第三十四話 二人はひとつ
「みやちゃんって、いつも零くんにべったりだよね」
「うん。まるでコアラさんみたい」
ある日をきっかけにみやは、零にべったりとくっつくようになった。
それからだろうか。いつも不気味だと思われていたみやの認識が変わってきていた。
零にいつもべったりとくっつき、ちょこちょこと後を追う姿が愛らしいと。
まだ不気味さは抜けていないが、それでも大きな進展だろう。
少しずつだが、みやの周りに人が集まるようになり、いじめもなくなり始めていた。
「みやは、零くんのことがよほど好きなのねぇ」
「好き? ……好きってなに? お母さん」
母親であるみなやが、最近仲の良い二人を見て嬉しそうに言い放った言葉。
それが、みやに更なる変化を起こす。
「そうねぇ。みやにはまだ早いかもだけど、いずれわかる時がくると思うわ。好きの意味が」
「好き……好き……」
それからみやは「好き」の意味を考えた。
零の側で、零を見て、考えて考えて考えた。
しかし、まったくと言って「好き」がわからなかった。
「こ、こらここは外だぞ」
「えー? いいじゃん。あたしのこと好きじゃないの?」
「好きだけど……たく、しょうがないなぁ、君は」
そんなある日のこと。
みなやと買い物に行った帰り道。
若い男女が、人目も気にせず抱き合っていた。そして、そのまま唇と唇を合わせた。
「好き……」
これが「好き」という意味なんだとみやは思い込み、実践しようとする。
「……」
隣でぐっすりと眠っている零の唇をじっと見詰めた後、馬乗りになりゆっくりと顔を近づけ。
「んっ」
唇を重ねた。
「これが好き……好き……」
キスが終わったみやは、しばらく感傷に浸る。
そして、今まで感じたことのないなにかが沸き上がってくる。
「これが、好きっ」
弾んだ声音。
表情筋は緩み、気分が高揚する。
「零くん……好きっ」
しかし、すぐ糸が切れた人形のようにぱたりと倒れてしまった。
「ーーーいやはや、懐かしいですなぁ」
「そうだね」
なにもない真っ白な空間で、自分達の始まりを見ていた二人は、小さく笑みを浮かべる。
同じ姿、同じ声。
同じみやだが、性格だけは違う。
「あの時はびっくりしましたなぁ。まさか人格が二つに別れちゃうなんて」
「正確には、元々二つの人格があった、だけどね」
元々、みやには二つの人格があった。
それが、感情という鍵によって解放されたのだ。
「でもさ、なんで普段を私に譲ったのさ?」
「……だって、キスしたばかりで恥ずかしかったんだもん」
「乙女か!」
生まれて始めて感情というものが生まれたことにより、キスをしたことを恥ずかしがっていた表のみやだったが、それが愛情だということを自覚した瞬間から恥ずかしさなど消えた。
それどころか、我慢すればするほどキスをする時の興奮度が高まることを知った。
「あなたは、どうなの?」
「どうとは?」
「零くんのこと好きじゃないの?」
「好きだよー、めっちゃ好き。私だって、同じみやだからねー」
性格が違う自分。
同じみやなはずなのに、なにもかもが違う。彼女が好きだという意味も違うと感じてしまう。
「大丈夫じゃよ、みや。私達が知っている零だったら、二人とも受け入れてくれるって。それとも私は消えた方がいいですかな?」
「ううん。そんなことない。あなただって……みやなんだから」
「うむ! ですな! あっ、でも今後は零が引くような行動は控えるのだぞ? 嫌われたくなければ」
「わかってる。でも……どうしても我慢できなかった時は……うへへ……」
「まったくしょうがない私ですこと」
・・・・
「……ふむ」
目が覚めたみやは、むくりと身を起こし、まだ眠っている零を見詰める。
本来ならば、表のみやが唇を奪うなどの行為をするところだが、表のみやは大人しく眠っている。
「んー!! 今後は、零が襲われることはまあ、ないかな?」
零のことが好きだという気持ちは、同じみやだったからこそわかっていた。
だめなことだとわかっていたが、止めることはできなかった。
「……」
裏のみやは、零との楽しい日々が大好きだった。
楽しく過ごせれば、それだけでよかった。
「好き、かぁ」
表のみやに聞かれた時は、はぐらかすように言ったが、本当の気持ちはどうなのだろう。
自分の中にある「好き」は……。
「よいしょっと」
その意味を確かめるために、零の左手を自分の頭に乗せた。
「えへへへ」
とても心地良い。
その心地よさを、十分に味わう裏のみや。
「うん。考えるのやーめた」
すでにわかっていたことだ、と頭から手を離す。
そして、満面の笑みを浮かべながら。
「うぇーい!! 朝だぞー!! おっきろー!!」
「ぐおっ!?」
無防備な零の上に飛び乗った。
「み、みや?」
「はいな! 君の幼馴染みやですぞ! いやぁ、泊めてくれてありがとうね! お礼に、わしが朝食を作ってしんぜよう!!」
「お、おう。サンキュー」
これからも、零と楽しい日々を過ごす。
そこに自分の「好き」があるのだから。