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この世における『青春』とはなんだろうか。小説や漫画みたいな顔が良く、性格も理想的な人だけが手に入れる物が『青春』なのだろうか。いや、そうではないと俺は信じたい。例え、ルックスがダサくても一生懸命努力して、自分を磨いたりすれば『青春』というものを手にできるのではないだろうか。それなのに、手に入れられない、手にできない人が大半だ。大人になってしまうと甘酸っぱい『青春』を味わうことは不可能。そんな人をなくしたいと思う。偽善者ぶってるのかもしれない。それでも、他の人に『青春』という甘酸っぱい味を、味わって欲しい。そんな思い出を作って欲しいと、入学当日に、こっそり『補填部』という青春悩み相談室を立ち上げることにした。そう、これは、とある学校の生徒が、青春悩み相談を自己なりに解決する物語である。
5月15日、朝の6時半ー。そんな早くに着いた俺は自分の教室の鍵を開けて、荷物を自分の席に置くき、早速体操服に着替える。今日の依頼は『自分がいるクラスの教室を綺麗にして欲しい』との依頼。クラスは1年5組。職員室に行く時に取り出した鍵を使って5組の教室を開ける。
「全く……よくもまぁ、こんな汚く。」
教室内では独特の悪臭が蔓延していた。マスクをしていても匂うということはマスクを外したら相当臭いだろう。しっかし……。
「誰だよ、ここでした野郎は。」
真ん中の机の上、そしてその周りにはゴムみたいな避妊具があちらこちらにばら撒いていた。臭い原因はこの落ちてるやつからだ。……ったく、お盛んだなぁ。
「まずは換気だ!臭すぎる!」
全ての窓を真ん中になるように端と端に空気の通り道を作る。それを終えたあと、大きなビニール袋を取り出してまず目に見えるゴミを装着した軍手を使って取っていく。多少、水を触る感覚がするがいちいち気にしてたら拉致が開かないので素早く済ませる。その間、俺の自己紹介をしておこう。名前は、橘川康太朗だ。身長は178cmで、体重は56kgと少し。趣味はゲームと人助け。特技はどんなスポーツでもできることだ。人並みに。外見は、地味な黒髪に地味な顔だ。まぁ、スクールカーストでは下の方の分類にいる人だと思ってくれればいい。
「ゴミを取り除いたら匂いはだいぶ落ちたが……くっせ!」
イカ臭いのと酸っぱい臭いのが交わってそりゃ…もう、ありえない匂いが漂う。後は、至って放課後にやっている清掃と同じ。机を後ろに送り、ほうきで埃などのごみも取り除いて、雑巾を使って拭いていく。朝から清掃はほんと心もスッキリする。
「それ……と。机を。」
黒板とは反対に置いていたクラス32名の机を前に送って、後ろを念入りにほうきで掃き、そのあと雑巾掛けをする。これを全て終わると元通りに机を戻して整える。そして、最後にこれは依頼者からいただいた置き型ファブリーズを設置し、消臭スプレーを吹きまくり、掃除を完了する。
「はぁ。ようやく終わり……。時間は……7時半。余裕だな。」
それと同時に教室のドアを開く。男性の方が少し申し訳なさそうにこちらを見ている。
「あ……ありがとうございました。」
「あ、依頼主の方。」
そう、今回の掃除の依頼はこの男性。体つきが良くて、スポーツをやっていそうな体だ。坊主からして野球部だろう。
「すいません……わざわざこんな朝早くから。」
俺は、水筒のお茶を一口含みごくんと音を立ててのむ。
「いいえ。これが、『補填部』の活動ですから。それと、あんまり学校でのいかがわしいのはやめてくださいね。」
「すいません……本当にやってみたかったって彼女が……。」
彼は彼女持ちでお互い性欲がとても強いとか。なので、子供はみちゃダメな漫画のシーンをやってみたいことがきっかけで俺のところに依頼をしてきた。まぁ……お盛んだなぁ。
「一応、すべては片付けましたがやはり匂いが消えているかどうかは分かりません。」
「そうですか……。」
「ですが、あれの匂いって思う人は少ないでしょう。」
「え?どうして言い切れるんですか?」
「……学校は公共の場。こんな臭い匂いなんてもんは日常茶飯事……って考えるからですかね。実際、僕もそうだと錯覚します。」
「は、はぁ……。」
心配な顔をするならここでやるなよ……って言いたいが赤の他人にそこまで言う義理はない。
「じゃ、俺はここで。」
「はい、ありがとうございました。」
「それと、俺のことや部については決して、口外にはしないようにお願いします。」
「わ、分かりました。」
ゴミ袋を持って、依頼者にこんな言葉をかける。
「あなたの青春に、限りなくありますように。」
補填部を結束させてから、依頼者に対していつもの言葉をかける。そのあと、教室を後にする。……早く、ゴミ捨てよ。
俺の通う赤石高校では、ある噂が流れていた。その噂とは、生徒が見れる学校掲示板のどこかに書かれている電話番号をかけるとどんな相談に乗ってくれる部活があると。その部活の名は『補填部』。先生の間ではそんな部活は無いとはっきり言っているのだが、実際はあるのではないのかと言われている。そんな『補填部』に繋がる情報は、電話番号が学校掲示板のどこかに書かれているというだけ。しかも、その情報が本当に正しいのかは自分の目で探さないと分からないらしい。こぞって、その番号を探す人もいるが中々見つからず電話番号なんて書かれていないのではと疑う人たちもいる。何故、こんなにもややこしいことにしたのか。それは、単に選別していると言うだけ。公にしてしまうと依頼がもの凄い量になる。例えば『クラスの清掃やってくれ。』とか『代わりに課題をやってくれ。』などの自分でもできる依頼が来てしまう依頼者の数と数多の時間が必要になり、依頼を解決することが難しくなる。なので、面倒な依頼を避けるためにあえて、電話番号がどこかにあると噂を広めた。本当に、依頼したいのなら一生懸命探すだろう。さっきの人は、その噂通りに電話番号を見つけることができただけのこと。
