第七話 姉弟としての
セリルさんにエルさんを任された俺は、監視役であるここねを加え街を歩いていた。
散歩のついでに買い物をするだけだったのに、どうしてこうなってしまったのか。
『主人公は大変だねー』
他人事みたいに。
『そんなことないよ。私だってちゃんと零のこと心配してるよ?』
『はいはい』
『本当なのにー! 零のばーか! ばーか!! ふて寝してやるー!!』
言わずとも理解している。
こいつの明るさには助けられている。
素の性格ってこともあるだろうが、キュアレなりに俺のことを元気付けているんだろう。
っと、あんまり思考するとまた読まれてしまう。
それよりも今は。
「おいしいか?」
「うむ。やっぱり、夏は冷たいものに限るね」
この状況を切り抜けないとな。
セリルさんの用事とやらが終わるまで、俺はエルさんを見ていなくてはならない。
今は、大型スーパーの中でアイスクリームを買って、涼みながら時間を潰している。
エルさんは、シンプルにバニラのアイスクリームを小さな口でちびちびと食べており、ここねはチョコチップ入りのものを大胆にかぶりついている。
俺はというと、アイスクリームドリンクなるものを買った。
うーん、なかなかクリーミー。
「ところで、ここね。お前は宿題終わったか?」
「もちろん。私、これでも頭はいいから」
「これでもって……自分でいうか?」
「変なのは自覚してるから」
自覚していて、そのすんとした感じなのか。
忍者として、密かに人々を護りながら、学業もしっかりしている。
あおねもだが、とんでもないな。
俺だったら、ちょっと無理そうだな……。
「……」
ん? エルさんが食べるのを止めて何かを見てる。
視線の先は……ここねか。
いや、ここねというよりここねが食べているものか?
「もしかして、足りなかったか?」
と、俺はエルさんに聞く。
すると、エルさんは静かにここねが食べているものを指差した。
やっぱり食べたかったのか。
「じゃあ、食べる?」
半分以上食べているけど、と付けたしカップを突き出す。
しばらく見詰めた後、エルさんはここねからカップを受けとり、反対の手に持っていた自分のアイスクリームを突き出す。
「交換ってこと?」
ここねの問いに、エルさんは頷く。
「ありがとう」
アイスクリームを交換し合った二人は、それぞれ美味しそうに無言で食べていく。
心配していたが、大丈夫みたいだな。
互いに警戒し合っていたから、もしかしたら過激な争いが起こるんじゃないかと。
「あれ? 零じゃないか」
「慶佑?」
安堵したところで、聞き覚えのある声が耳に届く。
振り向くと、慶佑が立っていた。
今日は、姉の優菜さんとは一緒じゃないんだな。
「一人で何してるんだ?」
「お前こそ……」
しばらく、俺とエルさん、ここねを見た後。
「そういう趣味になったのか?」
「どういう意味だ、おい」
耳元で囁いた。
確かに、見た目的に二人はかなりの幼さだが、決して俺はそういう目で見てはいない。
「フードの子は前に会ったからわかるが、そっちの子は?」
「知らないのか? お前も知ってるセリルさんの親戚の子だぞ」
「え? セリルさんの? 居たかな……」
やっぱり知られていないのか。
あんまり自分のことは話さない人なのか。それともエルさんとは、最近知り合ったのか……。
「ところで、優菜さんは? もしかして別行動か?」
「なんで姉さんと一緒に居るのが当たり前みたいに言うんだよ」
「一緒じゃないのか?」
「……一緒だけど」
目をそらしながら言う慶佑。
康太以上のインドアな慶佑が外に出るなんて、そうはない。出るとしたら姉である優菜さん絡みとじゃないと。
俺達が普通に遊びに誘っても、中々外に出なかった。
だから、ほとんど慶佑の家に俺達が行くことに。
「トイレに行くって言うから、待ってたんだよ。それで、なんとなく周りを見渡していたら、お前のことが見えたから話しかけたんだ」
「いいのか? 元の場所にいないと優菜さん心配するぞ」
「良いんだよ。ここからトイレは近いし。俺が居なくてもすぐ気づくはずだ」
確かに、俺達が居る店からトイレは近い。
しかも、トイレから出てきたらすぐ視界に入る。
「あ、そうだ。康太から誘われているはずだけど。大丈夫か?」
「ん? ああ、プールのことか。正直、嫌だけど。姉さんは凄く楽しみにしていたからな。今日だって、その時のために新しい水着を買いに来たんだ」
予定のひとつであるレジャー施設へ慶佑と優菜さんも誘ったのだ。
学校が違うせいで、あまり会う機会がないからな。
長期休みは有効活用しないと。
「へえ」
「な、なんだよ」
「いや、やっぱり仲が良いなって」
「普通だろ。姉弟なんだから」
俺は一人っ子だからな。その普通っていうのが、よくわからないんだ。
とはいえ、少なくとも慶佑と優菜さんの関係は、一般的な普通とは少し違うような気がする。
「まあ、ちゃんと護ってやれよ。姉が変な男に引っ掛からないように」
「な、なんでそんなこと」
「家族を守るのは普通じゃないのか?」
「……お前、本当に昔から変わらないな」
ふう、と息を漏らし、トイレから出てきた優菜さんを見詰める。
すぐこっちに居るのに気づき、小走りで近づいてくる。
「周囲と比べてどこか大人びているっていうか。人生の先輩みたいな感じ」
「なんだよそれ」
「さあな。それじゃ、また後でな」
「ああ。遅れるなよ」
優菜さんを迎えに行った慶佑は、律儀に挨拶をしている優菜さんの側で周囲を見渡していた。
そして、俺が軽く会釈をしたところで二人仲良く移動する。
「……」
「どうした? エル」
慶佑達が去った後で、エルさんが何かを訴えるかのように服をくいくいと引っ張ってくる。
うーん、喋れないっていうのはやっぱり不便だな。
どうしたものかと、考えていると服のポケットから何かを取り出し、テーブルの上に置く。
「うきわ?」
それは、うきわのキーホルダーだった。こんなキーホルダーあるんだな。
エルさんは、それを指差した後、自分を指差す。
うきわ……うきわ……まさか。
「自分も行きたいって言ってるんじゃない? プールに」
「そう、なのか?」
どうやらあっているようで、首を縦に振る。
来るのは構わない。
人数は多いほうが楽しいからな。
「じゃあ、とりあえずセリルさんと相談だな」
一応、彼女がエルさんの保護者的な存在ってことになってるわけだし。もしかしたら、それでセリルさんも一緒に来るかもしれないが……さすがに人が多く集まるところで、それも明るいうちに何かをしようなんてことは。
「……」
刹那。
俺の脳裏に、ここへ来る前のやり取りが浮かぶ。
だ、大丈夫だよな? フラグとか立ってないよな?