ年頃の令息はいつも、彼女のエスコートを誰がするかで揉めてましたわね。それでも公爵様が一番多かったから、婚約は彼とするのだとばかり思っていたわ」

それを陛下が奪ったのか。では先ほどまで正妃と話をしていたのは公爵か?

リネットの予測を裏切って夫人は言った。

「噂をすれば公爵様がお見えになったわ」

その女性は今、話をしているのが公爵だと教えてくれた。

「では先ほどまでお話しされていたのは?」

興味津々で正妃を見ていたその夫人はリネットの質問にどうでもいいという顔をして、

「あれは正妃様のお兄様よ」

と言い、正妃の兄だというのに大した地位もなく、もっぱら領地にこもりっきりの変わり者だと教えてくれた。

夫人の期待通り焼け木杭に火が付くということはなく、正妃と公爵は礼儀正しく会話をしただけで離れてしまった。

会場へ戻る途中、リネットは退場する第一王子とすれ違った。彼は顔色が悪く、病弱というのは本当のようだった。それを見届けてからリネットはオルフェオと合流し、帰路についた。

「もういいのか?」

馬車の中でオルフェオに聞かれ、リネットは重々しくうなずいた。

「えぇ、もう充分よ」

それからあとは無言で宿屋に向かった。


園遊会以降、リネットは第二王子妃候補に殺到する招待状をすべて無視し、宿で過ごしていた。何が面白いのか、設えられた人工池で泳ぐなんの変哲もない魚を、毎日熱心に見つめている。

「魚がどうかしたのか?」

オルフェオに話しかけられたリネットは少し迷ってから口にした。

「この子とこの子はそっくりだからきっと兄弟よ」

リネットの言葉にオルフェオは首をかしげた。

「俺には皆同じに見えるが」

それに対してリネットは、そうね、と相槌を打った。

「わたしは他人とは少し違った見方をするみたいで。その造形から血のつながりが予測できます」

「だから二匹の魚は兄弟だ、と?」

「そうよ」

リネットの話にオルフェオはうなずいた。たぶん彼女はこの国の三王子のことを言っている。三人とも似ていないとリネットは言った、つまり三人は兄弟ではない、血のつながりはないと言っているのだ。

確かに第一王子、第三王子と第二王子は母親が違う。それでも三人とも陛下の子なのだから、半分は血がつながっているはずだ。

リネットの考えを聞きたかったが、ここは宿のホールで誰に聞かれるかわからない。ひとまずオルフェオはリネットを外に連れ出すことにした、思い詰めている恋人を放ってはおけない。

「せっかく異国にいるんだ、観光にでもいかないか?王都からさほど離れていない場所に遺跡があると聞いてきた」

オルフェオの言葉にリネットは言った。

「知っています、ドーラ遺跡でしょう?でも一般人は立ち入り禁止のはずよ」

オルフェオはにやりと笑い、

「王子妃候補は一般人だろうか?」

と言った。その言葉にリネットは目を輝かせる。

「許可が下りたの?」

「夜会のとき、アルベルト殿下から一筆もらった」

「ひどいわ、隠してたのね」

「隠してたわけじゃない、君が考え事をしているようだったから遠慮したんだ」

そう言われてリネットはオルフェオの心遣いに心が温かくなった。

「オルフェ。わたし、あなたにキスしたいと思ってるのだけど、はしたないかしら」

オルフェオの手を握りながら言うリネットに、オルフェオはくすりと笑って、

「いや、君からしてもらえるなんて歓迎だ」

と顔を寄せた。リネットは少し顔を赤らめながらも可愛らしくオルフェオに触れるだけのキスをし、彼はその返礼に濃厚なそれをした。


リネットは度々、遺跡調査に出かける為、貴族令嬢には珍しく乗馬ができる。辺境伯であるオルフェオは言わずもがな。その機動力を活かしてふたりは早速、ドーラ遺跡へとやってきた。

高台から見下ろすとこの遺跡がいかに大きいかがよくわかる。

「ここは今から四千年以上前に栄えた都市で、時の王、ヘルバス三世が妹の為に作ったと言われているわ」

「妹の?」

「そう。彼女は夫を流行り病で亡くしてしまうの、結婚してたったの一年でよ?その時の王様は彼女の実の兄だったのだけど、彼は、夫との思い出の詰まった王都ではなく、別の土地に住まいを移してはどうかと提案し、この街を用意したのよ」

