終章
秋深まる森の木々は、赤く燃える。
庭園の木々も同じく色付き、祝いの席に、花を添えている。
見上げれば、秋空が夕焼けに赤く染まり、色付く木の葉と相まって、更に情景を趣深いものに変えていた。
武人ということで、ものの風流などとは無縁であるが、殊に、この日に限っては、感じる美しさが、際立って、心の琴線に触れる。
と、部下の不審げな視線に気づく。取り繕ったように一つ咳払いをして、式典へと視線を戻した。
隊をまとめる立場である自分が、警備を忘れ呆けていては、面目が立たない。
舞い上がる思いを押さえて、きゅっと腹に力を込めて気を引き締める。
壇上に、強い意志を秘めた、真っ直ぐな背を向け立つ、黒髪の青年が見えた。その背に、無茶を言っては手を焼かせた、幼い頃のフェリオの面影を見てとって、口元に頬笑みが浮かぶ。それを見た部下が、また不審げに、眉を潜めたが、いつもならば、その散漫な注意力に叱責するところを、今日は無視する。
微かに見える横顔からは、時折見せていた幼さなど微塵も感じさせぬ、フェリオの強い意思が読み取れた。
国王の目前での礼を終えて、ゆっくりと、フェリオが正面を振り返る。
その濃紺の瞳に、優しい色が浮かんだように見えた。
すう、と伸ばされた腕の先に、ひとつの影。
長く伸びた影の元に立つのは、願った彼女。
夜会では結い上げていることの多い琥珀色の髪を、今日は長く背へと流す。歩みを進めるたびに、それが風に柔らかく乗ってそよぎ、夕日の赤い光に照らされて、一層の輝きを放っていた。
差し出された掌に、彼女は迷うことなく自らの掌を重ねる。
近く身を寄せた瞬間、フェリオが何事かを囁き、二人して、頬笑みをもらした。
シエナは小さく、フェリオをねめつけてみせてから、乗せた掌をつたい、フェリオの腕に手を伸ばす。ゆっくりと身を返して、共に、正面を向いた。
その瞬間に、割れんばかりの歓声が、湧きあがる。
空気を振動させ、伝わる、歓声の大きさに、一瞬にして、肌が泡立った。
この時を、どれほど待ち望んだことか。
幼い二人の姿を、ずっと見守り続けてきた。予想もつかない無茶をしてしまう二人に、呆れて、叱責することもできなかったことも幾度もあった……。
それでも、二人の時にだけ通う、お互いを唯一とする空気を、守りたいと願っていた――
身を寄せ合う二人は、壇上へと続く長い階段を、ゆっくりと下っていく。
人々の歓声の間に消えていく、二つの背を、瞬きも忘れて、見つめていた。
やがて、完全にその姿が消え、歓声が遠く離れていっても、その視線は揺らぐことがなかった。
不意に、沈黙を破り、視線が空へと注がれる。
見上げる空は高く、夕焼けの沈みゆく向かいの空には、既に高く昇った、美しい月が、琥珀色の光を纏い、宵の口の訪れを告げる空を、明るく照らし始めていた。
おわり
ほんとうに拙い作品に、最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。
最後に白状しますと、この作品は、わたしにとって、完結まで書くことができた最初の作品です。
お話のラスト、あまりにもベタな展開で、失望された方もいらっしゃるかもしれません……。けれど、『月下美人』のスタートは、そのベタなラストからでした。
『王道のベタな小説を書こう』と『超大作でなくても、楽しめるお話を』ということを目標に始め、なんとか書きあげることができました。
毎日、まわるカウンターに後押しされて、読んで下さる方々の声が、こんなに励まされるものなのか、と初めて実感し、ようやく完結まで、辿り着けました。
本当に、読者の方々のおかげで、書きあげられた作品です。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。
かしわ