第三十四話 来年へ
エミーナは、サキュバスとしての力は絶大だ。
それはサキュバス最強と称されているテレジアをも超えると言われている。しかし、それはサキュバスとして力を高めていけばの話だ。
今のエミーナは、普通の人間として生活し、サキュバスとしては生きていない。
そのうえ、力の暴走によりトラウマがあり、魅了の力を使えない。
(私が……私の力が……)
これまで人と極端に接することを避けながら生活していたエミーナだったが、零達と出会ったことで一変している。
一歩、また一歩と前へ踏み出し、大勢との会話ができるようにまでなっている。
以前のままのエミーナだったならば、人が集まるパーティーなど参加するのも無理だった。
楽しい。
本当に楽しいと心の底から歓喜していた。
だが、その楽しい時間も、目の前で壊されて行っている。
テレジアの魅了の力で、ほとんどの人々が苦しんでいる。
「……」
テレジアは言った。
エミーナの力ならば、この状況をどうにかできると。
それは、今まで抑えてきた魅了の力を解放するということ。これまではテレジアの力で抑えてきた。一度解放してしまったら、再度封印するのはかなり難しい。
「でも」
ぎゅっと、拳を握り締め、エミーナはまっすぐ空中に居るテレジアを見詰める。
「もう逃げたくない……!」
例え、また暴走したとしても。
絶対にコントロールして見せる。
この場に居る皆を……救って見せる。その決意と共に、エミーナは隠れていた右目を解放した。
・・・・
「ほう? やるか? エミーナよ」
決意に満ちた目をテレジアに向けるエミーナさん。
俺は、かなみさんとその様子を見守っている。
「さて、どうなるかな」
正直、かなみさんのことも気になるところだが、今は。
「零くん……私、頑張るから」
どこか無理をしているような笑顔を向ける。
俺は、その笑顔にこくんと首を縦に振る。
「必ず、止める……いきます!!」
刹那。
右目が淡い桃色に輝く。それは瞬く間に周囲に広がっていく。テレジアのものとは違う……なにか、優しい光だ。
「あ、あれ? なんか楽に」
「あおね。大丈夫なのか?」
「は、はい。さっきまでずっと疼いていたものがすーっと消えました。あのままだったら、確実に先輩に襲い掛かっていましたね、はい」
「そ、そうか」
テレジアの力は、相手を魅了させ、欲望を解放させるんだったか?
あおねが俺を……なんか想像つかないな。
なんだかんだで、日常的にボディータッチされてるし。しかも、かなり激しく。
「危ない……あのままだったら、零かあおねに食い掛っていたところだった」
「えぇ……」
「危うく、食べられるところでしたね」
ここねはここねでなんかこう……うん。
と、ともかくどうやらエミーナさんの力でテレジアの力は抑えられたようだな。
「……」
静寂に包まれた空間で、テレジアはエミーナさんの目の前に下りてくる。
そして、にやりと笑みを浮かべた。
「よくやった! お主ならばやれると信じていたぞ!!」
「え、えっと」
テレジアの言葉に困惑するエミーナさんだったが、そういうことかと俺は頭を抱える。
「まさか、エミーナさんのためにこんなことを?」
「ああ、その通りだ。エミーナの成長のために、私が一芝居を、な」
「いや、どう考えても芝居じゃなかったですよねあれ。絶対楽しんでやってましたよね?」
「当たり前だ。こういうことは楽しんでやらないと興が乗らん」
「もし、エミーナが何しない。力を制御できなかったら、どうしてたの?」
ここねの問いかけにテレジアは、少し考え。
「その時は、宣言通り性なる日として楽しんで、新たな年を迎えればよかろう」
わかっていたが、本当に危ない存在だ。
色んな意味で。
「エミーナよ。その力、ちゃんと制御できているようだな」
「な、なんとか……でも、まだ不安定というか」
「ふむ。そこはこれからと言ったところだ。なに、私も力を貸す」
色々と危ない存在ではあるが、結構面倒見は良い方なんだろうか。
「……ふう」
テレジアの手を借り、なんとか目の力を抑える。
すると、周囲は元の色に戻っていく。
とりあえずこれで騒ぎは収まる、だろうけど。
「あれ? 僕、いったいなにを……」
「あ、危なぁ……もう少しで、大人の階段を何段か駆け上げるところだった……」
「さ、咲ちゃん、俺達なにを」
「どうやら魅了、されていたみたいです」
これはどう説明するか。
事態は収まったが、確実に普通じゃないと康太達は思っているだろうからな。
「さて、これで我が一族のことは片付いた、ということで」
