1.出会い
よろしくお願いします
その人と会ったのはマイヤー伯爵令嬢のリネットが父の代理で用事を済ませた帰り道だった。
リネットの父、マイヤー伯爵は少しばかりの領地も持っているが、考古学を専門としている学者でもある。リネットもその方面では父親に負けず劣らずの知識を持っている。最近、新しい遺跡が見つかり、マイヤー伯とリネットはその仕事に忙殺されていた。この日の外出理由もその遺跡がらみのことであった。
連日の雨で街道は崖崩れを起こしており、男性がその下敷きになっていた。すぐそばではふたりの子供がこちらを警戒するように互いを抱きしめあっている、どうやら彼はこの子たちをかばったようだ。
この世界には魔法が存在する。火をおこしたり、重いものを持ち上げたり。でもリネットはそのいずれもできなくて、ただ治癒ができた。魔法が使える人も珍しいが、治癒魔法が使える人はもっと珍しい。ただしリネットが使えるそれは全く大したことがなく、せいぜい出血を止める程度。傷を癒すことなど、とてもできない。
それでもやらないよりはマシだろうとその男性に治癒魔法をかけた。確かに出血は止まったが、傷は痛々しいままだ。
「屋敷に運びましょう」
リネットは男性を馬車へ乗せるよう御者に指示をし、自身は子供たちのところへ行った。
「初めまして、わたくしはリネット・マイヤーと言います。この領地を治めているマイヤー伯爵の娘です、あなたたちの名前をお聞きしても?」
リネットの礼儀正しい物言いに子供のうちのひとりが答えた。
「助けてもらって申し訳ないが身分を明かすことはできない。僕のことはエルン、妹はケイトと呼んでほしい」
その受け答えは年齢の割にとてもしっかりしていて、この兄妹がかなり高位貴族であることがうかがえた。君子危うきに近寄らず。リネットは故事に倣って彼らにはなにも聞かないことにした。
「わかりました。ここからそう遠くないところにマイヤー家の屋敷があります。そちらできちんとした手当をしたいのですが、よろしいでしょうか」
リネットの提案にエルンはうなずき、二人は馬車へと乗り込んだ。
「あなたは魔法が使えるの?」
屋敷へと向かう馬車の中、落ち着きを取り戻したケイトに話しかけられ、リネットは答えた。
「えぇ。ほんのちょっぴりだけれど、治癒ができるわ」
「すごいわ、わたし、初めて見た」
「治癒は割と珍しいですね。こんなちょっぴりの魔法はもっと珍しいでしょうけど」
リネットの冗談に二人は笑顔を見せる。
「他の魔法は使えないのか?」
エルンの問いにリネットは首をすくめてみせた。
「残念ながら。羊皮紙一枚、浮かせることすらできません」
ケイトは座席にもたれかかっている男性に目を向けた。
「オリーは助かる?」
「わたくしのできることはしました。お医者様は呼びに行かせていますから、屋敷に着いたらすぐにきちんとした治療を受けられるでしょう」
と言い、きっと大丈夫ですよ、と付け加えた。この兄妹の様子から察するに、彼はこのふたりに仕えている護衛なのだろう。
やがて馬車は屋敷へと到着し、リネットは三人を使用人にまかせ、自分は自室へと向かった。明日からまた屋敷を空ける、今度は少し長期だ。すれ違ったメイドに軽食を頼む、それをつまみながら荷造りをするつもりでいた。
翌朝、まだ暗い時間から起きだしたリネットは身支度を整えた。屋敷の外に出ると荷物が積まれた馬が用意されている、リネットが乗るのだ。彼女は貴族令嬢ではあったが、遺跡を巡ることが多いため、乗馬を覚えたのだ。
馬丁から手綱を預かり、さっと跨る。落ち着かない馬を宥めながら、見送りの執事に聞いた。
「彼らの様子はどう?」
「男性の怪我はひどいようですが、お嬢様の止血が効いたのか、命に別条はないそうです」
それはよかったわ、とリネットは言い、
「留守を頼みます」
と言って馬を軽く駆けさせた。
これから向かう遺跡にはすでにマイヤー伯爵が入っている。リネットも彼に合流し、発掘作業に加わるのだ。報告書には、既出の遺跡とは年代が違うようだ、と書いてあった。新しい発見への期待を胸に、リネットは遺跡へと向かった。
だいたいの発掘計画が立ったところでリネットは一旦、屋敷へと戻った。発掘現場の指揮官であるマイヤー伯は遺跡を離れることはできない、リネットが父の代理で領地の仕事を片づけることになったのだ。
屋敷に到着すると執事から、彼らが無事王都へと帰っていったことを知らされた。手紙を預かっており、そこには『王都へ来た際は、是非、もてなしをさせて欲しい』と書いてあった。
しかし遺跡で見つかった新たな古書に夢中のリネットはその出会いをきれいさっぱり、忘れてしまった。
新年の祝賀会。国中の貴族が一堂に会し、国王陛下のお言葉を聞く。
前年まではマイヤー伯と彼の息子、つまりリネットの兄のふたりで参加していたが、彼は現在留学中のため不在だ。そこで今年はリネットを連れていく、と伯爵は言った。
「わたくしも、ですか?」
リネットは家長である父に対し、遠慮なく嫌そうな顔をしてみせたが、それで動じるマイヤー伯ではない。
「おまえはもう十七だ、そろそろ婚約者を決めねばならん」
その言葉にリネットは眉をひそめた。
「お言葉ですが、殿方は女性の学問を良しとしない、と聞いております。婚約をさせるおつもりなのでしたら、始めからわたくしを考古学から遠ざけておくべきだったのでは?」
「引き離そうとしてもそのたびに手元に引き寄せたのはどこのどいつだ」
父の苦々しい顔にリネットは視線を泳がせた。若い令嬢が学問を究めることはあまり歓迎されていない。それよりも家政や社交、貴族の女性にはそういうものが求められるからだ。
考古学は事実と想像に基づく学問でセンスが問われるが、リネットはそのセンスに恵まれていて、一を聞いて十を知るを地で行く人物であった。マイヤー伯爵もその他大勢と同じように娘を学問に近づけさせたくはなかったのだが、そのズバ抜けた才は切り捨てるに惜しく、結局、自らの片腕としたのだ。
目を白黒させているリネットにマイヤー伯爵は笑った。
「まぁそれはいい、おまえの才能を惜しんだのはわたしだからな」
「では婚約などしなくてもよろしいのですね?」
父の言葉にリネットが目を輝かせて言う。
「それとこれとは話が別だ」
マイヤー伯は嬉々とする娘にぴしゃりと言い放ち、それでもかまわないという相手に目星をつけてある、と言った。
「王都に滞在中は古書ではなく、ロマンス小説を読むように」
家長の命令にリネットは思わず、げーっと舌を出し、慌ててひっこめた。さすがにお行儀が悪い。伯爵はなにも言わなかったもののギロリと睨みつけた。
父親の言うことを素直に聞く女性なら考古学で名の知れた人物にはならなかっただろう。リネットは当然のように古書を荷物に入れ、馴染みの書店への手土産も用意した。
「お嬢様は王都になにをしに行かれるのですか?」
リネット付きのメイドはあきれたが、彼女は明るく、
「もちろんご挨拶よ」
と、言った。確かにこの旅は陛下のご挨拶が目的だが、リネットが社交界に『ご挨拶』することが何よりも大切な目的だ。そしてその挨拶に古書は全く必要ない。
ドレスの数より古書の数のほうが多いという謎の荷造りをしたリネットは、マイヤー伯と共に王都のタウンハウスへと向かった。
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