第三十四話 邪悪なる
「もう一度聞く。衛藤先輩に擬態して何をしていた?」
「そうねぇ……特別に答えてあげよっかなぁ」
衛藤先輩に擬態した【欲魔】は、ぺろっと自分の唇を舐める。
「私達がやることと言ったら、決まってるわ。今日もお一人……食べちゃった」
その言葉は正しい。
能力により、確認したところつい一分ほど前に性行為をやっていたようだ。
それだけじゃない。
……これは。
「お前、木村先生とも」
そう、中には見覚えのある名前もあった。
それが、衛藤先輩と恋人関係にある木村先生だった。
「あー、あの男かー。ふふ、今でも思い出すなぁ。中途半端だったからね」
中途半端?
「私達は、欲と共に記憶を食べるんだけど。……木村先生とやってる時、その……人が来ちゃって」
こいつ、また演技を。
「ちょーっとだけ記憶を食べ損なっちゃったのー。多分、彼にとっては、夢か現実か? って感じで残っちゃってるんじゃない? すごく悩んでたでしょ?」
そういうことだったのか。
木村先生が、衛藤先輩を変に避けていたのは……。
「楽しかったなぁ。最後まで抵抗してたけど、最後に敦さん、大好き……って、言ったら激しくなっっちゃってー! 壊れちゃうかと思った……あ、でも恨まないでよ? 私ってば、この子のこと助けてあげたんだから。むしろ感謝してほしいなー」
「どういうことだ」
その場で、踊るようにくるくるっと回り、何をこちらに投げてくる。かむらが、それを受けとる。
東栄の生徒手帳だ。
「実はね? この子、木村先生との関係がとある生徒にばれていたの」
かむらが、生徒手帳を開き、俺に見せる。
どうやら衛藤先輩と同じ二年生のようだ。
田中平か。
「それでー、その少年はね。この子に恋してたの」
「……なるほど。君は、その好意を利用して、この少年の欲と記憶を食べたということか」
「ピンポーン! 危ないところだったのよー? 教師との禁断の関係をネタに脅そうとしていたんだから。これ、呼び出しのお手紙」
と、衛藤さんへと文字が書かれた一通の手紙をトートバッグから取り出し、俺達に見せつける。
「……」
「きゃっ、こわーい。そんなににらまないでよー。せっかく木村先生との関係を守ってあげたのにぃ。ほらほら、これで証拠隠滅」
ぼっと、掌から炎を発生させ、手紙を燃やす。
「それじゃあねぇ」
「待て!」
まるで友達と別れるかのように踵を返すので、俺は慌ててその細い腕を握る。
「きゃっ! あ、明日部くん? い、痛い……」
……わかっていても、姿も声も完璧に衛藤先輩だ。
「お? なんだ」
「もしかして襲われてるんじゃないの?」
そこへ、偶然通り掛かった若い男女が、俺達のことを見てくる。
誤解されまいと咄嗟に手を離す。
「ご、ごめんなさい。大袈裟に騒いじゃって。それで、まだ何かあるの? 明日部くん」
その場は、衛藤先輩になりきった【欲魔】によって乗りきった。
通り掛かった二人が遠ざかると、不適な笑みを浮かべる。
「あんまり騒がないほうがいいわよ? ここは住宅地。日も高いからさっきみたいに私のことを襲っているところを誰かに見られたら……」
「……」
「安心して。今日は、ちょっとした挨拶に来ただけだからー」
ばいばいっと最後に一言残し悠々と去っていく。
その後ろ姿を見詰めていると、かむらが横に並び語りかけてくる。
「許せないか」
「当然だろ」
「君は、衛藤という人物とそこまで仲がいいというわけじゃないはずだが」
そうだ。俺は、衛藤先輩とはそこまで仲がいいというわけじゃない。話したことだって、数えるほどだ。
だけど。
「それでも、許せないものは許せない。かむらは、違うのか? ああいう奴らから人々を護るために戦っているんじゃないのか?」
「……ふっ。その通りだ。自分は、あいつらのようなこの世の闇を断つために戦っている」
かむらは、袖からクナイを取り出し、小さくなっていく擬態した【欲魔】の背中めがけて構える。
「お、おい。なにを」
「心配するな。自分達は忍だ。目立たず……奴らを断つ」
かむらは、二本のクナイを投げる。
「わっ!? もう、せっかく忠告してあげたのにぃ」
しかし、クナイは左右、挟むように足元へ刺さった。【欲魔】は、さっそく悲鳴を上げようとするが。
「残念だったな」
刹那。
地面に突き刺さったクナイがカシュっと音をたてる。
「え? な、なに」
【欲魔】も予想外なことだったようで、展開したクナイから放出された光に包まれ……姿を消した。
「いったい、なにが」
「結界の中に閉じ込めた。これで、周りに被害が及ばず、目立たず倒せる」
地面に突き刺さった二本のクナイを拾うかむら。
「とはいえ、結界も完璧じゃない。おそらく【欲魔】は結界から出ようと抵抗しているはずだ。自分は壊される前に結界の中に入り、奴を断つ」
袖を捲ると、腕には何かの機械が取り付けられていた。
深い溝のようなものがある。
「ま、待ってくれ!」
「なんだ?」
「俺も……連れていってくれないか」
俺が行ったところで何ができると思われるだろうが、ただ待っているだけっていうのは、気になってしょうがない。
それに、一度は彼女達の戦いを目にして見たい。
「……いいだろう。特別に見学させてやろう」
その意思が伝わったようで、特別に見学をするのを許された。
「自分の戦いぶりをしかと目に焼き付けろ」
「おう」
手渡された機械を腕に装着させる。
どうやら深い溝へ先ほどのクナイをセットすることで、結界内へ入れることができるらしい。
ん? でも待てよ。
「なあ、もしかして」
「行くぞ」
「あ、ああ」
クナイが二本だった理由を聞こうとしたが、かむらに急かされ、クナイを差しこむ。
すると、クナイにはめこまれたクリスタルが輝き出し、俺達を包み込んだ。