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月下美人  作者: かしわ
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序章

はじめまして、かしわ、です。

拙い文章になりますが、お付き合い、どうぞよろしくお願いします。


王宮の中央庭園。初夏の彩りを見せる木々は、宵闇にその色を映している。等間隔に置かれた篝火が、辺りをほんのりとあかく照らす。

平素は、静けさの漂う庭園も、今宵は多くの人々で溢れかえっていた。各々が華麗な装いを身にまとい、場に漂う煌びやかな雰囲気に酔いしれていた。

夜会の華は、美しい乙女達だ。彼女たちも、それを自ら理解しており、こぞって身を美しく着飾る。彼女たちは大抵2、3人で輪を作り、くすくすと噂話に花を咲かす。

その内容は、意中の男性のことであったり、誰かの恋路についてであったり……どれもが甘美な色を帯びている。

けれど、その裏では、同じく政治の策略が巡らされ、着飾った彼女たちも、その一端を知らず知らずのうちに担っていくのであった。

光と影。甘美な恋物語と、その裏で巡らされる政略は、まさに表裏一体の関係。

それの情景をひとり、賑わう輪から離れた場所で見つめるものがいた。

琥珀色の髪は、丁寧に結いあげられ、唯一垂らされた一房は、篝火の明かりに照らされ、艶やかな光を放つ。肌は白雪のように透明で、同じく明かりによって、ほんのりと色づいていた。翡翠色の瞳は、静かな光を湛え、彼女の知性を露わにする。瞳は、特定の何を捕らえるでもなく、ただゆっくりと景色を包みこんでいた。

他を圧倒するほどの、気品と美しさ。そのためか、一人で佇むはずの彼女に声を掛けようとする者はいなかった。

ただ、遠巻きにして、その様子を窺い知るのみであった。

片手に持つグラスを傾け、一口、甘く芳しい液体を含む。すでにそれは大気に温度を吸われ、体温と大差がない。

少し、気落ちしたけれど、新しいものを取りに行くほど欲しているわけではない。それに、動いてしまえば、折角作り上げた緊張の糸が切れてしまう。あっという間に、周囲を煩わしい者たちに囲まれるだろう。

二つを天秤にかけた上で、二口目を口へと運んだ。

「ひゃっ」

不意に、冷やりとしたものが頬に当たった。仰ぎみれば、濃紺の瞳とぶつかる。

「どうぞ」

不意を突いて、頬に冷えたグラスを押しあてた相手は、悪びれることなく、薄く笑みを浮かべている。そのまま、グラスを彼女の前に差し出した。

「フェリオ殿下!……悪戯はやめて、みっともない声を上げてしまったじゃない」

むっとした声を上げながらも、差し出されたクラスを受け取る。冷やりとしたそれは、肌に心地よい。

フェリオと呼ばれた相手は、彼女が漏らす苦言にあてられた様子もなく、当然のようにもう一方のグラスを彼女の手から掠め取り、傍にいた給仕にそれを渡した。

「いや、シエナが欲しそうだったから。違う?」

「……違わないけど……。もう少し普通に渡して欲しかったわ。本当に――」

隣に立つフェリオを見遣る。首を上げねば合わせることのできない瞳。シエナの頭二つ分は高い位置に彼はいる。

「あっという間に追い越した癖に、いつまでたっても大人げないのだから……」

ほう、と溜息を零すシエナに、フェリオはほんの微かに眉をひそめた。それは、あまりにも一瞬のことで、気付くものは誰もいない。

「そう言うな。一人で退屈そうにしていたから、少し興じてみようと思っただけだ。気は紛れたろう?」

「お気遣いありがとうございます。……そんなことより、あなた、ここにいていいの?」

「何が?」

「わたしなんかに構っている暇があるのかってこと!月に数回しかない夜会なのに、目的の王太子がこんなところで油を売っていては、いらした方々に申し訳ないわ」

「十分動いたさ。そんなときに、片隅で佇む優美な令嬢に目が止まっただけのこと。いかがです?私とダンスなどは?」

からかうように、ひらりと右手のひらをシエナの目前に差し出す。その動作は華麗で、思わず引き寄せられて手を重ねそうになる……のが常人だろう。けれど、彼と長い時を過ごしてきたシエナにとって、それは既に意味をなさない。

そっけなく、差し出された手にそっぽを向く。

「……どうぞ、ご自由にしていらして宜しいのよ。わたくしはお気を使われなくても、十分に楽しんでおりますから」

つんと、澄ましたように告げるシエナの横顔はかがり火に照らされて、彫像のように美しい。

フェリオの返答がないことをいぶかしんで、背けた顔を戻す。フェリオは先ほどまでの軽い気配を消し、固い面持ちで、シエナを見つめていた。

「シエナ。私がいては邪魔か?」

「まさか。むしろ、殿下の方が退屈するのでは?もっと年端の近い方々とお話になった方が――」

「いらぬ気を回すな。彼の少女たちと何を話せというのだ。媚を売ることにしか興味のない者たちとなど――」

「殿下!お言葉が過ぎます……」

フェリオの言葉を諫めて、鋭い声を放つ。彼女が時折見せる強い光に、心の底まで見透かされるような思いがする。

捕らえきれず、視線を逸らしてしまう。

「……すまない。しかし、あぁも甲高い声で切れ目なく話されると……。少し、暇をとっても良いだろ?」

「本当に、仕様のない……暫しの間だけよ?」

素直に反省の言葉を述べるフェリオに微苦笑しつつ、柔らかな声音で、休息を許した。


立ち並ぶ二人の姿に、庭園の空気は一変する。

美術家が手掛ける彫像のように、気品に溢れたその佇まいにだれもが嘆息を漏らす。

距離を置き、二人を遠巻きにして臨む人々。それは、必ずしも好意ばかりが向けられているわけではない。

嫉妬、策略、様々な感情が入り混じる王宮。その縮図が今この場に展開している。


若き王太子は、あと数カ月で17を迎え成人の儀を終える。


未だ正妃を迎えていない彼の行く末、それはまだ未知数。


隣に立つ翡翠色の瞳を持つ一人の女性

エルセリア皇太子の婚約者

シエナ・イベルス


彼女の存在も、また、未知数。



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