第十七話 もぐもぐ夏休み
「はあ? 急な用事ができた?」
《そうなんだよ。わりぃんだけど、今日は》
「わかった。で? その用事っていうのはなんなんだよ」
夏休みが始まって九日。
明日には父さんと母さんが来ることになっている。
その前日の朝に、康太から電話がかかってきた。
今日、遊ぶ予定だったのだが、急な用事ができたから遊べなくなったとのことだ。
《それは……秘密だ!》
「そうかい。まあ、深くは追求しないが。あんまり羽目を外すなよ」
《わかってるって。んじゃ、またな!》
自分から誘っておいて、当日にキャンセル。
よほどの用事なんだろうが……何かのイベントか?
「当日キャンセルですかぁ。なにかありそうですね」
スマホを置くと、ブルーハワイ味のシロップをかけたかき氷を食べていたあおねが顎に手を添える。
「康太のことだから、何かのイベントに行くんじゃない?」
続いて、メロン味のシロップをかけながらここねが言う。
「もしくは、我らに隠れて女とイチャイチャ……ってないかー」
なんだか当たってそうな予想を言うみやは、どのシロップをかけようかと真剣に見詰める。
現在、俺達はかき氷を食べている。
キュアレが、ネット通販でかき氷機を購入したので、さっそく使っているのだ。ついでに、色んな種類のシロップも。
定番のイチゴから変わったものまで。
ちなみに俺は、シンプルにイチゴをかけている。
「まあ、丁度良いじゃん。今日は、エアコンが効いた部屋でだらーっとしやしょうや。くおー! ちべたいー!! キーンときますなぁ……」
早くも二杯目のかき氷を食べているキュアレが、甘い甘いミルクをかけがぶがぶと食べていく。
すっかり溜まり場になってしまったな。
溜まり場にするほど広いところじゃないっていうのに。
「おーい、かむらちゃんもそんな端にいないで、一緒に食べましょうよ」
「どこに居ようが自分の勝手だ。それにちゃんと食べているだろ」
多少は仲良くなったと思うが、まだ壁はある。
けど、こうして部屋に集まって何かをするということにはあまり抵抗がなくなった、のかもな。
「まあ、夏休みはまだ始まったばかり。彼も早めに宿題を終わらせているから、いつも以上に満喫してるんじゃない?」
「だろうな。電話越しでもわかるほど声が弾んでたし」
「やっぱり女」
「女ですかー」
「二次元の?」
「もしくは……男!?」
キュアレの言葉に、皆食べるのが止まる。
「そ、そういえば康太先輩。結構涼先輩に……」
「凄い積極的だったね」
「おいおい。そんなまさか」
「でも、涼先輩の女装姿に興奮するって言ってたぞよ」
そういえば、あいつ。
やたらと白峰先輩と仲良くなりたいアピールをしていたような……けど、まさかなぁ。
「男同士でただ遊ぶだけじゃないのか?」
と、かむらが会話に参加してくる。
「じゃあ今、涼がなにしているか聞いてみたら?」
「それが一番だな」
まあそんなことはないだろうけど。
一応連絡してみるか。
俺は、スプーンを置き再びスマホを手に持つ。
「……あ、もしもし白峰先輩。零です。今、大丈夫ですか?」
《うん、大丈夫だけど。どうしたの?》
「いや、大したことじゃないんですけど。今、何しているかなって思いまして」
なんか周りが騒がしいな。
もしかして買い物で出掛けているのか?
「これは……大型スーパーですね」
「ということは、我らの予想的中!?」
かなり気になっているようで、みやとあおねがスマホに耳を近づけてくる。
《えっと、今日は家族と買い物に来てるんだ。また可愛い服が出たとか……あはは》
「そ、それは大変ですね」
「家族と……」
「本当なのですかな?」
《今は、家族が服を選んでるから、僕は休憩中ってところかな》
「そうだったんですね。すみません、そんな時に電話して」
《ううん。ただ待ってるだけっていうのも退屈だったから》
それから少しだけ世間話をして、通話は終了。
スマホを再び置き、俺達は話し合いを再開する。
「涼先輩の話が本当なら康太先輩はいったいどんな用事なんでしょう?」
「さあな。あいつはあいつで夏をエンジョイしているっていうのは確かだろうけど」
あの弾んだ声で楽しんでいないっていうのは、ちょっと無理がある。まさか、あれが演技だったというなら凄いけど。
「あまり気にしすぎではないか?」
「うんうん。かむかむの言う通りだよ」
「かむかむ!?」
これまたキュアレの唐突な言葉に、皆食べるのを止める。
「おー、可愛いですねかむかむ」
「かむっちって言うのもどうかね?」
流れに乗るようにみやが提案する。
っち、てつけるのは定番だよな。愛称としては。
「かむらんとかは?」
「良いんじゃないですかね! でも、あたしはシンプルにちゃんづけでも可愛いと思います!」
「いい加減にしろ! 自分は愛称などいらん!」
「えー? 可愛いのに。ねー? あおちゃん」
「ねー」
「いらんと言っているだろ!!」
我慢の限界だったのか。
かむらは、あの光の刃を生成するための鍔を取り出す。
「お、おい! 部屋で争うのは勘弁してくれ!」
「そーだそーだ」
「これはソーダ!!」
あおねとここねの小芝居に、かむらは無言のまま光の刃を生成した。
「待てかむら。落ち着け。別にお前を馬鹿にしているわけじゃないんだ。だろ? 二人とも」
「そうです! あたしはかむらちゃんを笑顔にしようとですね」
「ちょっとした洒落だよ」
「……ふん。自分もわかっている。こっちもちょっとした洒落だ」
どの辺がちょっとした洒落だったんだ? 思いっきり切りかからんとした空気だった気がするんだが。
「お?」
「どうした、キュアレ」
危うくこの小さな空間で忍者同士の争いが始まるところだった。
一瞬のぴりっとした空気の中、キュアレがまた声を上げる。
「息子ー!!!」
「……えー」
がちゃん! と玄関が開く音がしたと思えば、聞き覚えのある声が響き渡る。
なるほど、キュアレのお? というのは。
「なんだなんだ。今日は随分とぎゅうぎゅうだな。それも全員女? お前も、この数ヵ月で随分と成長したな」
「明日来るんじゃなかったのか? 二人とも」
インターホンも鳴らさずずかずかと入ってきたのは、明日来るはずだった父さんと母さんだった。
「だってぇ、一日も早く愛する息子と会いたかっただもぉん」
前回以上にすりすりと身を擦り寄せながら抱きついてくる母さん。
「おお、君達が噂の忍者三人組か。いやぁ、本物の忍者に会えるなんて。一生の思い出だ!」
「しかも、こんなに可愛いだなんてねぇ。やるじゃんかよ! このこの!!」
「痛い。痛いって母さん」
拳で脇腹をぐりぐりするのは止めてくれ。母さんのはマジで痛いから。
「にしても驚いたぞ。まさかみやちゃんも超パワーの持ち主だったとは!」
「まあ、その話はおいおいってことで。とりあえず一旦座って落ち着いてくれ」
「そうね。とりあえずかき氷でも食べてゆっくりお話しましょうか」
「お? 色々と揃ってるじゃねぇか」
……氷、足りるかな。