第二十六話 勝負に向けて
剣咲かむらは、忍として生きていく道を強いられていた。今の現代、忍という存在は創作物の中の存在として認知されている。
決して表の舞台に立つことはできず、裏で人知れず闇を切り裂く。
かむらは、忍としての才能を早くも開花させ、ひたむきに訓練を続け、十三歳にしてトップの仲間入りを果たした。
誰もが認める忍のエリート。
これまで、常人では相手にならない存在を数えきれないほど倒してきた。
そんなかむらは、今ピンチに陥っている。
冷や汗を流し、両腕を握り締め、畳の上で膝をついている。
「くっ! 勝負は明後日だというのに!」
かむらの周囲には、様々な情報雑誌が散乱しており、その全てが……女性ものの服に関するものだった。
一番近くにあった今年の流行ファッションはこれ! とモデルと一緒に写っている可愛らしい服を見て、かむらは唸る。
「無理だ……こんなひらひらしてて可愛い服を着るなど……!」
かむらはこれまで、和服しか着たことがない。
いや、それ以外にも着たことはあるのだが、可愛いというジャンルではない。
主に着ているのは、大正時代を思わせるもの。今風の肩を出したり、脇を出したりするようなデザインではなく、きっちりとし、肌の露出を極限までなくしたもの。
下半身もスカートや半ズボンなどのように肌を露出しておらず、足全てを覆い隠すようなものだ。
小さい頃から、今風の服を着たことがなく、肌を露出することを極端に嫌がるかむらにとっては、雑誌に載っている全ての服がだめ。
だが、着なくてはならない。
明後日から始まる勝負に向けて、どうしても着なくてはならない。
それが、戦う相手。
明日部零が出してきた条件なのだから。
「あおねめ……やってくれる!」
これも全て零の背後で作戦を立てた忍仲間であるあおねの企みだとすぐにわかった。
零一人であるなら、自分に勝負を仕掛けようなどという無謀なことはしなかったはずだ。
それを、あおねやここねという存在が零を駆り立てた。
「ふっ。自分を弱体化させる魂胆なのだろうが」
呼吸を整え、再びファッション雑誌とにらめっこを始めるかむら。
「そうはいかないぞ。自分がこの程度で弱まると思っているならば、大違いだ!」
これまで、忍として数々の苦難を乗り越えてきた。
そんな自分が、たかが一般人の男子高校生相手との勝負で負けるなどありえないこと。
かむらは、己を鼓舞し、必死に自分が着れるであろう服を探す。
しかし……。
「だめだ……! やはり、どれもこれも!! せめて、ズボンだったならば!」
呑んだ条件は、スカートを込みとした可愛らしい私服を着てくること。
あおねは、かむらが肌の露出を、体を見られることを恥ずかしがることを知っている。当然ここねもだ。
二人とは、幼少の頃からの長い付き合い。かつ、かむらよりも情報収集能力に長けている。勝負当日においても、どんなことをしてくるかわかったものじゃない。
「……仕方ない。こうなったら」
苦渋の決断。
かむらは、スマートフォンを手に取りどこかに電話をかける。
《もしもし、かむらちゃん?》
ワンコールもしない内に電話が繋がる。
耳に聞こえてくるのは、穏やかな雰囲気のある男の声。
《かむらちゃん?》
かむらは、スマートフォンから聞こえるその声に、眉をひそめる。
「兄上。そのかむらちゃんというのは、止めていただきたい」
《えー? だって、かむらちゃんはかむらちゃんだし。というか、珍しいね。かむらちゃんの方から連絡をくれるなんて》
電話の相手は、かむらの兄である剣咲霧一。
かむらとは五つ違いで、妹のことを大事に想っている。そのためか、過保護過ぎてかむらは少し苦手意識を持っている。仕事はできるのだが、ことある毎にかむらの心配。
家族として心配してくれていることは、かむら自身も痛いほど理解しているが、それでも距離を取ってしまう。
「自分ではどうにもできない問題が起こってしまいました。勝負は、明後日なのですが」
《へえ。かむらちゃんが、そんなに悩む問題が。で? 相手はどんな奴なんだい?》
「相手は、男。勝負をする条件として……その、スカートを込みとした可愛い服を着なければならなくて」
《それって、デートってことかな?》
「違います。勝負です。一対一の」
零にもかむらにもそんな意思はない。
その後、どんな勝負をするのかと、霧一に内容を簡単にだが話す。
「というわけです。断じて、デートなどという浮わついたものではありません」
《……まあ、かむらちゃんがそう思っているなら。それでいっか。それで、服のことだけど。肌を露出するのがいやなんだよね?》
「はい。ですが、スカートを履くと、どうしても……しかも、ロングスカートも無しだというのです」
完全に、かむらを弱体化させるための条件だ。
普段着なれていないものを着させることで、動きを制限させるという魂胆なのは、見え見えだ。
かむらの悩みを聞いた霧一は、そうだねぇっと数秒ほど置き、再び口を開く。
《だったら、方法ひとつだね》
「その方法とは?」
ごくりと、喉を鳴らしその方法を聞くかむら。
《ーーーというものを穿けば、肌の露出はなくなるよ》
「なるほど。そのようなものが……」
まだ恥ずかしさはあるが、霧一の提案したものを穿けば肌の露出はなくなる。
後は。
《これなら、着るもの多少は楽に決まるんじゃないかな? どう? 役に立てたかな》
「……ありがとう、お兄ちゃん」
《お兄ちゃんいただきましたー!! ねねね!! もう一度言ってくれないかな? はい!!!》
妹のデレに歓喜する霧一。
その声に、ハッと我に帰り、かむらは気を引き締めた。
「ふざけないでください。では、これで」
《あ、ちょっ》
これ以上は暴走しかねない。そう思ったかむらは、通話を切る。
「よし。明後日の勝負に向けて用意しなければ……!」
現在の時刻は、夜の二十時半を過ぎている。
常識に考えて、十三歳の少女が夜遅くに出歩くのはかなり目立つ。
しかも店で買い物をするのだ。
「……よし。買い物は明日だな」
明日買い物をすると決めたかむらは、再び雑誌を開いた。