第十七話 嬉しいこと
白峰涼は、周囲の男子と比べれば肌は白く童顔で、体が細い。
ただ細いだけの男子なら多く存在するが、その細さは少女のそれに近い。
それに加え、声も中性……いやかなり少女よりで、高い。
そのため中学の時には、全然声変わりがしていないことから、周囲から馬鹿にされていたこともある。
「おかえり涼ちゃん」
「ただいま、お母さん」
涼の家族は、父、母、姉、妹。
父親以外女なのだ。
それに加え、母、姉、妹は可愛い好き。男だが、普通の女の子よりも可愛い涼は、小さい頃から愛でられ続けた。
もちろん女装だってしていた。
さすがに、外でまで女装をさせることはなかったが、家に帰れば母から姉、妹へと次々に女物の服を着せられ、化粧までもする日々が続いた。
「あら? なんだか今日はいつもより疲れてるみたいだけど……嬉しそうね」
「ど、どうしてわかったの?」
「当たり前じゃない。私は、あなたの母親なのよ?」
今は、涼自身も高校生となり自分の意見をしっかり言えるようになったため、三人は大人しくなった。
しかし。
「その、今日……な、ナンパをされて」
「涼ちゃんは可愛いから。仕方ないわ」
「そんな真剣な顔で言わなくても」
「これは真実なの。それに、涼ちゃんだってなんだかんだで可愛いお洋服を着続けてるじゃない。しかも自分から」
そう。
昔から、女の物の服を着ていた影響で、癖になってしまっていた。
心では、自分も男らしくならないと! と思っているのだが、全てがうまくいかず、悩むことが多い。
そして、その悩みも女装をすれば不思議となくなってしまう。
そのうえ、自分から女装したまま外を出歩くという、気弱な性格からは想像できない大胆な行動を取っている。
これには、家族全員が驚いたが、同時に感激もした。
今までの涼は、自分からなにかをするということは極端にしない少年だった。
少し方向性は違うが、自分で考え、行動している。
成長したことに、家族全員が嬉しさで泣いた。
「こ、これはお母さん達のせいで」
「ええ、私たちのおかげね。それで、ナンパされて嬉しかったってことはないわよね?」
「も、もちろんだよ! 僕だって、男だから。男にナンパされても……」
靴を脱ぎ、照れながらリビングへ向かう涼。
その後を、母親である白峰凉佳が続く。
涼と同じ黒い髪の毛は腰まで長く、一本に纏め、それを肩から垂らしている。
ほんわかした癒し系の女性といった雰囲気で、いつも笑顔を絶やさず、周囲からは癒しの母と言われている。
「それで、本題はナンパされた後、かしら?」
白いソファーに並ぶように腰掛ける。
これも癖になっていることだが、涼は腰かける時につい内股になってしまう。
直そう直そうと思っているのだが、いまだに自然と内股になってしまうのだ。
「うん。僕を助けてくれた人がいたんだ。東栄の制服だった」
「同級生、じゃないわよね?」
「うん。たぶん、一年生だと思う」
涼は、東栄高校に通う二年生。家は学校から徒歩で十分もかからないため、朝早く、誰よりも学校に通い教室で静かに過ごす。それが涼の日常だ。
そのため、いまだに一年生の顔は把握できておらず、一年生のほうも涼のことは知らないだろう。
「今回は女装をしていたから、もし僕のことを知っていたとしても、気づいていないと思うけど」
「そうねぇ。涼ちゃん、普段は髪も縛って、めがねをかけて、顔を見られないように下を向いているもんね」
加えて、高い声も極限まで低くし、なるべく目立たないようにしている。
「相手も、僕のことを普通に女の子だって思っていたみたいで。その後に遭遇した女の子や二人目の東栄生にも、ばれなかった」
「完璧な女装ね。それで、その後、なにがあったの?」
恥ずかしそうにうつむきながら、嬉しそうに笑む涼が取り出したのは、お菓子の箱。
しかし、入っていたのはお菓子だけじゃなかった。
「それは……連絡先?」