「ぐへっ………。」
ゴミ箱を学校の指定されたゴミ捨てに捨てた後、俺はぐでーっと机にひれ伏す。早朝に掃除という、とても重労働をやったのだ。誰もいない間こうして、だらだらとしたい……。
「おっはー、橘川!」
勢いよく教室に入ってきたのは親友の小渕琢磨。サッカー部のエースで、茶髪のイケメン男性。顔立ちが整っているな...。クールカーストでは上位の方にいるのだが、下の方にいる俺に周りを気にせずに話しかけてくる。
「……相変わらずうるせぇ。」
「んだよ、朝からつれないこと言うなよ!」
「ぐへっ!」
背中を思いっきり叩かれ、むせる。ったく、労働終わりの人にちょっとは親切にしやがれ……。
「また補填部の依頼か?」
伏せていた体をあげて周りを確認する。
「……デリカシーのない野郎だな。クラスメイトが聞かれてたらどうすんだよ。」
「いないからこうして言えるんだろう。」
「はいはい。そうですよ。」
つい、怒ってしまったが俺は冷静になる。補填部を秘密にしている理由は『裏から支える』というのを目標にしているから。そりぁ、表沙汰になってしまったら『補填部』が存在している理由がない。それと……何故こいつが知っているのか……単純にバレたからだ。ある女の子から『告白がしたいから小渕君が私のことが好きなの確認して欲しい。』という依頼で小渕に接近したが、『お前……怪しい。』と疑ってきたので諦めて自供……って感じ。それでバレた。まぁ、親友だからバレても良かったけどなぁ……。言いそうな陽キャだからバレたら困ると思ってたんだが、性格を見ると秘密のことは絶対守ってくれるから安心だ。
「何の依頼?」
「掃除。他の生徒が来るまでやっといてっていう依頼。」
大人の事情で詳しくは言わない。というか、思春期の男子には言えないわ。
「はへぇ。しんどくないのか?」
「清掃活動は基本だ。慣れたものだ。」
「補填部を作ってから1人で頑張ってんなぁ。他の部員とか集めなくていいのか?」
「集めるも何も、1人でやるからこそ意味がある。他のやつを勧誘する気はない。お前以外。」
「まぁ……俺は人数調整のためだっけ?」
「そう。部活成立は最低でも2人でないと成り立たないからな。」
この学校の部活は、部員の2人の生徒と顧問の先生の合計3人によって初めて部が作れる。誰でも部活が作れるのだが、中々簡単に作れるわけがない。部の活動内容や、学校への貢献度……その他もろもろ。その内容を校長にレポートに書いて提出して初めて部活動が成立する。だが、秘密裏にやりたい俺にとっては嫌な条件だ。そこで、俺は部活動を『ボランティア部』として提出して、『名前に基づいて活動している。』と言うことになっている。だから、先生も『補填部という部活は存在しない。』と言えるのだ。まぁ、何が言いたいかというと名目では『ボランティア部』という部活動だけど実際は『補填部』として活動してるよって話。無償で学校に貢献は嫌だし。メリットないし。
「俺も入ろうかなー。補填部。」
「辞めてくれ……俺の唯一の生きがいが……。」
そんな話をしてると他のクラスメイトがドアを開けて入ってきた。あまり話したことはないのでどういった人物か知らない。
「じゃ、今日も1日頑張るか。」
「そうだな。単位取得のためにな。」
まぁ、ほとんどの授業は寝るけど。これが俺流の学校の過ごし方だ。
4限目の授業がなんだかんだ終わり、昼休みに入る。この時間が最高に楽しい時間だ。まぁ、ずっと寝てたから少し体が疲れる。背伸びをして体を少しほぐす。
「お前……授業中に寝てたから、結構注意されたのに無視してるとかすごいな……。」
お弁当を持って、俺の席の前の椅子に座る。他にも友達がいるのに昼ご飯の時は絶対、俺と食べている。まぁ、親友だからとかの理由だろう。
「ここの先生の授業クオリティ低すぎて逆に頭に入らない。」
「すげー、毒舌。でも、お前相変わらずテストはいいからな。」
そう。授業を聞いていないのに、テストではいい点数を取れる。その理由は家に帰って、こいつのノートを見ながら独学してるってのもあるけど、なんせ通信制の塾を受けて、先の先の勉強をしているから。そのおかげで、学校の授業はいわば復習。頭にもすんなりと残りやすい。菓子パンの袋を開けながら小渕は会話を続ける。
「テスト制度とか廃止して欲しい。」
「なんで?」
「点数つけて、差別するってのが嫌。」
「俺は別になんとも思わないけどな……。」
テストのことで話を盛り上がっていると、右ポケットに入ったガラケーが鳴る。音は出ず、マナーモードにしているのでバイブレーションが右太腿に伝わる。
「依頼だ。こんな時間に珍しい。」
「珍しいのか?」
「あぁ。放課後や夜に電話が来るのだが……。珍しいな。」
「なんか事情があるのかもな。出るなら出たほうがいいだろ?」
「ちょっと席はずすわ。」
教室を出て人目のつかない屋上へと向かった。