一仕事終えた、かのような爽やか……の中に欲望が混ざったかのような笑顔を俺に向けてくるテレジア。
な、なんだ急に悪寒が。
「お主。今日が誕生日なのだろう?」
「あ、ああ」
まさか誕生日プレゼントでもくれるんだろうか。だけど、くれるにしても絶対良いものじゃないんだろうなぁ。
そう思っていると、予想通り、というかとんでもない発言が飛んでくる。
「誕生日プレゼントとして、一発ヤらないか?」
「やらん!!」
というかこの大勢の前でなんてことを。
「お、おい! 零! どういうことか説明してくれ! てかお前、なに羨ましい誘いを!!」
「こ、康太さん。あ、あの人にはあまり関わらない方が」
「えっと、なにかのイベントだったの? なんかその子羽生えてるけど」
そんなことを考えていると、先ほどの異常さを説明してくれと迫ってくる。
そ、そうだみや達は。
「ふふ……」
「……」
あー……これは。
みや達の状況を確認すると、そこにはゆらりと動くみやとセリルさんの姿が。
「そこのサキュバス」
より濃度の高い真っ黒なオーラを身に纏い呟く。
「な!? み、みやなんだその黒いオーラは!?」
「わ!? こ、これも何かの演出!?」
これはもう収拾が。
「言っておくけど、零くんと最初にヤるのは……私なんだからぁ!!!」
「いいえ!! 零様のはじめては私が貰い受けます!!!」
収拾つかない……!
「ほうほう。モテモテだな。だが、こ奴の濃厚な精は私が頂く!! 小娘どもは引っ込んでいろ!!」
せっかく騒ぎが収まったのに、また新たな騒ぎが起きようとしている。
「おやおや、これは先ほどとは別の意味で危険な香りがするね、零くん」
「いや、霧一さん。そんな冷静に呟いていないで、どうにか」
「いやいや、これはこれで面白いからいいかもね。さっきよりは安全だろうし」
標的が俺だけだからですか? 俺は安全じゃないんですが。
「あれ? そういえばかなみさんは」
なにか不思議な雰囲気を漂わせていたかなみさんだったが、気が付くと姿がなくなっていた。
「さあ! さあ! 始まりました、年末企画。明日部零の童貞を奪っちゃおう!」
などと考えている暇はなかった。
あおねもノリノリで進行を務めようとしている。というか、そんな企画お茶の間には放送できないだろ!
「参加者は、ダークでクレイジーな幼馴染ことみや選手! 聖なるかな性なるかなアグレッシブ聖女ことセリル選手! そして、性のことなら任せろ! 性欲悪魔ことテレジア選手!!」
「これは面白い戦いになりそうだね」
「はい、そうですねぇ。解説役の霧一さん」
まずい。止めてくれる人がいない!?
さっきまでは比較的安全圏に居たが、今は危険区域の中心。じりじりと獲物を狙う獣達に、俺は一歩、また一歩と下がっていく。
康太達も、次々に襲い掛かる展開についていけず硬直している。
くっ、こうなったら俺も覚悟を決めて全力で逃げてやる。
「だ、だめっ」
決意し、足に力を入れた刹那。
エミーナさんが俺の前に立つ。
今まで誰かの後ろに隠れていた彼女が……俺を護ろうと? 彼女の予想外の行動に、捕食者である三人は立ち止まる。
まさか、この状況をエミーナさんがどうにかしてくれるのか? そうだ。彼女も成長している。今までの人見知りな彼女じゃないんだ。さっきの力も絶大だった……そう考えるとなんて頼りがいのある背中なんだろう。
「れ、零くんの」
静寂に包まれた中で、エミーナさんは。
「零くんのはじめては私が食べちゃうんだからぁ!!」
……あぁ、本当に成長したんだぁと思う言葉を叫んだ。
それが最後のトリガーだったかのように、捕食者三人は一層ぎらついた目で、再び動き出す。
「本性を現しましたねぇ!! サキュバス!!! 零様は絶対渡しません!!」
「はっはっはっはっ!! それでいい、エミーナよ!! お主もサキュバスとしての自覚が出てきたではないか!!」
「零くんは私のなんだからぁ!!!」
最初は、最初はよかったんだ。
あのままで続いていれば楽しい誕生日、年末だった。そして、そのままの気持ちで新年を迎えていたはずだった。
「捕食者達が飛び掛かる! 新たな捕食者人見知り! だがやはりサキュバスなので性欲に正直? 小さな大人エミーナ選手! のエントリーです!」
来年は、どうか今年より平和でありますように。
「って、無理があるか……」
この世界のことだ。俺が思う平和は訪れないかもしれない。そう思いながら、俺は捕食者達に捕まらないように全力で逃げるのだった。