第二十九話 誕生日会前の荒療治
「おー、エミーナさんってばゲーマーですねー」
「そ、そう、かな……」
「あ、このクッション最近出たふにゅふにゅ感がたまらないやつだよね! わしも買ったが、この感触……たまりませんなぁ」
「うぅ……ん」
誕生日会を明日に控えた十二月三十日の朝。
エミーナさんの提案により、特訓……いや荒療治か? 明日のために複数人との対話に慣れておこうということで現在にいたる。
玄関側にかむらとここね。
玄関側から見て左にあおね、右にみや。最後に、俺とエミーナさんが並んで座っている。
みやとあおねが率先してエミーナさんに話しているが、やはりまだ慣れていないようで、かなり縮こまっており声が小さい。
そして、俺の後ろに隠れるかのように二人から離れている。
「二人とも、最初から飛ばし過ぎだ。エミーナさん怖がってるだろ?」
「なぬ!? こ、怖いですとな!?」
「そんな! パイセンはこんなかわいい子を捕まえて怖いって言うんですか!?」
「いや、俺じゃなくてエミーナさんがだな」
二人はいつもと変わらぬテンションとノリで接するのは、これが自分だ! と伝えようとしているのだろうが、かなりの人見知りなエミーナさんいとっては難易度が高い。
どうにかしてくれとばかりに、沈黙を貫いていたかむらとここねに視線を送る。
すると、かむらが仕方ないとあおねがぐいっと引っ張る。
「あおね。私達は、彼女の人見知りをどうにかしようと来たはずだ。少し落ち着け」
「そーそー。まったり、ゆったりとね?」
「……ですね。いやぁ、あたしとしたことが可愛い系お姉さんにテンション爆上がりして距離感バグってましたよ。反省反省」
「ですな。私も、黒髪美人にかなりテンション上がってましたぞ。マジすみませんした!」
どうやらみやとあおねは自分達の距離感がバグっていたことを理解してくれたようだ。
人見知りと言えば、白峰先輩を思い出すが。
先輩はそこまで人見知りじゃなかったからな。意外としっかり話せるし、順応が早い。
「可愛い……美人……」
おっと、容姿のことを褒められて喜んでいる? いや、恥ずかしがっているのか? そんな微妙な反応をしている。
頬を赤く染め、俯いている。
「けど、やっぱりというかなんというか」
「ねー」
「どうした?」
じっと俺のことを見詰めながらみやとあおねは呟く。
「人見知りなエミーナお姉さんは、パイセンにだけどはもう慣れちゃったんですね」
「まあ、我が幼馴染が献身的に特訓に付き合ったから、当たり前と言えば当たり前なのだが」
「この女たらし」
「また新しい女?」
前半二人はともかく、後半二人の言葉が結構きつい。
「別にやましいことは考えてないって」
「やましいこととは?」
そこを聞いてこないでくれるか? あおね。
てか、どこからマイクを出した。
「それにしても、改めて見ると……」
「え、えっと」
じっと鋭い瞳でエミーナさんを観察してくるかむら。
それにつられて、他の三人も視線を向けてくる。
視線がいきなり集中したせいで、更に俺の後ろに隠れようとするエミーナさんだったが、勇気を振り絞って顔を出す。
「兄上も間違ったそうだが、年上に見えない。サキュバスとは皆こうなのか?」
「あたしが知っている限りでは、精を吸い取るサキュバスは他の種族よりも若々しく見えるそうです」
「魅力がなければ精を吸い取れないもんね」
「でもそれって精を吸い取っているサキュバスのことっしょ? あおちゃんや」
「うーむ。種族的な性質、かもしれませんが。エミーナさんは、まったく精を吸い取ったことはないんですよね?」
皆の視線が集まる中、エミーナさんは慌てながらもあおねの問いに強く頷く。
「わ、私は……その、一度も吸ったことはない、よ」
若々しい、ってことならテレジアも相当だよな。
完全に小学生ぐらいにしか見えない容姿だし。
けど、そう考えるとサキュバスなのに普通に人として生きていて、この若さを保っているエミーナさんも相当すごいってことになるが。
「ふむ。てことは、この若さはサキュバス特有の性質ってことになるんですかね?」
「いやぁ、漫画やアニメだと長寿な種族は年齢と見た目が合わないのなんて当たり前ですからにゃあ」
「てことは、エミーナさんもそうなんですね!」
「ぐぬぬ……羨ましい!」
「わたしたちもまだ若いじゃん」
ここねの言う通りだ。
確かに、漫画やアニメなんかではエルフや悪魔、天使とかの人間じゃない種族は、年齢と見た目が一致しないなんて当たり前。
実際、俺のところに住み着いている女神も二十代ぐらいの見た目をしているが、俺達が生まれるはるか前から存在しているから、実年齢は。
『こらー、そういう推測はしないでー』
『……』
『なにさ? なんか言えよー』
『いや、お前も女性なんだなと思っただけだ』
『なに当たり前のこと言ってるの?』
普段の自分を思い返してよく考えて見るんだな。
「そ、そういえば」
ずっと受け身だったエミーナさんが、自分から声を上げる。
これは。
「びっくりする話って、な、なにかな?」
そういえばそんなことを言ってたっけ。
俺もまだ知らないが、なんだろう?
「あ、それですか。実はですね、あたし達忍者なんですよ。あ、あたしとここねとかむらがですが」
「へ?」
ちょ、お前。
「そして、我が幼馴染も普通の人間じゃないのじゃよ」
「え? え?」
「……あー、えっと」
まあうん。エミーナさんも薄々気づいているかも、だし。
けど、さらっと言ったなぁ……。
結構というか、めちゃくちゃ重要な真実なんだが。
いったい何のことだと驚いているエミーナさんに、俺は静かに語った。この世界のことを。俺がどんな存在で、実はサキュバスだと言うことを知っていたことを。
「というわけなんですが」
「……ほへー」
あ、脳が処理できなくて凄くだらしない顔をしている。
「え、エミーナさん?」
「えっと……確かに、皆他の人達と違ってこう、違和感? みたいなのは感じたけど。そ、そっか……そっか……」
しばらくの沈黙の後。
俺の体から離れて、姿勢を正す。
「よろしく、お願いします」
そして、突然改まった挨拶をした。
「なぜに挨拶?」
「もう済んでいるはずだが」
ここねとかむらの言葉にエミーナさんは慌てた様子で縮こまりながら話し始める。
「あ、えっとなんかこう、急に親近感、みたいなのが増して、ですね……」
「なるほどなるほど。最初は、自分だけが普通じゃないと思っていたけど。実は自分だけじゃないと気づき、ということですね?」
『と言っても、種族的には人間五人にサキュバス一人なんだけど』
まあそうなのだが、エミーナさん自身が喜んでいるのだ。
そんな些細なことは気にしないでおこう。
そもそも、種族がサキュバスなだけで人間となんら変わらないんだから。
「よーし! それじゃあ、その調子で親睦を深めるぞー!」
「おー!! はい、エミーナさんも!」
「え? お、おー?」
「はい、かむらちゃんも!」
「や、やらんぞ」
「おー」
この調子なら、明日の誕生日会は大丈夫、かもな。