第三十話 その時が
俺は夢を見ていた。
だが、いつもと何かが違うことをすぐに理解する。
なんだ? 妙に視線が低いし、かなり薄汚い部屋だ。
子供の頃の記憶……だとすれば、ありえない。
俺が意外綺麗好きなんだ。
なので、部屋などが汚くなったりすれば、すぐに物を片付けるし、掃除だってする。
それは子供の頃から変わらない。
だとすれば、これは。
「へっへっへ」
そんなことを考えていると、部屋に薄気味悪い笑みを浮かべた男が入ってきた。
穴の空いたズボンに、タンクトップ。
腹はぽっこりと出ており、なぜか股間が膨らんでいる。
……なんだ、体が勝手に動く。
俺自身は動こうとしていないのに、体が勝手に後ずさりする。
それを追いかけるように男は迫り、追い込まれた。
「抵抗しても無駄だぞ。大丈夫だって。夏休みが終わるまでだからよ」
そう言いながら、腕を強引に掴み、もう片方の手で服に手をかける。
って、俺の腕……これって女の手?
妙に白く、細い。
それに、胸も膨らんでいる。
なんなんだこの夢は。
どこからともなくすさまじい恐怖心が伝わってくる。
ズボンを下ろしている男から抵抗するかのように顔を大きく振ると、偶然にも窓にその顔が映る。
あれ? この顔……前に通りすがった時に見たような。
そして、その時に能力を使って……。
「さあ、さっそく俺のでひーひー言わせてやるよ。彼氏くんのじゃ満足できなくなるまでなぁ」
そこからは悲惨だった。
まるで自分が体験しているかのような感覚。
ずっと、ずっと男に犯され続け、絶望し、いつしか性欲に溺れていく。
・・・・
「おーい、大丈夫? ねえ、零ったら!!」
「……キュアレ」
目が覚めると、心配そうに俺を見下ろしているキュアレの顔が目に映った。
「そろそろ時間だから起こしてあげたけど。すっごい汗だよ。なんかうなされていたし」
キュアレに言われ、俺は身を起こし、額の汗を拭う。
額だけじゃない。
背中も、びちゃぶちゃで布団が群れている。
「何があったの?」
「……」
俺は自然と右目を押さえる。
そして、主神様が言っていたことを思い出した。
あれは、まさか能力の進化?
俺が望む力に……進化しようとしている? いや、もうしているのか?
「えいっ」
「は?」
考えていると、キュアレが突然俺のことを抱きしめてきた。
ぎゅっと自分の胸に顔を押し付けるように。
力強い、だが自然と不安な心を和らげるようなそんな感覚がある。
「お、おい。俺、汗かいて」
「かーんけいない。今は女神様の抱擁を受けなさーい」
「……少しだけだからな」
まだどんな能力なのかは完全にはわからない。
でも、ひとつだけ言えるのは。
(もしかしたら、見た者の忘れたい過去を……俺が体験した、のかもな)
夢にしてはリアル過ぎた。
あの恐怖心、感触……今でも覚えている。
「ねえ、零」
「ん?」
キュアレは俺のことを抱きしめながらそっと呟く。
「お腹減った」
「……お前って、どうしてこう」
女神らしく優しい言葉をかけてくるのかと思えば、いつも通り。
どこまでもマイペースな女神様だ。
「いやぁ、深夜になるとお腹が減るのは人間として当たり前だから」
「お前は女神だろ……それに今食べたら、豪華な料理食べられなくなるぞ」
「それはそれ」
ちなみに、十分後には俺のことをみやとあおねが迎えに来る。
行先はセリルさんの屋敷。
そこで俺の誕生日会を開く。
キュアレは相変わらずここから出ないようで、豪華な料理はみやの空間で送ることになっている。クリスマスパーティーのようにはならないようにな。
「……これで我慢しろ」
俺はキュアレから離れ、冷蔵庫からとあるプリンを出す。
「え? これって数量限定の」
そう数量限定のプリンだ。
