美しい
ノリ
「フフ……今日も俺は美しい……。」
鏡の前に立ち、キメ顔キメポーズを決める、イカしたイイ男……。
それがこの俺、神城 雅綺である。
キリリとした眼に、くっきり整った鼻筋、薄めの唇は微笑みを称え、それの土台となる顔の輪郭も完璧。
思い描く理想のような美青年、それが今の俺。
そう、それは今から10年以上前。
目の前でエスカレーターにスカートが噛まれて立ち往生したお婆さんを助けようとして、慌てたお婆さんに突き落とされ、エスカレーターにしこたま殴られてポックリ。
なんやかんやあって、完璧な理想の顔を手に入れた俺は、誰にも迷惑をかけることなく、自分という素材を楽しんでいた。
右手でかき上げた髪の毛は長く、しかし手櫛で抵抗を感じさせない指通り。
程よく鍛えられた身体は、183cmの身長と相まって、俺がかつて思い描いたロン毛イケメンがそこに立つ。
正しく完璧。
そう、真のイケメンとはロン毛であるべきなのだ。
俺は俺の耽美な美しさを堪能する。
……とはいえ、今は平日の朝。
如何に自分が美しいとはいえ、今は2度目の高校生活。
時間で言えばまだまだ余裕はある、というかまだ日が昇り始めたばかりで、後一時間こうしていても良いくらいなのだが、俺にとってはそうゆっくりしていられない理由がある。
俺は自分を褒め称えるのをやめて、登校の準備を済ませる。
玄関に置いてある鏡で、見た目をチェックし、無造作に後ろで一つ結びにした髪を確認した後、マスクを着ける。
最近はどこから出たのやら、流行り病がどうとかでマスクをしている人間が増えているが、俺は元々外に出る時はマスクを着けて、更に人の目に錯覚起こさせる化粧などをして、美からは遠い、見るからに野暮ったい見た目で出かけている。
なぜ自分を偽り、無類の美しさを隠してしまうのか?
俺の美しさは凄まじい故に仕方ない。
美的センスがズレている訳でもないようである俺は、既にネット上ではそれなりに注目されている。
それはすなわち、現実でも同じように注目を受けるという事。
自惚れではないが、見た目はある種の完成形である俺は、見た目だけなら異性の目をいくらでも惹けるに違いない。
ただ、それは見た目だけ。
俺自身は見た目に伴うように振舞える気はしないし、そもそもそういったしがらみに邪魔されるのが不快。
俺は、俺の美しさをただ鑑賞する、あるいはされるだけで良いのだ。
リアルで関われば、どうにでも邪魔されることは間違いない。
俺は、自分をアートとして表現し、その一部をネットに流す。
喋りは必要なく、そういうキャラクターとして受け入れられる。
更にネットであれば、自分の好きな時に俺を提供し、好きな時に賛辞を受け取れる。
一言二言くっ付けて自撮りを投稿するだけだが、非常に好評である様子から、俺の美しさは全国的、果ては世界的なものであると、自分の欲をより昇華させることが出来る。
ただ、写真を撮る場所が家である上、自分にしか興味がない俺は、背景が地味な壁紙な事が多く、そこをバカにされることがあるのは業腹だが、それ以上に俺への賛辞が多いので、プラマイで言えばプラス一兆。
この容姿の憧れのルーツが漫画やアニメである為、ネットで流行っているネタなども取り入れて、コスプレなどをすることも多く、そういった界隈からの反応も楽しんでいるし、この美しすぎる見た目は、そういった憧れの存在を現実にする。
やりたい時にやりたい事をやる。
なんと欲にまみれた生活だろうか。
無機質な操作パネルで選択した3つの転生特典。
≪理想の身体≫、≪神懸かり的な器用さ≫、≪常識の範囲内で自由に動ける生まれ≫。
俺の理想を詰めた生活、誰にも邪魔出来ない、究極の理想郷。
……の筈だった。
結局玄関で自分の美しさを確かめるために10分使ってしまったが、ハッと気が付いて家を出る事にする。
しかし、どうやら少しだけ遅かったらしい。
俺が玄関扉の鍵を開けようとした途端、外から鍵が開く。
そうして、ひとりでにすぐに開いた扉の先に立っていたのは、朝日に輝く黒髪が美しい、眠たげな目つきの美少女。
「あ……おはよう、早いね。」
「あぁ、おはよう。いつもそうだろう?」
この、前髪が微妙にいくつかの房ごとにズレているパッツン姫カットの小柄美少女は、俺の幼馴染であり、名を初見 由綺。
緩めのサイズの制服と、その目の眠たげ、あるいは物憂げな眼の通り、普段からダウナーというか、庇護欲を誘うような少女ではあるが、俺は彼女が少し苦手である。
「いつもじゃないよ、ここ最近?」
「最近ではない、もう一年経つ。」
ここの所は、毎日似たようなやり取りをする。
何かと理由をつけて、朝は会わないように努力しているのだが、何故か丁度家を出ようという時に出くわす。
俺の今の親は、仕事の都合で家を空けることが多く、返ってこない日も多々ある。
どちらが悪いという訳でもないが折り合いがつかずに離婚した俺の両親、その父親について行った、というよりは父親の方へ残った俺は、この一人で住むには大きい家で、一人で暮らしている状況だ。
