第八話 情報を待て
「……」
「おーい。おーいってば」
「なんだよ。考え事をしてるんだ。人の頬を摘まむな」
あれから一日が経った。
さすがに、一日じゃ情報は集まらないだろう。あおねからの連絡は、いえーい先輩! 絶賛情報収集中なう! というメッセージだけ。
こっちでも動こうと思ったが、迂闊に動いて混乱を招いたらことだ。
今は、あおねが情報を手に入れてくるのを待つしかない。
「つんつん」
「……」
「つーんつん」
頬を摘まむのがダメなら、つつく。
この神は、とことん見た目と思考パターンがミスマッチだな。
「零ー、朝ごはんー」
「……はあ」
考えるのは一旦やめだ。
「だったら、テーブルの準備をしろ」
「はい!」
俺は、その場から立ち上がり台所へと向かう。
ちなみに今さらだが、俺が住んでいるのは、風呂とトイレがある1Kアパート。
玄関を入ってすぐ台所がある。食費を減らすために、母さんから少ない食材でできる料理をいくつも教えてもらった。
引っ越す前から、出暮家の喫茶店で手伝いをしていたこともあり、それなりに料理の腕はいいと思っている。
「やば、卵がない」
冷蔵庫の中身を、確認したところ卵が残り一個だった。
後で、買い足すか。
「キュアレ。お前、卵なしな」
「だったら、ハム多めでー」
「贅沢言うな。ハムだって、残り少ないんだ」
仕方ない、半分ずつにするか。
それと、昨日作り置きしておいたスープを温めてと。
「ところで、キュアレ」
「なーに?」
「本当に、家賃払ってくれるのか?」
実は、こいつが一緒に住むと言い出したとき、家賃はちゃんと払うよ! と言ったのだ。
だったら、まあいいかと受け入れたのだが、どう考えても金を稼いでいるように見えない。
いつもいつも部屋から出ていない。
脳内で会話していても、ゲームの話をしたり、なにかを食べたいというのがほとんどだ。
「払うよー、はいこれ。私の通帳」
「通帳って……は?」
フライパンに油を入れようとしていた俺に、キュアレはいつ作ったのかわからない通帳を渡してくる。
名前も普通にキュアレだし、本物か? と疑いながら開いたら……目を疑った。
「これ、マジなのか?」
「マジマジ。信じられないなら、今月の家賃分下ろしてもいいよ?」
桁が半端なかった。
これだけあれば、節約なんてしなくてもいいぐらいだ。
「お、お前。こんなにあったなら、早く言えよ。これだけの金があったら、一人で暮らせるだろ?」
ここみたいに安いアパートなんて目じゃない。高級ホテルにだって暮らせるレベルだ。
「だって、お外出たくないし」
「そういう問題じゃないだろ」
「ま、これは君のお金でもあるから。自由に使ってもいいよ」
……マジか。
しかし、いきなりこんな大金を使ってもいいと言われてもどうすればいいのかわからない。
なんていうか、欲が沸かないっていうか。
「どうする? もっといいところに引っ越す?」
一人で暮らすという選択肢はないのか。
キュアレ的には、一緒に暮らした方がサポートしやすいってことなんだろうけど。
「……いや、ここでいい。俺、広くて派手なところって好きじゃないんだ」
「それは、わかるー。あたしも、これぐらいの広さがいいんだよねー」
とりあえず、この通帳はピンチの時に使おう。
「これでも、使ってるんだけどね。ネット通販とかで、色々と注文してるんだよ」
そういえば、知らない間に色々と増えていたが……この通帳を見たら納得できる。
抱き枕とか、ここらでは買えない食べ物とか。
「だったら、なんで俺の三個入りプリンを食べたんだ?」
「……来るまで、待てなくて」
てへぺろ、みたいな顔をする。
「やっぱお前卵なし」
「そんなっ!?」
・・・・
「それでさ、今季の春アニメのラインナップがマジやばくてさ。その中でも、ヒロインの子が」
とりあえずは、増えていないか。
いつものように、俺の前でアニメの話をする康太。
昨日のことが頭から離れず、能力を使って確認したところ性行為の回数は増えていない。
増えていたのは、手を繋いだ回数だけ。
「なあ、康太」
「なんだ?」
聞くのか? だとして、なんて聞く? お前、彼女とか居るのか? いや、直球すぎる。
だったら、少し変化球で……。
「昔こう言ってたことあったよな。二次元の世界に行けたら、ラブコメヒロインと付き合ってみてぇ! って」
これなら、昔話をしながらも康太の反応が見れる、はず。
「言ったなぁ、そんなこと。てか、どうしたんだよ? いきなり」
やっぱり、唐突すぎたか?
「ま、いっか。そうだなぁ、今でもそう思ってるぜ? 特に、ちょっとエッチでこう……清楚だけどバインバインな子とか」
「お前、巨乳好きだもんな」
「違うぜ、零。俺は、巨乳が好きなんじゃない。おっぱいが好きなんだ」
確か、康太と一緒に歩いていた子は、結構な巨乳だったな。
それに、性行為も結構やっているみたいだったし。
……とはいえ、問題の康太の方はあれから増えていない。
さて、ここから更に踏み込むか?
「っと、わりぃ。ちょっとトイレ行ってくるわ」
「ああ、早く戻ってこいよ」
康太が教室を出ていくのを見送った後、俺はスマホを確認する。
今は、昼休み。
情報が集まったのなら、送られてきてもいい時間だ。
「……噂をすれば」
アプリを閉じようと考えたところ、あおねからメッセージが届く。
<先輩! 情報収集完了です! 学校が終わったらファミレスに集合! そこで情報をお教えします!!>
それを見た俺は、メッセージを返す。
<了解>
「なーにしてんの?」
「うおっ!?」
スマホをカバンに入れた瞬間だった。
みやが、話しかけてきた。
「だめだぞー、休み時間だろうと携帯をいじっちゃー」
「わ、わかってるって。電源切るのを忘れてたから、今切っただけだ」
「うむ。それならばよし。よかったねー、授業中に音が響かなくて」
「だな」
今の……見られてないよな? いや、ここはみやにも話した方がいいのか? なんだかんだで、みやも康太とは仲が良いし、心配もしている。
「幼馴染くん」
「どうした?」
「気のせいかもしれないが、そなた……」
な、なんだ。いったい何に気づいたんだ?
まさかさっきのを見られた? それとも、キュアレのことか?
「にゃはー、やっぱなんでもないにゃー」
「お、おい。気になるだろ!」
「にゃふふ。気にするにゃ、気にするにゃ」
それは無理な話だろ。
あんな雰囲気で、言い方をしておいて。
しかも、追撃するかのように、自分の胸を下から持ち上げるように触り。
「おっぱい触る?」
などと言ってくる。
また変な誤魔化しを。
「触っていいのか!?」
康太……。
「うわ、きも」
「さいてー」
これには、入り口近くに居た女子達が自分の胸を両手で庇いながら、冷たい視線を向ける。
「さて、そろそろ時間だし席にもどろー」
「あっ……」
そして、みやは康太を無視する。
仲は良いが、みやって康太の扱いが雑な時が多いよな。
「おかえり、康太」
「おう……」
いつもの光景だ。
だが、いつもとは違う光景が、脳裏に浮かんでしまう。
能力により見てしまった真実から想像してしまう、あってほしくない光景が……。