すでにキュアレは自分の分を食べており、今出したのは俺の分。いつもなら自分の分は絶対渡さないのだが……ま、今日は特別だ。
「……うむ、我慢しよう!」
その後、時は経ち、迎えが来た。
ずずず……と黒い空間が部屋に現れ、その中からみやとあおねが揃って現れる。
「いえーい! 先輩!! お時間ですよー!!」
「皆、そなたの登場を待ち望んでおるぞよ!!」
十二月三十一日まで後、一分。
いつもならこうまで待ち望んではないのだが、今年は特別のようだ。
「あれ? もしかしてお風呂入った?」
「なんと!? そこまで楽しみにしていただなんて!! くっ! あたしも時間があれば!!」
さすがにあんな汗をかいた姿じゃな。
「ちょっと寝汗をかいてな」
「怖い夢でも見たんですか?」
「ちょっとな。それより、早く行こう。皆が待ってる」
「っと、でしたね。では」
「いざいざ!」
俺は差し出された二人の手を取り、空間の中へと入る。
その先には。
「さあ、時間でだ!!」
すぐに父さんの声が響き。
「せーの!!」
続いて母さんの掛け声と共に。
《零!! 誕生日おめでとう!!!》
ぱっと明かりが点きクラッカーの音が部屋中に鳴り響く。
そこはかつて俺とセリルさんが対話をしていた部屋。
あの時は、だだっ広い部屋にテーブルがひとつだけだったが……今は、多くのテーブルが設置してあり、その上にさまざまな豪華料理。いや、家庭的な料理やデザートもあり、壁という壁には手作りの装飾品が飾られていた。
特に目が行くのは、いったい誰が描いたのか。
俺の肖像画。
なんだかかなり美化されているけど、俺の肖像画だ。その前には、主役の席と書かれた豪華な椅子が設置されていた。
俺、あそこに座るのか? 豪華だろうとは思っていたけど、これは予想以上に豪華だ。
完全にいつもの誕生日会がかすむレベルに。
まるで貴族達が開くパーティー会場のようだ。
「零様。どうぞこちらを」
驚いている中、セリルさんが飲み物が入ったグラスを俺に手渡してきた。
これ、さすがに酒じゃないよな?
「改めまして、お誕生日おめでとうございます。今年最後の日を愛するあなたと過ごせるなんて最高です! ええ!! 本当に! できるならば、この後に二人きりでベッドい―――あいたっ!?」
「調子に乗りすぎ」
暴走しようとしていたセリルさんを一撃にて止めるみや。
いつもならここでセリルさんが反撃に出るのだが、今日はいつもとは違った。
こほん、と咳払いをしグラスを掲げる。
てか、康太や白峰先輩も居るんですから気を付けてくださいよ。ちなみに、空間で移動してきたが、出入り口から普通に入ってきた、という風になってる。
明かりも消えていたし、こっちのほうでもタイミングを合わせて扉を開けてもらったので大丈夫、なはず。
「失礼しました。では、皆様方! 今宵は、存分に楽しんでいってください。お料理もたくさん用意しました。もしご希望などがありましたら、近くのメイドに!!」
「さ、主役はこっちですよー」
「ほらほら」
主役席に移動すると、マイクスタンドが設置される。
挨拶ってことか。
こういうのってあんまり慣れていないんだが。
「……今日は、俺のために集まってくれて、こんな豪華な誕生日パーティーを開いてくれてありがとう。なんていうか、正直ここまで豪華にされるとは思ってなかったから今でもびっくりしてます」
「なんだなんだ急にかしこまるなよ! ちゃちゃっと挨拶してパーティーを楽しもうぜ!」
たく、康太の奴。
まあでもそれには賛成だな。
「それじゃ、挨拶はこれぐらいにして。……皆! 今日は楽しんでいこう!!!」
『いえーい!! さっさと料理を持ってこーい!!』
こうして、今年最後の日が始まった。