入っていたのは、二人分の連絡先といつでも頼ってくださいね! という可愛らしい文字だった。
・・・・
「いいか、康太。もう一度言うが、こっちのあおねって子は、後輩だ」
「雑な紹介ですけど、はい! 後輩です!!」
びしっと敬礼をするあおね。
「で、こっちの黒髪の子は、リオ。ナンパされていたのを助けたんだ」
「り、リオです」
なんとか説明を終えた俺は、いまだに全てを信じていないような表情をしている康太を見詰める。
「な、なるほどな……そうか」
「本当に理解してるのか?」
なんかぷるぷる震えてるし、組んでる腕にも力が入ってるし。
「ああ、理解したさ。お前は、やはりハーレム主人公だったってことをな!!」
「なにを理解したんだお前は」
いや、主人公だってことは否定できない。俺自身完全に信じているわけじゃないが、神からしたら俺はこの世界の主人公だってことになっているらしいからな。
というか、一人は女装してる男子なのでハーレムではない。
「昔は、そうじゃなかっただろ? 昔は、むすっとしてて、目付きが悪いせいで、不思議ちゃんなみやしか寄ってこないようなキャラだっただろ!?」
「キャラとか言うな、キャラとか」
「昔からだったんですね。目付きの悪さ」
「そこまで悪いか?」
俺自身は、普通だと思っていたんだが。
と、ここまで説明しながら移動をしていたところで、予めリオが教えてくれていた公園へと到着した。
ここからだと自宅までは、五分もかからないらしい。
「ありがとうございます。ここからだったら、一人でも大丈夫ですので」
「えー? もうお別れですか?」
移動時間は、だいたい十分ちょっと。
ここまで、俺は康太に説明をし続け、あおねはリオとなんとか仲良くなろうと話し続けていた。
最初は、康太が俺達の関係を勝手に妄想し続け、話を聞いてくれなかったので、本当に苦労した。
「わがまま言うな。元々家の近くまで護衛するってことだっただろ?」
「むう……仕方ないですね」
「で、でも楽しかったよ? あおねちゃん」
「本当ですか!?」
隣で聞いていても、リオが楽しそうだったのはわかった。話題は、最近の可愛い洋服や美味しいスイーツで、よく男であそこまで喋れるよなと思うほどに盛り上がっていた。
俺には、スイーツの話がギリ理解できるぐらいだった。
「うん!」
おぉ……素直に可愛いと思ってしまう笑顔だ。
康太も、その笑顔にやられ右手で顔を覆い、悶えていた。
「そういうことでしたら、よかったです! あ、これ仲良くなった記念にどうぞ!!」
と、あおねは開封済みのお菓子の箱を渡す。
「あ、これ昨日出た新作」
「その通り! 食べかけで申し訳ないのですが」
「ううん、ありがとう。まだ食べてなかったから嬉しい」
「それはよかったです。では、本当に名残惜しいのですが、これで」
お菓子を渡したあおねは、ぴょんっと俺の隣に戻ってくる。
「まあ、なんだ。あおねの言葉を借りるわけじゃないが。こうして出会ったのも何かの縁ってやつだ。困ったことがあったら、頼ってくれ」
また会うかはわからないけど。
「はい。ま、またどこかで」
ぺこりと深くお辞儀をして、小走りで去っていくリオ。
どんどん小さくなっていく背中を見詰め、しばらくしてまだ悶えている康太を見る。
「おい、康太。いつまで悶えてるんだ? もうリオ行ったぞ」
「なに!? あ、ちょっと! せめて連絡先を!!」
が、もうリオの姿はなかった。
「あぁ……」
「それじゃ、俺達も帰るか」
「ですね。……ふふ」
「どうしたんだよ、いきなり笑ったりして」
なにやら含みのある笑いだが。
「パイセン。本当にリオちゃんが困ってたら、助けますか?」
「助ける。そう言ってしまったからな」
どうして、そんなことを聞くのか。
……まさか、俺が知らない運命眼の新たな能力でそういう運命が見えている、とかか?
おっと、徐々に恋愛ものらしからぬ展開に……まあ、最初からか。