第六話 ギャル後輩は、狙う
「どうよ? 今回の新作は」
「うん。はっきり言って、味は普通より上。ただ楽しさは良い感じじゃないか?」
以前言われた出暮家の喫茶店で、新作の試食をしている。
ここの喫茶店の雰囲気は、変わらない。
広さは普通。カウンター席とそうじゃない席がちょっと。都会の喫茶店に比べれば小さいが、これが良いのだ。
あまり広いと、ファミレスになってしまう。
喫茶店は狭すぎず、広すぎずが良いのだ。
そして、何よりも店員達が全員人がよく、看板娘が可愛いうえに面白い。
で、その看板娘であるみやが完全監修した新作料理だが。
所謂三色もの。
ひとつひとつが小さなオムライスで、中に入っているものの味が違う。しかも、それは店員の気分で変わるという。
俺が食べたのは、一般的なケチャップ飯とカレー飯にツナが入ったちょっと薄味な飯。
喫茶店の料理はいかに手軽で、食べやすいかで決まる。
その点、この新作は人によっては一口、二口ぐらいで食べられ食べるまでどんな味なのかのわくわくさもある。
お客様を楽しませながら、ゆったりさせる。
それが出暮家の喫茶店。
この料理は、その思想にマッチしている。
ちなみに、味は現在も試行錯誤中とのこと。
「ありがとございやす! いやぁ、正直これぐらいの小ささを作るのは大変っちゃ大変なんだけど、それでお客さんが楽しんでくれればいっか! て感じなんだよねぇ」
「おまけに、ケチャップオアマヨネーズで店員さんが絵を描いてくれるとは。メイド喫茶でも目指してるのか?」
「おかえりなさいませー、ご主人様ー!!」
などと、長い髪の毛を両の手でツインテールにするみや。
「なーんてね。うちは、メイド喫茶とはまた違った感じでお客さんを楽しませることに力を入れるつもりだから」
「それがいい」
「でも、零。我がメイド姿を見たくはないかね?」
ドヤ? と決め顔で問いかけてくる。
みやのメイド姿か……普通にいいかもしれないな。めちゃくちゃだが、なんだかんだ美少女の部類だし。
ここには、みや目当てで来る客だって少なくはない。
「……」
「どった?」
俺が見詰めていると、鼻と鼻がくっつくぐらい顔を近づけてくる。
ほんと、躊躇しないなこいつ。
……あれから増えてない、か。
「なんでもない」
と、俺は立ち上がる。
「あ、ちょっちちょっち。さっきの返答は?」
「良いんじゃないか? でも、店の手伝いで着るのはどうかと思う。今のままのエプロン姿で十分だ」
「りょーかい。じゃあ、今度個人的にメイド服を着て見せるってことで」
「はいはい」
そんな約束を交わし、俺は喫茶店を出ていく。
さて、今日は休日。
これから何をするか。
人間観察? いや、普通の人間観察ならまだしもこの能力がある状態での人間観察は愚策。
というよりも、人間観察をするという考えに至るとは……やっぱり精神がやられてるな。
普通に帰ってだらだらしたいが、あいつが居るからなぁ。
『呼んだ?』
『呼んでない』
一人だったら、まだしもキュアレのせいでのんびりできそうにない。ならば、出暮家の喫茶店でのんびりするのが一番なのだろうが、それも難しい。
やはり休日ということで、いつもより客足が増す。
しかも、みや目当ての。
そんなところに、俺が居れば確実に狙われる。
引っ越す前に、何度かそういうことがあった。人前でもお構いなしに、みやは俺に話しかけてくるし、絡んでくるしで。
結局、仕事に身が入らないということで、出ていくか店の手伝いをする始末。
「ん?」
どうしたものかと考えながら歩いていると、とある女子集団を見つける。
楽しそうにクレープを食べながら和気あいあいと。
「クレープ、か」
食後のデザートってことで、食べてみるかな。確か、近くにクレープ屋があったはずだし。
甘いものは嫌いじゃない。
むしろ好きな方だ。
なんていうか、甘いものを食べていると満たされるような気持ちになる。
なので、今の状況だと特に効果抜群。
精神安定の意味で、ちょっと贅沢なクレープを注文するか。
「いらっしゃいませ」
「えっと」
そんなこんなで、ゴテゴテとフルーツをふんだんに盛ったクレープを注文した。
さっき喫茶店で食べたのは一口サイズのオムライス三つ。多少腹は満たされたが、それでも足りない。一人暮らしということで、あまり贅沢はできないのだが、たまにはいいよな。
「えー!! 売り切れなんですかー!?」
「は、はい。先ほどのお客様の分で」
なんだ? まさか、俺と同じものを注文したのか? 気になり振り返ると。
「あっ」
視線が合ってしまった。
ギャルだ。
派手だが、可愛い系のギャルだ。
赤色と水色が入り混じったような髪色をしており、バランスのいいツインテールをしている。
部活帰りなのか、それとも休日の学校にわざわざ赴いたのか。最中ではないが、セーラー服にフードつきの上着を着込んでいる。
それだけじゃない。
なぜか……右目に眼帯をしている。怪我とかでよく使うようなものではなく、中二病な子がつけてそうなあれだ。
「……」
背負っているリュックサックは、結構パンパンに膨らんでおり、何が入っているのかかなり気になるが、今はそっちじゃない。
めちゃくちゃ見てる。
俺を? いや、俺の持っているクレープを見てる。
名前は……朱羽あおねか。歳は、十四歳。
「えっと」
「……」
なんて無言の圧。
どれだけ食べたいのかが伝わってくる。クレープ屋の人は、苦笑いしかできない。
「じゃっ」
「待ってくださーい!!」
俺はそのまま立ち去ろうとしたが、素早い動きで回り込んでくる。
「そんなに食べたいのか?」
「最後の一個って、めちゃくちゃおいしそうじゃないですか!」
「でも、食べかけだぞ?」
「じゃあ、食べてないほうを半分ってことで」
どんだけ食べたいんだ、この子は。
「ーーーいやぁ、すみません。半分貰ちゃって」
「いいよ。それよりも、ナイフを持ってたとは驚いた」
「世の中、何が起こるかわかりませんからね。準備にこしたことはないのです。備えあればハッピーが舞い降りる、ですよ」
結局根負けして、半分分けてしまった。最初は手で分けようとしたが、リュックサックからプラスチックナイフを取り出したのだ。
パンパンだったので、なにかがいっぱい入っているだろうとは思っていたけど、まさかそんなものが入っているとは。
「あ、自己紹介がまだでしたね。あたし、朱羽あおねと言います。十四歳の女子中学生です、はい」
と、口元にクリームを付着させながら言ってくる。
知ってる。なんて言ったら変な眼で見られそうだよな。
「俺は、零だ。十五歳の高校生な」
「この度は、クレープを分けていただきありがとうございます! 零先輩!」
「別にいいって。というか、お前の先輩じゃないだろ。いいよ、普通に零で」
「いえいえ。学校が違えど、年上な学生さんなのですから。ここは先輩呼びでいかせてください!! もしくはパイセン!!」
変にこだわりがあるみたいだな、この子は。
先輩、か。
悪くはないが、慣れないなぁ。
「勝手にしろ」
「はい! 勝手にします! ところで、零先輩!」
「なんだ?」
なんとなく予想はしていたが、近い。
出会って数分な距離じゃないぞ。
これだから、ギャル系は苦手なんだ……。勝手な想像だが、ギャル系ってやたらと距離が近いというか。
「運命って、信じますか?」
「……は?」
いきなりなにを言い出すんだ、この子。