第二十三話 予兆
「……あれ? ここは」
目が覚めると、いつもの天井とは違う天井が映った。
まだ若干の気だるさの中、身を起こし周囲を見渡す。
左隣には康太がだらしなく涎を垂らして寝ており、右隣には白峰先輩が静かに寝息を掻いていた。
そこで、俺は思い出す。
そういえば、五人でカラオケに行った後に、ゴールデンウィークなんだしお泊まりでもしようぜって話になって……。
「そうだ。みやの家で、二次会をして、そのまま」
そう。そのままみやの家で一夜を過ごしたんだ。
男は客室で。女は、みやの自室で。
「あー、なんだろうな。気だるい……」
昨日は、かなりのテンションで遊び尽くしたけど……ここまで気だるさが残るのか?
いや、久しぶりに自分を解放したから、か?
「そうだ。爪切るの忘れてた。家に帰ったら爪を……爪、を」
爪を切るのを忘れていたことを思い出し、確認したところ。
「短い」
結構伸びていたと思っていた爪が、綺麗に整えられていた。
それも両手。
おかしい。切った覚えがない。
「おはよー、皆さん朝ですぞー」
そんな時だった。みやが、エプロン姿で客室に入ってきた。
「……増えてる」
「え? なにが?」
なんでだろう。
どうして、俺はみやに能力を使ったのか。
……いや、直感的に、みやを確認しなくちゃならないと思ったからだ。
そして、その結果。
「い、いやなんでもない。ちょっと顔を洗ってくる」
「はいなー」
俺は、洗面台へと向かう。
そこにある鏡で自分を見るためだ。能力で自分のことを確かめるには、鏡などで自分を見る必要がある。
あんまり自分のことを見る必要などないのだが、今回に限っては違う。
「……増えてる」
自分のことを確かめると、みやと同じくキスの回数が増えていた。
まず増えることはないだろうと思っていたのに。
てことは、俺……みやにまた夜這いされた? いやいや、近くには康太や白峰先輩だって居たんだぞ。
ばれる恐れが高い中で、やるなんて普通じゃ。
それに、もうひとつ気になることが。
『れ、零ぃ』
ん? なんだこんな時に。
『なんだよ、今は』
『お、お助け』
『は?』
助けてほしいのはこっちの方なんだが。
けど、いつものキュアレとなにかが違うような。
「パイセーン、おっはーですぅ」
どうしたものかと悩んでいると、髪の毛を下ろしたあおねが眠たそうに欠伸をしながらやってきた。
身に付けている猫耳フードつきパジャマ。
わざわざ自宅からいつも着ているものを持ってきたようだ。
『は、早くー!』
いつも見たいにふざけているのかと思ったが、やっぱりいつもと違って本気で助けを求めているように聞こえる。
「……あおね。悪いが、先に帰らなくちゃならない用事を思い出した」
「ふあーい、みや先輩にはちゃんと言っておきますねー」
みやのことも気になるが、今はキュアレだ。
俺は、パパっと支度を済ませ、出暮家から出ていく。
あー、準備運動もしていないし、寝起きだからきつい。
『へ、ヘルプー!!』
『うるさい。今、必死にそっちへ向かってる。少し待て』
何度も、キュアレからの助けを求める声が脳内に響く中、俺は早朝の街を駆ける。
「到、着……」
流れる汗を拭いつつ、俺は自分の部屋のドアに手をかける。
「開いてる?」
ちゃんと鍵を閉めるように伝えておいたはず。
てことは、不法侵入者?
いや、学生が一人暮らしをしているようなところに侵入している奴なんて……いや、居たな。
現在進行形で助けを求めている神様が。
『は、早くー!!』
『わかってるって』
ともかく、今はキュアレがどうなっているかを確かめるのが先決だ。
「つーか、なにがどうなって、助けを求めてるか言えっての!」
意を決し、俺はドアを開け中に入る。
そして、そこで見たのは。
「おんどりゃあ! いい加減吐けやぁ! うちの可愛い息子とどんな関係なんだ、おおん?!」
「ひー!? だ、だから居候だって言ってるのにぃ!!」
キュアレが、胸ぐらを捕まれていた。
しかも、胸ぐらを掴んでいたのは。
「か、母さん?」
「零?」
俺の母さんだっった。
・・・・
「うへへへ……」
零がみやの家に泊まり一人のんびりとしていたキュアレ。
だらしない顔つきで、口から涎を垂らしている。
「ほへ?」
しかし、なにかを起こるかもという予感がキュアレの目を覚まさせた。
がちゃり。
「零?」
鍵が開く音に、キュアレは玄関へと視線を向ける。
「なになにー、もしかして私のために早く帰ってきてくれたのー」
まだ寝ぼけているのか、ふらふらと危ない足取りで玄関へと歩いていく。
「おかえ」
「あん?」
「え?」
零だと思っていたキュアレは、入ってきた赤髪ストレートヘアーの女性を見て一気に眠気が覚める。
「見知らぬ、女性……それもとびっきりの美人……零のジャージ……」
キュアレを観察するように見詰め、ぶつぶつと呟く。
「あ、あの……」
これはまずい。確実にまずい。
ずっと隠し通してきたのに、まさかの失態。しかも、目の前の女性にキュアレは見覚えがあった。
「少し、いいかしら」
「は、はい!!」
「あ、玄関先だとなんですから。さあ、奥の方で」
笑顔で、ほんわかした声音だが、滲み出る殺気にキュアレはびくびくと身を震わす。
「ゆっくり、お話ししましょうか?」