第五話 聖なるかな
それは隔離された空間の中。
周囲は、色とりどりな花畑。
「では、これより定期会議を執り行います」
そこに建てられたステンドグラスが美しい教会の中には、数十人の少女達が、修道服を身に纏っている。
シスター達は、聖女セリルの登場に両手を重ね、祈りを捧げる。
「さて、今日の議題ですが……気になるあのお方について」
セリルの言葉に、シスター達は一気にざわめきだす。
「東の監視下にあるあのお方……やはり、そうでした」
「ということは!」
と、一人のシスターが言うとセリルは力強く頷く。
「あのお方こそ、我らが主! 神なる力を宿した選ばれし存在!!」
先ほどまでの冷静さはなく、高揚した表情と声音でセリルは叫ぶ。
「東は、あのお方を危険視しているようですが……とんでもない! あれほどの器の大きく、強大な力を持ったお方が危険などと」
「まったくですね!」
「実は、私。同じ学校に通っているんですが」
とあるシスターの発言に、視線が集中する。
「おぉ、なんと幸運かな……それで? 主は、学校ではどのようにお過ごしなのですか?」
「あれほどの力を持っていながら、普通の高校生として過ごしています。初見で気づくのは難しいほどに」
「実は、私も! しかも同じクラスなんです!」
「なんと! なんと!!」
更に、違うシスターが発言。
視線は一斉に、発言したシスターへと移る。
「つい数ヵ月前は、本当に普通の男子高校生という印象だったんですが……まさかあれほどの力を持っていただなんて」
「おそらく【欲魔】との接触が原因で、覚醒、もしくは力の制御が不安定になったのかもしれませんね」
セリルは、踵を返し、巨大なステンドグラスを見上げ両手を重ねる。
「しかし……不謹慎ではありますが、それがきっかけで私達は主を見つけることができました。あれほどの聖なる力は、これまで感じたことがありません。それは、エルも感じていました」
側でじっとしていた小さな人影が、前に出て小さく頷く。
「おお! エルお姉様が!」
「あのエルお姉様が!?」
シスター達のざわめきに、セリルは小さく笑みを浮かべ再び正面を向く。
「もう釘付け」
「釘付け!?」
「お姉様を釘付けにするだなんて……」
シスター達のざわめきは更に大きくなる。そんな中、エルはどこからともなく取り出した木の板に、首を打ち付けはじめる。
「出た! エルお姉様の可愛いボケ!」
「釘付けよー!」
場が一気に和やかになったところで、セリルは決意を言葉にする。
「というわけで、私は決意しました。……あのお方に全てを捧げると」
「全てを!?」
「セリル様がついに……」
「しかし、受け入れてくれるでしょうか」
突然心配になったセリル。
これまでシスター達も見たことがないしおらしい姿。
いつも優雅で、美しく、皆の手本となる振る舞いを心がけていたセリルが、初めて見せる弱音。
「私は、もう清らかではありません。一番捧げるべき初めてはすでに……」
まるで、恋する乙女のように頬を赤く染め、内股でもじもじと。
尊敬する聖女セリルのそんな乙女チックな姿に、シスター達は胸を撃ち抜かれる。
とある者は写真を。
またとある者は写生を。
またまたとある者はこれでもかというほど目を見開いている。
「ーーーはっ!? そうです!」
何かを思い付いた様子で、セリルは叫ぶ。
「何も初めてはひとつではないのです」
「と、言いますと?」
ごくりと喉を鳴らし、セリルの言葉をじっと待つシスター達。
「……お、お尻はまだ」
自分の尻部を触りながら小さく呟いた。
刹那。
シスター達に衝撃が走る。
「お、お尻ですか……」
「さすがセリル様! 発想が段違いです!」
「やはり、身を捧げるのであればそれぐらいの覚悟を持たないと……」
何を想像しているのか。セリルの表情が一段と蕩ける。
「しかし、セリル様。あのお方の周囲には東の者達に加え、未知の存在が」
「……ええ、ええ。わかっています。ですが、これも試練。乗り越えてみせます!」
「きゃー! かっこいい! セリル様ー!!」
「私達も全力で応援しますー!」
・・・・
「……な、なんだ?」
突然の寒気に、俺は身を震わせる。
「どったの? エアコン効きすぎた?」
「いや、そうじゃない。なんていうか……悪寒? っていうのか。急に嫌な予感が」
「ほー、それはそれは」
こいつ、まったく気にしてないな。
呑気にアイスを食べて……。
それにしても、なんだったんだ? さっきのは。
「ん?」
悪寒の原因を考えていると、みやから電話が届いた。
なんだろうと通話ボタンを押すと
《零くんは、私が護る!》
唐突になんだ? わけがわからなかったので、俺は。
「突然どうしたんだよ?」
と返す。
てか、くんづけってことは表みやか?
《嫌な予感がしたの。零くん》
「嫌な予感?」
《私の零くん専用危険関知センサーが電波をキャッチしたの》
……なんだそれ。
みやはまだまだ謎多き存在だが、この発言はどう捉えるべきか。
悩みに悩んで、俺は。
「そうか。知らせてくれてありがとうな」
本当にそんなものがあるかどうかはともかくとして。心配してくれているのは確かだ。
それに、さっきの悪寒でもしかしたらって思ってる自分がいる。
《……絶対に絶対……零くんは……》
「み、みや?」
なんかぶつぶつと呟いたと思えば。
《ふむ。そういうわけだから、気を付けたまえよ我が幼馴染よ!!》
裏みやに代わる。
「お、おう」
《ではではー》
そして、通話が切れた。
俺に何が起こるって言うんだ? いったい。