第二十一話 一触即発?
昨日のことがあり、俺は周囲をより警戒するようになった。
当たり前だ。
個人そっくりに擬態できる相手を警戒しないわけがない。
キュアレもそれがわかっているため、いつもゆるーく見送っていたのが、気を付けていってらっしゃいと心配そうに言葉をかけてきた。
「ん?」
いつもみやと合流する時点。
そこでは、みやが見知らぬ男と会話をしている光景を目の当たりにする。
刹那。
昨日のみやに擬態していた【欲魔】が言っていた言葉が脳裏をよぎる。
「想像しちゃうよねー。他の男達と幼馴染ちゃんがヤッちゃってる光景を」
そして、ふいに想像してしまう。
今、みやと話している男とはそういう関係なんじゃないかと。
……何を考えているんだ俺は。
くそ。いつもならこんなことはないんだが。
それだけ昨日のことが印象に残っているって証拠か。その不安を振り払うように俺は能力で二人を見る。
その結果。
二人には、そのような関係がないことを確認。
その瞬間から、先ほどまでの嫌な想像がなくなっていく。
「ありがとうございました。では、寄らせてもらいますね」
「はいはーい。お待ちしてまーす」
会話を終えたようで、男がみやから離れていく。
俺は、深呼吸をしてからみやに近づいていった。
「おはようみや」
いつも通りの俺を。
「おっはー」
「さっきの人は?」
とはいえ、一応気になるので問いかけてみる。さっきの去り際の言葉からして、想像できるのは。
「なんだか、うちのことを友達から聞いたらしくてね。わざわざ遠くから来てくれたみたいなのだよ。で、道を聞いたのは目的地である喫茶店の看板娘ちゃんだって知って驚いた彼に、即宣伝! おすすめのメニューはこれですじゃ! とな」
「そうだったのか。お前のところもどんどん有名になっていくな」
俺の予想通りだった。
「いやー、うちとしては地方でゆるーくやっていくつもりだったんだけどねー。ところで」
一緒に歩きながら会話をしていると、みやが俺のことをじっと見詰めてくる。
「なにかあったかね?」
そして、相変わらずの鋭い勘で察したのか。
俺に何かあったのではないかと聞いてくる。
これでも、相手に察せられないようにはなっていると思っていたんだが。
「別になにもないぞ。どうして、そう思ったんだ?」
とはいえ、俺は何もなかったかのように振る舞う。
さすがに言えるはずがない。
みやの偽物が現れて、そいつが俺のことを襲っただなんて。
「……だって」
あれ? なんか雰囲気が。
まさか。
「幼馴染として当たり前だもん。ちょっとした変化も見逃さない」
やっぱり表みやに切り替わってる。
心配してくれているんだろうが、若干目が怖い。影あるっていうか、闇があるっていうか……。
「話したくないならいいよ。零くんのことだから、他の人に心配をかけまいと思ってるんだよね?」
「……」
「でもね、どうしようもない時は話してね? 私絶対零くんのこと護ってみせるから。ふふふ……」
嬉しい、んだけど。
最後の不気味な笑いは余計、かなぁ……なんて。
「おい」
「え? ……誰?」
そろそろ康太とも集合するところで、見知らぬ少女が目の前に現れる。
現代でもかなり目立つであろう和服を身に付けた黒髪ポニーテールの少女。
紫色のメッシュが目を引くが、やはり俺も男か。いや、男でなくとも彼女の低身長からは想像できない大きな胸は自然と目がいく。
「君に聞きたいことがある」
すごく急だ。
道を聞きたい、って感じじゃない。なんていうか、普通じゃないというのはよくわかる。
……なるほど、そういうことか。
能力で、少女を見たところ俺の知人と共通する項目を発見した。
「なんだ?」
少女……剣咲かむらは、まるで俺を危険人物でも見るかのような目付きで睨みながら問いかけようとする。
「ねえ」
だが、そんな彼女の言葉を表みやが遮った。
なんだ、この感覚は。
これは、あの時……そう、表みやが俺のことを襲った時の雰囲気に似ているような。
「あなた、もしかして零くんのこと狙ってる?」
いや、狙ってるってなんだ。
どっちの意味で言っているんだ。
「……それはどういう意味だ?」
相手もさすがにどっちの意味なのか気になるようだ。
「聞いてるのはこっちなんだけどなぁ。そうだね……じゃあはっきり言うけど」
表みやは、俺を庇うように前に立つ。
「零くんにひどいことをするつもりなら……許さない」
「なっ!?」
何かを感じとったのだろう。かむらは、まるで音にびっくりした猫のように後方へと飛び退ける。
俺は、お前も結構俺にひどいことをしていただろうと突っ込みたいところだが、もうそれは全て受け入れたので、内に秘めておこう。
それよりも、今は表みやの変化だ。
普通に考えれば、俺のことを凄く心配して、突然出てきた怪しい人物から護ろうとしている、という風に見えるだろうが。
「なんだ? 男の取り合いか?」
「こんな朝っぱらから? てか、黒髪の子いつの時代の子だよ」
しかし、男を取り合っている女達の図という風にも見えるらしく。登校途中の学生や通勤途中の社会人達が、こちらに視線を送ってくる。
「君は、何者だ?」
なにやら表みやのことをかなり警戒しているようだ。
「零くんの幼馴染だよ。あなたこそ何なの? 突然現れて」
なんだろう。
俺は、この場合どう行動すれば良いんだ? なんだか足を止めてこっちを見てくる人達も増えてきてるし。
やはり、彼女の格好が目立つからか?
「……ふう。今日のところは引き下がろう」
「あれー? 零くんに聞きたいことがあったんじゃないの?」
かむらは、一度俺のことを睨み、路地へと姿を消す。
かむらが姿を消すと、集まりつつあった野次馬も自然と散り散りになり、いつも見ている早朝の光景になった。
まあ、違うところはひとつ残ってるが。
「み、みや?」
「大丈夫だよ。次、あいつが来た時は」
それだけを言ってにっこりと笑みを浮かべる。それ以上は何も言わず、裏みやへと切り替わった。
「くー! なかなか不思議な空気のある子でしたなぁ!」
「そ、そうだな」
何をするつもりなのかは、あまり想像したくないが。
相手は、忍者だからなぁ。
どうにかできるとは思えない。だけど、そんな忍者がみやを怖がっていた。
俺も能力を得てから、普通じゃない気配に敏感になってきた方だが……さっきのは嫌な感じはしなかった気がする。
それにしても、さっきの子。
ここねのように俺に感づかれないように調べるんじゃなくて、あんなにも直球でくるとは。
忍者として、それでいいのかと思うが……それだけ俺は危険視されているってこと、なんだろうな。
はあ。
俺の日常がどんどんあらぬ方向に。
あの様子だと、また来るだろうし。
……俺の方から接触するってのもありか?