第十九話 不安
「……ふう」
白峰涼は、自室のベッドに横たわり息を漏らす。
その手には、朱羽あおねから渡された一枚の紙がある。
二人分の連絡先が記されており、一人はあおね。もう一人は、女装した時に助けてくれた明日部零だ。
どうして、零の分まで記されているのかは謎だが、その後に記されている一文。
「困ったことがあったら頼ってください、か……」
確かに、零はそんなことを言っていた。
しかし、連絡先を教えるような言動は一度もしていない。つまり、これはあおねの独断。
「楽しそうだったなぁ」
ごろりと、仰向けになり涼は呟く。
先日、零達のことが気になり、こっそりと後をつけていた。
零、あおね、康太と出会った時の三人に加え、出暮みやの四人でゲームセンターを満喫している光景は、涼にとっては羨ましいものだった。
男らしくない容姿と気弱な性格から、これまで友達が一人もできなかった。
涼自身、それでもいい。自分には家族が居るからと言い聞かせてはいたが、やはりあんな楽しそうな光景を目の当たりにすると、自分も……と思ってしまう。
「あの人達だったら受け入れてくれそう……だけど、それは僕じゃなくて」
思い浮かぶのは、女装した偽りの姿。
零達にとっては、涼ではなくリオだからこそあれだけ協力的で、優しかった。
涼の中では、助ける人物=リオとなっている。
「……」
涼の脳裏に思い浮かぶのは、女装をした男子だとばらした途端、豹変する零達の姿。
女装をしているだけでも普通じゃないのに、女装をしたまま出歩くような自分を受け入れてくれるはずがない。だったら、ずっとリオのまま。偽り続ければ仲良くしてくれるんじゃないか。
だが、それで……偽りの姿で仲良くなって、それは本当に仲がいいと断言できるのか?
「……それでも、あの時は楽しかった」
短いながらも、楽しい時間だった。
あの時間が壊れる可能性があるぐらいなら、偽ってでも。
涼は、ベッドから起き上がり、クローゼットを開ける。そこには、これまで着てきた可愛い洋服の数々が並んでいた。
「よし」
気合いを入れて、服に手を伸ばした。
今日も、偽りの姿……リオに変身するために。
・・・・
「いやぁ、月日が経つのは、あっという間でしたなー」
「そうだな。明日から五月だもんなぁ」
学校が終わり、俺は、みやと共に下校をしていた。
だが、真っ直ぐは帰らず、スーパーに向かっている。実は、出暮家からアイスクリームがなくなったから買ってきてくれと連絡が届いたのだ。
ついでに、夕飯の食材も買うようなので、荷物持ちとして俺は同行している。
ちなみに、康太はテストの成績があまりにも悪かったため、補習である。
「……」
「どったの? あ、ここだね。リオちゃんを助けたという場所は」
スーパーに向かう途中で、本屋で立ち止まる。
そこは、丁度リオこと白峰涼先輩を助けた場所だ。どうやら、今日は白峰先輩も、ナンパ男達もいない。
「まあ、そう何度もゲームみたいに出会うはずがないよな」
『あ、それフラグ』
「零。それはフラグですぞ」
そんな二人がかりで言わなくてもわかってる。だが、そう簡単にフラグが立つはずがない。
「あっ」
……いやいや、回収が早すぎるだろ。
聞き覚えのある声だが、ちょっと似てる他人のはずだ。
そう思いながら、振り返ると。
「こ、こんにちは」
「……ああ、こんにちは」
この前の青白な洋服ではなく、赤白な洋服を身に付けた白峰先輩が居た。配色は違うが、フリルが多いのは変わらない。
スカートはふんわりとしており、腰の部分は赤いリボンがついており、腰の細さが強調されている。え? マジで細くないか?
それと、頭につけてる赤いカチューシャも、前はつけてなかったな。
「おお、この子が噂のリオちゃん!」
「リオ。この前はいなかったが、こいつも俺の知り合いだ」
「初めまして。幼馴染をやっています、出暮みやです」
ご丁寧な紹介で。まるで、幼馴染が職業みたいに聞こえるが、その辺は察してくれる、か?
「は、初めまして。リオです。……出暮って、あの喫茶店をやってる?」
「おー! 知っているの!」
「はい。ぼ……この辺りだと色々と有名ですから」
なにかを言いかけたようだが、ぼ? まさか僕も行ったことがある、か。
だとするなら、白峰涼個人として行ったのか。それとも、家族と行ったのか……まあ、リオ。女装をして行ったっていうのはないだろう。もし行ったとしたら、みやが覚えているはずだからな。
「それで、今日は散歩か?」
「は、はい。えっと、零くん達と出会えるかなぁって……」
……狙ってやっているわけじゃないのだろうが、その容姿で、その言葉は勘違いをする。
しかも、気恥ずかしそうに微笑みながら。
康太が居たら、危なかっただろうな。
俺でさえ、一瞬やられそうになった。だが、こっちは女装男子だということを知っている。
『それに加え、君には耐性があるからね!』
『耐性言うな』
ともかくだ。あのみやでさえ、まるで攻撃を受けたように後ずっている。
白峰先輩は、前と同じくどうしたんだろう? と首をかしげている。俺は、一度咳払いをして、会話を続けた。
「嬉しいことを言ってくれるな。でも、悪い。康太は補習で、あおねは……まあ、いつの間にか出現すると思う」
「え?」
『まるで、エンカウント式の敵みたいな言い回しだね』
いや、あおねに限ってはいまだに行動がわからない。
まだ出会って数週間ということと、学校が違うということもあるが、それを抜きにしてもわからない。
所謂神出鬼没な美少女。
行動範囲が広く、なんでもできて、情報通。あおねには悪いが、本当に中学生なのか? と疑うほどに謎なのだ。
「そうだ、みや。お前、俺よりあおねと仲が良かったよな?」
と、リオから視線を外した刹那。
「あっ」
みやが、なにかを発見したかのように声を漏らす。
まさか!? とリオのほうへ再び視線をやるが。
「リオちゃーん!!!」
「わひゃっ!?」
予想通り、あおねが出現した。
無防備な白峰先輩の背後をとり、思いっきり抱きついた。これには、男とは思えないほどの悲鳴を上げてしまう白峰先輩。
「およ?」
そこで、あおねがなにかに気づいたかのように目を見開く。
まさか……。
「あああ、あおねちゃん?」
「こら、あおね。そういうのは心臓に悪いからやめておけ」
どう反応すればいいのかわからない白峰先輩を助けるべく、俺はあおねを引き剥がす。
「にゃーん」
さて、いいタイミング、というべきか。
「あおね。学校帰りか?」
「はいです! いつも通りふらふらーとしていたら、零先輩達を見かけましたので。無防備なちゃんりおに抱きついちゃいました!」
「ちゃ、ちゃんりお?」
まだ動揺しているのか、少しあおねから距離をとっている。
それに、もしかしたら。
「おっと、催促の連絡が」
っと、こっちも気になるが、今は買い物だな。
「あおね。俺達はこれからスーパーで買い物だ。悪いが、ここでお別れだ」
「はーい。それじゃ、あたしはリオちゃんとお茶をしてますねー」
正直、なにかに気づいたあおねと白峰先輩を一緒にするのは危険な気がするが……。
「あんまり迷惑かけるなよ?」
「ばいばい、あおちゃん! それとリオちゃん!」
「はーい」
予想が外れてくれと思いつつ、俺はみやと共にスーパーへと向かった。