第三十三話 愛情は重し
「お前、やっぱり昔のみや、なのか?」
「そうだよ、零くん。私は、昔のみや。最初に出会ったみや……でも、あの時とは違うよ。ちゃんと感情があるの」
確かに、感情がある。
あの時のみやを知っている俺だからこそ、その違いがよくわかる。
目には光が宿り、表情筋も緩んでおり、声も艶っぽい。
これがあの時のみや……。
「じゃあ、普段の不思議キャラは」
「あれもみやだよ。正確には、裏の私。私とは違う感情を持つ私……」
「どういう、ことだ?」
人格によって持っている感情が違うっていうことなのか?
「元の私には、何の感情もなかった……けど、零くんのおかげで唯一の感情が芽生えたの。それは」
ぐいっと顔を近づけ。
「愛」
「んぐっ!?」
俺の唇を無理矢理奪う。
「んー!? んんー!!」
『きゃー! 奪われちゃったー!!』
俺がみやに唇を奪われている中で、俺にしか見えないことを良いことに近くできゃーきゃー騒ぐ恋愛の神。
「お、おい!」
「うへへ、もっと……もっと!」
舌まで入れてきたので、無理矢理引き剥がすも、スイッチが入ったかのようにまた俺の唇を奪いにくる。
「だから!」
「避けちゃだめよ、零くん。もっとチューしよ? ね? チュー」
だめだ、完全に暴走状態だ。
さっきよりも顔がだらしない。口からみやのか俺のかわからない涎をだらだらと垂らしながら、下半身を変にもぞもぞ動かし始める。
「ちょ、お前まさか!」
「ずっと……ずっと我慢してたけど、もういいよね? いいよね? だって、もういっぱいキスしちゃってるもんね」
それはお前が寝込みを襲って勝手に奪ったんだろ!
って、突っ込んでる場合じゃない。
目が闇に慣れてきたのもあるが、玄関のドアを開けっぱなしにしているせいで街灯の光が……。
「ひとーつ、ふたーつ」
数を数えながらパジャマのボタンを上から外し始めるみや。
『ひゃー! も、もうやっちゃうの? え? え?』
くっ、キュアレに助けを求めたいところだが、ここは俺が何とかしないと意味がない。
こうなるまで放置していた俺が……!
「みーっつ」
「ま、待てみや!」
すでに素肌が露になっており、後ひとつで完全には肌蹴る。
「あのな。こういうことはダメだ。いいか? お前がやっていることは、強姦。つまり犯罪なんだ。わかるな?」
「……」
ちゃんと聞いているのだろうか? ええい、だがこのまま押し通す!
「俺はお前に犯罪者になってほしくない。だから……やめてくれ」
真剣に、真摯に、みやのことを思って言葉を発した。
それを聞いていたみやは、しばらくぼーっと俺のことを見詰め続け。
「うん、わかった」
結構あっさりわかってくれたようで、ボタンから手を離す。
『ありゃ? 結構あっさり』
俺もここまであっさりわかってくれたことに驚いている。もう少し抵抗するかと思って、次の言葉を用意していたのだが。
「本当にわかってくれた、のか?」
「うん」
まるで、子供のよう頷く。
「……とりあえず、退いてくれるか?」
「わかった」
さっきまでの俺を犯さん勢いはどこにいったのか。
従順に、俺の言葉を聞いている。
若干の不信感を持ちながらも、俺はまず玄関のドアを閉める。
「奥に行こう」
「うん」
玄関先だとあれなので、俺は奥へと連れていく。
そして、布団の上に座らせ、電気を点ける。
うっ……暗闇に目が慣れていたせいか、眩しいな。
「……色々言いたいことはあるんだが、まずは」
電気を点けたことで、より鮮明に露出している肌が気になってしまった。
「前を隠してくれ」
「わかった」
前が隠れたところで、本題だ。
今、俺の目の前に居るのは昔のみや。つまり、最初に会った感情のない頃のみや。
だが、本人も言っていたように今でも感情がある。
あの頃の人形かのような雰囲気はない。
「それで、お前があの頃のみやってことは、普段の不思議キャラは」
「今は寝てる。さっきも言ったけど、あの私は、私にない感情を持ったみや。そして、私が持っている感情は愛。零くんに対する愛を持ったみやなんだよ」
つまり、普段表に出ているのは喜怒哀楽などのよくある感情を持ったみやで。
今、目の前に居るのは愛という感情しかないみやってことか?
人格によって持っている感情が違うにしろ、愛しかないって。
「このことを、裏? のみやは」
「知ってる」
てことは、自分が二重人格だって知りつつも、生活をしていたわけか。能力がなければ知り得なかった……本当、女優になれるよ。
それとも、俺が鈍感なだけなのか?
「なんで、その……夜這いなんてしたんだ?」
「本当は悪いことだって自覚してた。何度もやめようって……でも」
「でも?」
とろんっとした表情で、笑みを浮かべる。
「癖に、なっちゃって」
「は?」
「無防備な零くんの寝顔を眺めたり、添い寝したり、キスしたり、あっ、爪も切った。ちなみに切った爪がちゃんと大事に仕舞ってるよ?」
『わーお、これはこれは』
また枷が外れたかのように喋り出すみやに、キュアレもだが俺も唖然としていた。
まさか、あの時の爪を大事に仕舞っているとは。
「いけないいけないって思うほど……我慢すればするほど……想いがどんどん膨らんでいっちゃって」
『それで、今回は零の童貞を奪おうと』
「けど、俺は知ってしまった。もうこんなことはやめろ。いいな?」
「うん、零くんが言うならやめる」
ここまであっさりだと、不信感を抱いてしまう。
愛、か。
「ねえ、零くん」
「ん? どうした」
「私のこと嫌いになった?」
まあ当然気になるよな。みや自身も犯罪だとわかっていて続けていたんだから。
それを俺が知ったことで、嫌いになるんじゃないかって。
「……ならないから安心しろ」
「ほんと?」
「ああ。夜這いされていたことを知った時は、かなり驚いたけど。相手がお前だったからかな。嫌な気分にはならなかった」
これは本当だ。
というか、それよりもあれだけやられてて一切起きようとしない俺自身がやばいって思ってたからな……。
「よし。これで解決。終わりにしよう」
「零くんは、本当に優しいね」
「そうか?」
「うん。普通なら、気持ち悪がるよ」
『お人好しだよねー』
『うるさい』
これでみやに関しては解決、したのか? もう夜這いされることはない、よな? 後は、眠っているあっちのみやがどう対応してくるか。
「みや、今日はもう遅い。ここに泊まっていけ。明日はちょうど休みだからな。自宅には、後で連絡するってことで」
「いいの?」
「ああ。今、布団を出すから待ってろ」
『え? あ、あの……それじゃあ、私の布団は』
『床で』
『くそー! 全然優しくなんかない!! 鬼だー! 悪魔だー!!』
普段から床にころころしているくせに。
『そもそも今のお前には必要ないだろ?』
『あ、そうだった。今の私、寝なくてもいい体だった』
そう、今のキュアレは所謂幽霊のようなもの。
食事もしなくていいし、寝なくてもいいのだ。普段からそうしていればいいのに、人間の生活に慣れてしまったせいか。こういう緊急事態以外は肉体を持ったままなのだ。
さっきの様子から、完全に忘れていたようだ。
まったく困った神様だ……。