第二十九話 闇の中の会話
予定通り、俺は出暮家に泊まることになった。
今回の作戦は、当然宗英さんやみなやさんも知っている。
前準備は済んだ。
後は、この闇の中でみや? が来るのを待つだけ。
『あー、あー、聞こえるか? 零』
眠っているように見えるように薄目のまま待機していると、脳内に父さんの声が響いてきた。
『ああ、聞こえてるよ』
『おぉ、これは便利だな』
『ねえ? 電話いらずでいいわよね』
現在、父さんと母さんは俺が住んでいるアパートの一室に居る。
ただ待っているだけだとすぐ眠ってしまう可能性があるため、俺の会話相手になってくれるようだ。
普通に携帯電話でするとばれる恐れがあるので、念話が一番。
『でも、これは私を通してできているだけで、私がいないと念話はできないんだよね』
『それは残念ね』
『これで、いつでも息子と会話ができると思ったんだが』
俺が会話に参加しなくとも、こうして父さん達の会話を聞くことで退屈しのぎができる。
『……眠い』
現在の時刻は、十二時半を過ぎている。
その加え、部屋も真っ暗で、ふかふかの布団の中。
一日中外で遊びに遊んだため、疲労も蓄積している。まだ作戦は始まったばかりだが、正直に言って眠い。
『気合いだ、零! これもみやちゃんのため! もしみやちゃんの中に居る人格が悪い奴だったらどうするんだ!?』
『どうするもこうするも、今の俺には会話するしかできないぞ』
現実離れした能力はあるが、それは戦闘向けじゃない。
それなりに喧嘩はできるだろうけど、相手がみやだからな……悪い奴だったとしてもやりづらいっていうか。
そもそも悪い奴って、ふわっとし過ぎだろ。
『キュアレちゃんのように神様が普通に居るように、悪魔とかそういう類いの生物が居るかもしれないわ。なにせ、この世界は二次元なんだから!』
悪魔、ねぇ。確かに、今までだったらそういう類いのものは、作品の中の存在だった。
だが、今となってはこの世界自体が二次元であり、神様だって普通に存在する。母さんの言っていることは可能性としてあり得るまできている。
もしかしたら、みやの中に居るであろうもうひとつの人格は。
『キュアレ。そういう情報はなにかないのか?』
『どうだろうねぇ。主神様だったら、知っているかもしれないけど。教えてくれるかな?』
もし、相手が悪魔とかだったら、俺にどうにかできるレベルじゃない。頼むから、あんまり厄介な存在じゃないように……。
それから一時間。
待てども待てども、みやが来る気配が全くないまま時間だけが過ぎていく。さすがに、俺の目蓋も段々重くなってきていて、危ない。
『まだ来ないのか?』
『もしかしたら、今日は来ないのかもしれないね。まだインターバル中なんじゃなかろうか?』
それとも感づかれたか?
午後には、あの矢印も消え、お休みを言って分かれた時も矢印はなかった。
感づかれて、今日は様子見をしているのかもしれない。
『もうちょっとよ。もうちょっとだけ頑張るの! 零、ファイトよ!!』
そうは言うがな、母さん。
電気が点いていて、なにかをしているのならまだしも。こんな暗闇の中で、なにもせず薄く開けているとはいえ目を瞑っている。
疲労の蓄積具合も中々効いていて……ま、まずい。
『くっ! こうなったら眠気が吹っ飛ぶぐらいの俺の歌を!!』
気持ちは嬉しいけど、ただうるさいだけ……。
『ふいー、お茶おいしい』
『おいこら』
俺だって、眠気覚ましのコーヒーとか飲みたいっていうのに。
あ、やば……意識が……。
『零? 零! 寝ちゃだめよ!! 零ー!!』
なんとかそこから三十分ほど堪えたが、眠気には勝てず、そのまま闇へと沈んでいった。
・・・・
「……やっちまった」
目が覚め、部屋にある時計を確認すると、すでに朝の七時を過ぎていた。
そのまま起き上がり、洗面所へと移動。
鏡を使い、能力で自分のことを見る。
「増えてはいない、か」
既存のものの回数は増えておらず、知らない行為の名称も増えていない。
つまり、あの後にみやは来なかったという証拠だ。
『キュアレ、起きてるか』
念話で呼び掛けるが、返事がない。
まだ寝ているのだろう。
父さんや母さんにも呼び掛けるが、反応がない。俺が寝てしまったことで三人も寝てしまったんだろうな。
「やあ、おはー」
とりあえずすっきりするために顔を洗おうとした刹那。
みやが、背後から元気な挨拶をしてきた。
「ああ、おはよう」
「なんだか眠そうですな」
「ちょっと考え事をしていて、寝るのが遅くなったんだよ」
本当は、お前が来るのを待っていたんだが。
「悩み事があるのならば、相談になるぜ?」
話してみろとばかりに顔を覗いてくる。
話せるわけがない。
悩んでいるのは、お前のことだなんて。
「大丈夫だ。そんな大したことじゃないからな」
なので軽く答え、冷水で顔をパシャッと洗う。
「ほい、タオル」
「サンキュー」
その後、みやと共にリビングへ向かい、宗英さんとみなやさんの二人を加え、朝食を食べる。
「二人とも。昨日は楽しかったかい?」
「楽しかったともさ! 零と二人っきりで遊ぶのは久しぶりだったからテンション上がりまくりだったよ!」
「よかったわね、みや」
食後のホットコーヒーを飲みつつ、俺はみやのことを能力で見た。
……変わりはない。
矢印も出ていない。
(やっぱり、しばらくのインターバルってところか)
ゴールデンウィークも今日が最後。
夕方には父さんと母さんは帰ってしまう。息子としては、帰る前に親と一緒になにかをしたいところだが。
「ねえ、零」
「なんだ?」
「刹奈さん達って今日帰るんだよね?」
「ああ。夕方にな。その時、見送りに行くつもりだ」
「ならば、帰る前にこの三年間で進化したうちの料理を食べていってもらいたいのじゃが!」
どや! と詰め寄ってくるみや。
「え?」
「ん? どった?」
出ている。
さっきまで何もなかったのに、今はキス(唇)の横に矢印が。
「い、いや……とりあえず、さっきのことはこっちから言っておく。二人もここの料理は帰る前に食べたいだろうからな」
「だってさ、お父さん! 久しぶりにお父さんの力を見せる時!」
いや、宗英さんの料理はちょっと。
「仕方ないな……二人のために腕を振るおうかな!」
「頑張ってくださいね、宗英さん」
みなやさんもそこは止めてくれないと。