「それだけのために街をつくるなんて信じられない」

「そう、本当の理由は別にあったのよ」

そこでリネットはオルフェオに近づき、小声で言った。

「兄妹は、愛し合ってたのよ」

「なんだって?」

「ふたりは近親相姦の仲だったの」

「それは」

絶句するオルフェオにリネットは言った。

「妹の夫を殺したのはヘルバス三世だと言われているわ、妹も兄を愛していたかはわからないけど、兄の勧めに添って住まいを移したということはそうだったのかもしれないわね」

「なぜ?」

そういうオルフェオにリネットはあきれたように頭をふった。

「王都にはヘルバス三世の奥さんが住んでるのよ?思う存分、愛し合えないじゃない」

オルフェオは驚いたがそれは史実にではなく、リネットからそんなセリフが飛び出したことに、である。オルフェオが思っている以上にリネットの内面は成熟しているのかもしれない。

「この遺跡にはそこかしこに愛の詩が彫られた石碑が残されているわ。作者が妹だというのはわかっているけれど、誰に対する想いかは巧みに隠されている。考古学者の間でも意見が別れているのだけど、今のところ有力なのは実の兄、ヘルバス三世よ。

この街には彼の奥さんが何度も訪れている。正妃が遠出をするなんて当時じゃあり得ないことなの。ここにはこれといった神殿もないし、奥さんは二人の逢瀬を邪魔するために訪れていたのではないか、と考えられているのよ」

そこまで聞いたオルフェオはため息をついた。

「考古学というのはもっと崇高な分野だと思っていたんだが」

「あら、崇高よ。ひとが愛し合うということはとても崇高なことだわ」

とリネットは明るく言った。

「兄妹でもか?」

オルフェオの鋭い切り返しに、リネットは瞑目した。

「それは、よくないわね。でも想いを止められなかったとしたら?」

リネットの揺れる瞳にオルフェオは悟った。そっと彼女を抱き寄せる。周囲に人気(ひとけ)はないが誰が聞いているかわからない。だから愛を囁きあう恋人同士の距離で聞いた。

「第一王子は陛下の子ではないんだな?」

オルフェオの言葉にリネットは重々しく頷いた。

「彼は王妃様とそのお兄様との間にできた子よ」

リネットは人の造形のとらえ方が他人とは違う。そんな彼女だから気付けたのだろう、少なくともオルフェオは彼らの血のつながりを疑うことはできなかった。

兄妹の子だというなら第一王子が病弱であることも納得がいく。そもそも世の中が近親相姦を認めていないのは、産まれる子供が弱く、成人まで生きられないことが多いからだ。特に血をつなげていくことが重要な王族にとって、次の子孫を残せないであろう子供は儲けても意味がない。第一王子は昨年、成人年齢を迎えたが、その病弱さゆえ未だ婚約者は定まっていない。本人も死期を悟っており一年以内だと言っている。

「それをアルベルト殿下には?」

オルフェオの問いにリネットは首をふった。

「なるべく話をしないで解決したい。愛は偉大だけれど、裏切りは酷だわ」

王妃は兄との間に子を成した。それは明らかに夫である陛下への裏切りだ。事実が白日の下にさらされることになったらこの国は確実に揺れる。隣人の安定のために来訪したリネットとオルフェオが嵐を起こすなど得策ではない。

オルフェオはリネットを腕に抱きながらふと漏らした。

「俺は本当に両親の子だろうか」

するとリネットは顔を上げ、

「安心して。あなたの眉の角度はお父様と全く同じだし、右手の小指はお母様にそっくりよ」

と笑った。リネットの指摘にオルフェオはなんとも言えない顔をする。

「眉と小指なんて、いつ、確認したんだ?」

「夜会でご挨拶させていただいたときよ。眉なんてお顔を見ればわかるし、指は見ればわかるでしょ」

さも当然のように言う恋人にオルフェオは納得はしていなかったが、そうか、と微笑んだ。

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