だが、俺はまだ子供。
それを許す要因が、由綺の家、初見家の存在である。
ただの家が隣同士、という訳では無く、俺と由綺ははとこの関係にある親戚だ。
今でこそ時間の多くは自分の家で優雅に過ごしているが、昔から初見家に世話になっている俺は、必然的に由綺とも距離が近くなる訳だが、高校に入って本格的に一人で居たい俺に対して、由綺は何かと世話を焼きたがる。
自立を理由に、なるべく自分の家で過ごすようにし始めた俺は、由綺の両親であるおじさんおばさんからも理解を得ている。
だが、由綺はやってくる。
完全一人生活を開始し、美しさを気兼ねなく楽しみ、その生活のすばらしさに感動した翌日の2日目にして、何故か朝に由綺に起こされ、さらに朝食が作られているなど、とんでもない話である。
家事もそうだ。
俺が意識して急いで、早く手をつけなければ、俺が気が付いた時には、いつの間にか終わっている。
この神のごとき器用さである俺の目を盗み、家事を遂行する能力。
もしや由綺も俺と同じような特殊な存在なのではないかと、何度か疑ったこともある。
俺は自分を美しくし、自分の美しさを楽しむ趣味はあるが、兄妹同然の間柄の者に対し、自分が自分の美しさに耽るところや、ノリノリで用意したコスプレ衣装などを見られる趣味は無いし、俺の中では歳の離れた妹ほどの感覚。
食った皿を洗われ、寝た寝具を取り替えられ、過ごした部屋を掃除され、あまつさえ履いたパンツですら洗濯、干されてしまう。
俺がふと気づいた時には、その地獄が既に訪れているのだ、冗談ではない。
無論、別に由綺を嫌っている訳では無い。
奇跡的に同日に生まれ、そのせいか同じ漢字が一文字名前に入り、その名の通り俺と同じように美しき少女に育った。
彼女もまた美を持つ者。
ランクで言えば俺の方が美しいとは思うが、美しいものはいくらあっても良いし、この性格で、文字通り庇護欲が湧いた俺は、文字通り家族のように可愛がってきた。
俺の美しさも良いが、やはり女性的な美しさを楽しみたい事もあるからな。
俺が恥を知らぬ悲しき存在であれば、由綺を人形がごとく着せ替え着飾り、コスプレコラボ写真すら投稿していただろうが、俺は由綺の本心を読めないし、不自然にならない程度に服飾品を贈る程度ではあるが。
俺が初見家で過ごしている時も、距離感的には仲の良い兄妹レベルに落ち着いていた気がするから、隣の家でいつでも会話が出来るわけであるし、普通に独り立ちした兄と妹くらいに落ち着くと思っていたのだが、この有り様。
由綺は、俺が家事が出来る事は昔から知っている。
だからこそ、何故か率先して、何故か隣の家の家事をしたがる由綺へ、やらなくても構わない旨を伝えるのだが、その度に「ん。」と言われるのみで、改善される兆しはない。
こんな押しの強い娘では無かったはず。
この前などは、ふと違和感を感じて目を覚ませば、夜は一人で寝たはずなのに、朝起きれば布団に潜り込んできて一緒に寝ていた由綺が居た、なんてこともある。
中学に入ってからは本格的にやめるように言った添い寝癖が復活するなど、とんでもない。
俺のためにも良くは無いが、由綺のためにも良くないのは明白。
ましてや由綺も年頃の娘になるのだ、彼氏が出来た時にこれでは如何に美少女とはいえ幻滅必至。
自らの美しさにかまける俺が、俺から見て付き合う男としては駄目だなと思うように、兄妹同然とは言え、この世の最上級の美しさの幼馴染にべったりな女をオッケー!と言える男に碌なヤツはおるまい。
恐らくこれは兄離れ、あるいは精神年齢的には親離れ出来ない子供と同じなのではないかと思うと、由綺の心配が募る。
無論、俺が美しさを味わう時間の大切さがメインではあるが。
「雅くん、朝ごはん、食べた?」
「俺は大丈夫だ。由綺はまだ食べてないだろう。時間もあるんだからゆっくり食べてから学校へ行くんだぞ。じゃあ、俺は先に行くから。」
「あ、待ってっ」
すかさず早歩きでささっと歩き去ろうとする俺の後ろから聴こえる、歩幅小さめの足音。
しばらく歩いても止まる事のないそれに、仕方なく俺は歩く速度を緩める。
すぐに追いついた由綺が、俺の左の袖の先を少しだけ、摘まむように掴み、少し乱れた息を整える。
ちらりと横眼で見るが、素材が良ければ何をしても絵になるものだな。
小さい三日月の髪飾りは、俺がプレゼントしたものだが、よくも飽きずにつけてくるものだと思う。
まぁでも、一度着け慣れると、何となく変えるのが気持ちが悪い気持ちも分かるし、同じような理由だろう。
息が整って来た由綺は、袖は掴んだままで、表情の変化は乏しいが、心なしか機嫌よさげに歩く。
「…………途中でコンビニに寄るぞ。」
「うんっ」
俺は由綺とは違って既に朝食は済ませているため、寄る予定は無かったが、多分今の早歩きで喉が渇いてしまった。
日差しが強くなって、朝の肌寒さが拭い取られるように温かみに変わったのを感じた。
スケ
誤字脱字スマン