第三十六話 その後の
「なんだったんだ……突然」
俺は頭を抱えていた。
実は、かむらとの勝負が途中で終わったのだ。【欲魔】を倒した後に、計画通り最後の場所へ向かおうとしたのだが、かむらが。
「勝負は終わりだ」
と言って去ってしまった。
俺は、慌てて追いかけたのだが、忍者である彼女に追い付くはずもなく、見失ってしまった。
それから数日が経ち、いまだにかむらとは出会えていない。
あおねやここねも、ここ数日は会えておらず、なんだか若干寂しさがある。
『ねえ、零』
『なんだ』
トイレに行った帰りに少し廊下を歩きながら考え事をしていると、キュアレから話しかけられた。
なんだか、いつもより真剣な感じに聞こえるが……。
『夕飯は豪華に焼き肉がいいな!!』
……やはりキュアレはキュアレだった。
焼き肉か。
まあ、たまにはいいかもな。
『わかった。帰りに肉を買ってくる』
『大量にねー』
『はいはい』
最近は、キュアレのおかげで贅沢はできるようになった。とはいえ、根っからの庶民のためか。
どうも高級品というものに手を出せない。
なんていうか、質より量って感じに? よくあることだと思うんだが、高級品だから美味しいとは限らない。
俺のようにそこまでか? と思う者達は居るはずだ。
いやまあ、美味しいものは美味しいのだろうけど。
ともかくだ。
人それぞれってことだな。
「ここは」
木村先生と衛藤先輩が密会していたあの教室の近くに足が進んでいた。そういえば、あれからどうなったのか……。
「衛藤さん」
おっと、どうやらまたタイミングよく密会の場に。
俺は、あの時のように身を隠し、耳を澄ます。
「ずっと、避けててごめん」
「いえ。それで、大事なお話というのは」
「実は……僕と別れてほしいんだ」
……ここねから聞いていたが、そこまでの覚悟を。
「およよよ……なんという悲恋っ」
「あおね!?」
「やっぱり教師と生徒の恋愛は、認められない運命」
「ここね!?」
一瞬だけ、天井を見上げていたら、いつの間にか右にあおね、左にここねが座っていた。
「お、お前ら。今までなにを、というかどうしてここに?」
声を低くし、二人に問いかける。
「まあまあ。その辺りは、また後で。今は」
教室の方を指差すあおね。
ここねは、口元で人差し指を差し、静かにするようにと伝えてくる。
「理由を、お聞きしてもいいですか」
今までずっと黙っていた衛藤先輩が、絞り出すように木村先生に聞く。
「君もわかっていると思うけど、僕と君は教師と生徒。決して恋愛を許されない関係だ」
「はい」
「だけど、それをわかっていて僕は、君の告白を受けて付き合うことにした」
「はい。今、思い出してもあの時のことは覚えています。本当に、嬉しかった……」
そうか。告白は衛藤先輩からだったのか。
「君とこれまで恋人として過ごしてきて、本当に楽しかった。学生時代は、勉強の毎日で青春らしい青春はできず、こんな地味な僕のことを好きになってくれる人なんていないってずっと思っていたから」
「そんなことありません! 先生は、私にとって……!」
「うん。だから、僕も嬉しかった。君のように可愛くて優しい子に告白されて……舞い上がっていた」
確かに。衛藤先輩は、儚げな美少女って感じだよな。
「だから……だから、僕はあんな夢を」
「夢?」
やはりそういう認識になっているのか。【欲魔】から中途半端に記憶を吸い取られたせいで。
「それで、ずっと考えていたんだ。このままじゃ、僕は……いや君も」
「先生……」
なんとなく予想していたが、やはりこうなってしまった。
「……わかり、ました」
ここからでは衛藤先輩の顔は見えないが、声からわかる。
彼女は泣いている。
震える声で、衛藤先輩は木村先生の提案に了承の意を伝えた。
「待って!」
がら! とスライドドアが開く音の後、木村先生の声が響く。
どうやら出ていこうとした衛藤先輩を止めたようだ。
「まだ続きがあるんだ」
「続き?」
「もし……もし、卒業後も気持ちが変わらなかったら」
お? まさか。
「また告白してくれるかな?」
そういうことか。
別れると言っても一旦。
卒業まで、教師と生徒の関係で過ごす。
「本当に身勝手だと思ってる。でも、僕は君のことを嫌いになったわけじゃ」
「わかりました」
「衛藤さん?」
俺は、どうしても気になったので、そっと顔を覗かせる。
視界に映ったのは、教室側に木村先生、廊下側に衛藤先輩という構図だった。
衛藤先輩は、木村先生に肩を捕まれながら笑顔で涙を流している。
「まずは、三年生にならないと、ですね」
「……わからないことがあったら、なんでも教えるよ」
その後、二人はそれぞれ違う道へ。
「なんとかなったようですね」
「そうだな」
「めでたしめでたし」
さて、木村先生と衛藤先輩のことは一旦置いておいて。
「それで? お前達は今までなにをしていたんだ? 連絡もなしに」
ここ数日音信不通だった二人のことだ。
まったく人がどれだけ心配したと……。
「いやぁ、すみません。実はあの後、上に呼び出されて色々と事情の説明をしていたら、連絡ができず。いや、しようと思ったんですよ? でも、スマホを取り上げられちゃって。くそー! デイリーボーナスがぁ!!」
わかる。
アプリゲームをやっている者からしたら、その気持ちは。
「やっぱり上には零のことは伝わっていたみたいだったからね」
マジか。
忍者組織に俺のことが……どうなるんだ? 俺。
考えたら背筋がぞっとしてきた。
「ご安心ください! その辺のことはあたし達がなんとかしました!」
「な、なんとかって」
「先輩のことは、これからあたしがしっかり監視しますってことになりましたので!」
「私もね」
えーっと、それは安心していいのか? 結局のところ、俺が得体の知れないなにかだって思われているんじゃ、それ。
「……なあ、かむらはどうしたんだ」
一番気になっているのはかむらだ。
彼女は、俺のことを危険視していた。その認識を変えるために勝負を仕掛けたのに、それは中途半端に終わった。
上に報告したってことは、かむらも報告したってことになる。
「あー、かむらちゃんですか。それは」
「それは?」
「秘密です!」
「なんでだよ」
「それよりも、零。今日の夕方」
「おっと、ここね。それは秘密です」
「そうだった」
なんだよ、秘密って。
「さて、心配性の先輩への報告も済みましたし、そろそろ戻りましょうか」
めちゃくちゃ気になることを言い残し、あおねとここねは去っていく。
本当に、なんなんだよ。
「零ー? 我が幼馴染ー? どこですかー? この辺りに隠れるのはわかっているぞー」
おっと、妙に勘のいい我が幼馴染が探しに来たようだ。
マジで気になるが、今は一旦置いておこう。
「ここだー」
「ひゃっほー! 捕獲じゃー!」
俺が姿を現すと、みやは獲物を見つけた野獣のごとく、目を輝かせ突撃してきた。
「へぶっ!?」
「うわ、痛そう……」
康太よ、痛そうじゃない。
めちゃくちゃ痛いのだ……。
というわけで、次回第二章エピローグです。




