第二話 地獄の始まり
俺の住んでいるアパートの部屋に突如として現れた神を名乗る謎の美女。
そいつから、現実にはありえないことばかりを聞かされた。
そして、能力を与えるとも。
結果から言えば……俺は能力を手にいれた。
現在、俺の視界には、様々な情報が表示されている。
「……」
いつもの登校。
その中で、すれちがう人々の顔。その横に、名前、年齢、そして……行為の名称と回数が見える。
例えば、先ほど通りすぎた三十代ぐらいの女性。
スーツ姿で、黒く長い髪の毛を一本にまとめており、雰囲気からいかにもやり手の社会人と言った彼女だが。
やることはちゃんとやっているらしい。
キス(頬)三十五回。
手繋ぎ五十五回。
抱擁(前)四十六回。
行為と言っても色々ある。
俺は能力を与えられる前は、ここまで正確な情報が表示されるとは思ってもいなかった。
ちなみに、彼女の年齢は三十代ぐらいと言ったが、正確には三十一歳。そして、結婚しているかどうかもわかってしまう。その場合は、名前の右横に指輪のようなマークが表示されるようになっている。
(それにしても、キスとか抱擁とか結構な回数やっているのに。性行為は一回もやっていないんだな)
ここから考えられるのは、彼女は仕事に熱心な人で、かつまだ性行為に対しては積極的ではないということだ。
まあ、これは俺の予想なのであたっているかどうか。
『いやいや、ありえるかもよ? 君の予想は』
突如として、脳裏に響く声。
この声は、俺にこの能力を与えた女性。
彼女は、本当に神だったらしくこうして脳裏に直接声を送ることができるらしい。
で、彼女は俺の部屋でくつろいでいる。
『勝手な決めつけはよくないだろ』
俺が予想したことだけどさ。
『あ、そうだ。帰りにプリン買ってきてー』
『プリンなら、冷蔵庫に入ってただろ。三個入りのやつ』
『全部食べちゃったー』
この……三個全部か?
まさか、こんなことになるなんてな。やっぱり、選択肢間違ったか。
・・・・・
「主神様は、私にこう言ったの。この能力を、この世界の主人公にテスターとして与えて、どれほどの効果が出るか一緒になって見極めろって」
「さっきも言っていたけど、俺が主人公ってどういうことなんだ?」
とりあえず、俺は彼女の目の前に座り込み、冷蔵庫にあった麦茶を飲みながら話を聞いている。
ちなみに、彼女の名前はキュアレと言うらしい。
「そのままの意味だよ。君は、この世界の主人公なのさ! 明日部零くん!」
ずびし! とウィンクをしながら、俺に右の人差し指を突き付けてくる。
「あ、ちなみにこの世界は主神にとっては第二の地球だから」
そんな真実をあっけらかんと言うとは。
「てことは、地球は二つあるってことか?」
「そうそう。この世界は、アニメっぽい地球ってところかな?」
「あ、アニメっぽい?」
また訳のわからないことを。
「アニメとかの登場人物達って、髪の毛の色が明らかに変だったり、そんなことある? とかってことあるじゃん」
「いや別に」
「うーん、じゃあこうしよう」
にやりと笑みを浮かべるとキュアレは自分のスマホを操作し、俺にずいっと画面を見せる。
どうやら家族の画像のようだ。
父親、母親、子供の三人。
「よーく見てね」
「おう」
「……よし。じゃあ次の画像です」
十数秒ほど画面に表示されていた画像を見た後、次の画像にスライドする。
また父親、母親、子供の三人の画像だ。
「はい。では、間違い探しです」
そう言って、スマホを下げて、先ほどの画像の写真を並べる。
写真があるなら、最初からそっちにすれば。
まあいいか。
「……最初の家族はなんかこう、顔が濃い? いや線が太い……か?」
一枚目の写真の家族は、目は細く、唇も赤い。別に口紅をつけているわけじゃないだろうし。
