第三十三話 それは突然に
あおねがみやのことを止めに入ってから、ここねはあおねの代わりに各地に配置されている監視役達と連絡を取りながら周囲の警戒にあたっていた。
ここまでは、敵意ある者は近づいておらず、零とかむらの勝負も順調と言える。
「あれは」
望遠鏡で周囲を見渡していると、見覚えのある人影を発見する。
「涼、だよね」
女装をしていない涼だった。
このまま行けば、角でばったりと会う。今は、零一人。かむらは、おそらくトイレのために近くのコンビニエンストアに入っている。
「よっと」
ここは自分の出番だ。
ここねは、疾風のごとき素早い動きで駆け抜ける。
「うーん。最近は、零くん達とほとんど一緒だったから、一人で歩くのは久しぶりだなぁ」
「ん」
「へ?」
女装の時とは違い、素朴な格好をした涼の手を掴み、有無を言わさずここねは細い路地に入る。
そして、路地を抜けたところで、まったく状況が理解できていない涼を連れ、零達から離れていく。
「あ、あのここねちゃん、だよね? えっと、これは」
「とりあえず、ついてきて」
「あ、うん」
謎の圧に負け、涼は黙る。
移動すること三分。
ここまで来ればいいだろうと、ここねは手を離す。
「それで、えっとどうしたの? 今日は、零くんやあおねちゃんとお買い物だったんじゃ」
「うん。まあ、そうなんだけど。あおねが急な用事ができて、買い物が中止になっちゃった」
「そ、そうだったんだ」
移動をしている途中で考えた嘘だ。
今は、零達が移動する時間を稼ぐ。
ここねは、淡々と語り続ける。
「元々あおねが計画したことで、私は付き添いだったから零とも今日は別れた」
「えっと、じゃあどうして僕を」
「実は、前から涼に相談したかったことがあったんだ」
「僕に?」
「うん。涼って可愛いグッズとかも集めてるんだよね?」
「そ、そうだね」
あはは、と恥ずかしそうに頬をを掻く涼。
「私も可愛いグッズを集めてるんだ。それで、これ」
と、ここねはポケットから猫同士がハイタッチをしているようなデザインのキーホルダーを差し出す。
「わ、可愛い」
「プレゼント」
「ありがとう。でも、わざわざ移動する必要なかったんじゃ」
「気にしないで」
「……う、うん」
また謎の圧に負け、涼は頷く。
これだけ時間を稼げばいいだろうと、涼から離れようとした刹那。
「あれ? 木村先生?」
「白峰くん? ぐ、偶然だね。こんなところで」
零達が通う東栄高校の教師である木村敦と遭遇する。
何やら動揺しているようで、声が上ずっていた。
「そっちの子は」
「あ、最近知り合った子なんです」
「ども、ここねです」
「もしかして、邪魔をしちゃったかな?」
「そ、そんなんじゃないですよ。ところで、先生。何か元気がないみたいですけど……大丈夫、ですか?」
今は、元気に振る舞っているが、明らかに顔色が悪い。
そのことはここねにもはっきりとわかっている。
「あはは、情けないな。最近は、生徒達に心配ばかりかけて……」
頭を掻き、敦は空を見上げる。
何かを考える間があったが、すぐにっこりと笑顔を作る。
「でも、大丈夫だ。心配かけたね」
「いえ、そんな」
「……そろそろ覚悟を決めないとな」
小さくそんなことを呟き、敦は笑顔のまま二人から離れていく。
「あの笑顔、ぎこちなかったね」
「うん。僕にもそう見えた」
・・・・
「次は最後、なのか?」
「まあ、予定では」
「ふん。やっとこの勝負終わる。今のところ、自分のほうが余裕で勝っているが、どうする?」
仕方ないことだが、煽ってくるなぁ。
けど、最初の時と違ってなんだか楽しそうな雰囲気があるように見える。
それを見た俺は。
「そうだなぁ、どうするか」
と呟く。
真剣に考えているかのように。
「最後で挽回できように祈るんだな」
最後の場所へと向かいながら会話していると、公園から出てくる人物に足を止める。
「衛藤、先輩?」
「なんだ、知り合いか?」
木村先生と禁断の恋をしている衛藤先輩だった。
素朴なワンピースを着ており、ベージュ色のトートバッグを手に持っていた。
……本当に衛藤先輩、か?
「あ、明日部くんだったよね。こ、こんにちは」
話しかけてきた。
そこまで喋ったことはないが、完全に衛藤先輩だ。
けど。
「……衛藤先輩に擬態して、何をしていた?」
俺にはわかる。目の前に居るのが、衛藤先輩に擬態した……【欲魔】だということを。
前回の接触で結構敏感になったのか。
見た瞬間から、違和感を感じた。
そして、能力で見たところ案の定だ。
「な、何を言ってるの? 擬態って」
こいつ、まだ白を切るつもりか。
「おい、それは本当なのか? なぜわかった」
かむらは気づいていなかったか。それだけ、擬態が完璧だったってことか。
「……見たからだ」
「……すごーい。本当に私達の完璧な擬態を簡単に見破っちゃうんだぁ」
あの時の……みやに擬態していた時のように【欲魔】は、衛藤先輩の姿で頬を赤らめ、妖艶な笑顔を浮かべた。