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2.王宮の舞踏会

王家主催の夜会はさすがに豪華なものであった。煌びやかな飾りつけ、華やかな音楽とたくさんの料理。若い娘たちはそれらにうっとりと目を細め、そんなご令嬢たちを見目麗しい令息たちがダンスへと誘う。

そんな中、リネットは壁に飾られた歴代王家の肖像画を食い入るように見ていた。描かれている彼らの服やその画材には歴史の跡が見える。過去から順に並んだ肖像画たちが、リネットには学びを与える天啓のように思えて、彼女はそれに目を輝かせていた。

ひとり明後日の方向に視線を走らせ、誰からも声をかけられない己が娘に遠くから見守っていたリネットの父は頭を抱えていた。が、実際は誰が最初にリネットに話しかけるかで男性陣はけん制しあっていたのだ。

凛としたその佇まいは、王都の娘たちにはない神秘的な雰囲気があって、リネットの存在は確実に社交界の人々を楽しませていた。もっとも本人は『知ったこっちゃぁない』である。

そもそもリネットはどうしても結婚しなければいけないわけではない。家を継ぐのは留学中の兄と決まっている。父も兄も一族の繁栄にはそれほど熱心ではなく、リネットを使ってどうこうしようという気もない。それにリネット自身もなにも考えていないわけではなく、兄が婚約する頃には、王都にほど近い場所にある祖母から受け継いだ小さな屋敷に移って、古書の解読で生計を立てようと思っていた。

そのため、今回は馴染みの書店に、仕事を定期的に回してもらえるよう交渉しに来たのだ。このパーティで古書を持て余している貴族とお近づきになれたら更に良い。世に出ていない古書の持ち主の紹介状を持参して書店を訪れれば、交渉はさらに有利に進むだろう。

美しい見た目とは裏腹な商売根性逞しいリネットに、勇気ある一人の男性が話しかけた。金髪に黄金色の瞳を持つなかなかの美男子だ。

「リネット嬢、お久しぶりです」

リネットはその声の主にまるで覚えがなかった。久しいということは以前どこかであっているのか、それとも王都ではでっち上げから会話をスタートさせるのか。父の言いつけ通りロマンス小説を読んでいれば判断できたのだろうか。

どう返事をしていいかわからず、結局、直球で、しかし恥をかかせないように配慮し、小声で返事をした。

「あの、申し訳ございません。どちら様でしょうか」

リネットの言葉に男性は驚いた顔をしたが、別に怒るでもなく笑顔で言った。

三月(みつき)ほど前、貴女に命を助けて頂いた者です」

その言葉にリネットはますます混乱した。遺跡を訪れた際、ポーターに毒グモから命を助けられたことはあっても、他人の命を助けたことなどない。

「あのとき、止血してもらわなかったら俺は死んでいた」

そう言われてやっと思い出した。いつぞやの崖崩れの人だ。

「まぁ、あのときの」

顔なんか覚えてませんでした、とは言えず、お元気そうで何よりですわ、と適当な返事をした。

リネットは他人に興味がない、だから顔も名前もなかなか覚えられない。友人の令嬢からは、あなたは過去を生きてるのね、と嫌味を言われるほどだ。

「お礼も言わずに立ち去った無礼をお許しください」

「いえ、わたくし、屋敷を空けることが多いもので。こちらこそお見送りもせず、申し訳ございませんでした」

「考古学者をなさっているとか」

この男はリネットについて調べたらしい。別にやましいことでもないのでリネットは取り繕うこともなく答えた。

「学者というほどでもございませんが、それなりに」

「この肖像画を熱心に見ておられましたが、なにか気になることでも?」

「お召しになられている衣装が時代を物語っておりまして」

どうでもいい会話をしているとやがて音楽が聞こえてきた、ダンスの時間になったのだ。この男は当然のようにリネットをダンスに誘う。一曲くらい誰かと踊っておかないと父がうるさいだろうと判断したリネットはそれを承知した。

様子がおかしいと感じたのは彼とともにホールに向かっているときだった。すれ違う令嬢の誰もが驚き、そのあとは決まってリネットを睨みつける。全員が全員その態度だとさすがのリネットも不安になってきた。

「あの」

男とダンスをしているとき小声で聞いた。

「なんです?」

「ご令嬢方の視線が突き刺さるのですが、わたくし、どこか変かしら?」

「いいえ」

と言い、リネットの耳に少し顔をよせ、とても美しいですよ、と囁いた。色気たっぷりの声色にリネットはうろたえるが男は何食わぬ顔でちらりと周囲を見渡すと言った。

「たぶん俺のせいでしょう」

「あなたの?」

「俺はあまりダンスはしない主義なので」

「普段ダンスをしない方が踊ったというだけで、王都ではこんなにも注目されるのですか?」

リネットの疑問に男は微笑んで、なるほどね、とつぶやいた。

「え?なんです?」

聞き返したリネットに彼は言った。

「俺はオルフェオ・カルバーニ。辺境伯と書いたほうがよかったかな」

手紙には名を記したはずだが、俺が忘れたのかな、と彼は言っている。しかし、それはもうリネットの耳には入らなかった。

辺境伯とはその名の通り辺境に領地を持つ伯爵を示す。それだけ聞くと鄙もののように思えるが、実際は隣国との国境と貿易を守る重要な立ち位置で、陛下が最も信頼している家臣のうちのひとりが就く要職だ。

そんな大物だったとは!リネットは瞬時に逃げ出すという選択肢を選んだ。そこで運よく曲が終わる。リネットはさっと手を離し、礼儀に則って、

「楽しい時間をありがとうございました」

と挨拶をして立ち去ろうとした。が、今夜がデビューの小娘を捕らえるなどオルフェオにとっては容易いこと。

「喉が渇いたでしょう、飲み物はいかがです?」

と言い、さりげなくリネットの腰を抱いて、給仕係から受け取ったグラスを差し出す。その気がないなら断ればいいのだが、場慣れしていないリネットはどうしていいかわからず、結局、黙ってそれを受け取ることしかできない。

いまさらながらロマンス小説を読み込んでおかなかった自分をひどく呪った。

その後もオルフェオはリネットのそばを離れず、当然のように彼の友人である高位貴族に紹介され、リネットは当初の目的通り、無事、社交界の一員としてデビューすることができた。が、同時に辺境伯の恋人と認識されてしまい、噂話の大好きな貴族たちはその真相を探るべく、リネットへの招待状が殺到した。

なにより迷惑なのは毎日、花束やお菓子といった贈り物がオルフェオから届くのだ。タウンハウスに届くのだから当然、父の目にも触れる。思いがけない大物を釣った、と父はホクホク顔であるが、リネットにしてみれば冗談ではない。

伯爵ともなるとその夫人には多くの仕事がある、そのうえ辺境伯夫人となったら、領地と王都を行ったり来たり。リネットの思い描く古書解読三昧の未来図とは程遠い。

新たな品物が届くたびにリネットは礼状を書き、さりげなく贈り物に対する辞退の言葉を記している。しかし翌日にはまた届く。

手紙を読んでいないのではないかと思い、一度、従者に頼み込んでその場で読んでもらえと指示をしたことがある。しかし、確かに目を通してくださった、と従者は報告し、その手にはまた、新たな花束を持たされて帰ってきた。

言い寄ってくる女など五万といるはずの彼がどうして自分に執着するのか。リネットにはさっぱり理解できなかった。

お読みいただきありがとうございます

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