二枚目の写真の家族は、俺が見慣れた感じ。
「うむ。まあそういう表現もありだね。ちなみに、こっちの家族は三次元の住民ね」
説明しながら、キュアレは最初に見せた画像の写真を指さす。
そして、そのまま隣の写真へと指を移動させる。
「そして、こっちが二次元。つまり零が住んでいる世界の家族。どう? 違いがわかった? ちなみに三次元の住民は基本黒髪と茶髪。外人だと金髪とか」
さらに違いをわからせるために何枚か三次元と二次元の写真を交互に出してくる。
……なるほど。こうして比べると違いがよくわかる。
「つまり、第一の地球が三次元で。第二の地球が二次元ってことか?」
「その通り」
「それは、まあ理解したとして。なんで俺は主人公なんだ?」
「だって、アニメでも、漫画でも、主人公は必ず居るでしょ?」
「そりゃあ、まあそうだけど」
そう言われても、なんだか実感湧かない。
俺は、俺の思う通り今まで過ごしてきた。いきなり主人公だとか言われても。
「あ、ちなみにテスターを引き受けてくれたら、ちゃんと報酬が出るよ」
「報酬?」
「それはなんと!」
「なんと?」
「私でーす!!!」
と、俺に抱きついてくるキュアレ。
「いらない」
「なんで!?」
「いや、だって明らかにトラブルがバンバン舞い込んできそうだし」
「私は疫病神じゃないよ! お願いだから受け取って! じゃないと、私帰れないの!!」
「そう言われてもなぁ……」
まるで、悲劇のヒロインかのように涙を流しながら訴えてくる。
俺も、困っている者は助けたいが。
明らかに、地獄を見るような能力を与えるって言われても。
・・・・
とまあ、そんなことがあったのだが、結局俺は能力を手に入れた。
彼女を可哀想に思ったのもあるが、男として能力っていうのに憧れがあったのもある。
与えられたものは、地獄を見そうなものだけど。
それに、どうやら現時点でこの能力は俺しか受け取れないようだ。
更に言えば、俺のように性にあまり興味のなさそうな者が好ましいとか。
確かに、こんな能力を悪人が持っていれば、脅し放題だろう。
それこそ、エロ漫画みたいな展開になり放題だ。
「おはようございます!」
横断歩道で、信号が変わるのを待っていると女の子から声をかけられた。
その子には、見覚えがある。
いつも登校中に、元気な挨拶をしてくる小学生だ。
「ああ、おは……よう」
「どうかしましたか?」
「あ、いや」
なぜ、俺が一瞬、言葉が切れたのか。
その理由は、明白だろう。
(最近の小学生は、大人だなぁ)
見てしまった。
俺に挨拶をしてきた黒髪ツインテールの女の子が、キス(唇)を十回もやっているのを。
そして、名前の横にハートマークがあった。このマークは、恋人が居るという証拠なのだ。つまり、彼女はすでに彼氏が居て、唇でのキスを十回もやっていることになる。
「よう! 何惚けてるんだ?」
そんな大人な小学生と別れ、少し立ち尽くしていると、肩を組んできた男が。
茶色のツンツン頭と八重歯が印象的な親友。
名前を、前崎康太。二次元の女しか好かん!! とか言ってるオタク。
「いや、実はな」
と、康太のことを見た。
S一回。
「えぇ……」
この表示に思わず声を漏らしてしまった。
S。
これはいったい何を意味してるのか。
決まってる。
こいつは、俺の知らない間に……童貞を卒業していたようだ。
「ん? どうかしたかよ。そうだ! 昨日観たアニメなんだけどさ。いやぁ、ヒロインのお色気シーンの作画がめちゃくちゃ気合い入っててさ!!」
いつものように、アニメの話をしてくるのだが、俺はそれどころではなかった。
色々とあれなところはなるべくオブラートに表現しようかと思っています。