表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/187

第二十八話 乗り越えなくてはならない

「……なんだろう、この目」


 エミーナは、サキュバスの子として生まれ、何不自由なく暮らしていた。

 しかし、十歳の誕生日。

 エミーナの右目が淡い桃色に染まっていた。

 なんだろう? しばらく鏡と睨めっこをしながら思考するもわからなかった。


 別に目が痛いわけではない。

 もしかしたら魔法を覚えたのかもしれない。

 そう思ったエミーナは素直に喜ぶ。


「そういえば、今日は新しい家庭教師の人が来るって言ってたけど……」


 名家に生まれたエミーナには、サキュバスとしてではなく普通の生活を送ることを両親は望んでいる。

 そもそもエミーナの母親にはサキュバスとしての力がほどんどない。

 夫も何の力もない人間。

 昔はどうあれ、無理にサキュバスとして生きていかなくてもいいのだと。

 

「お勉強の準備、しないと」


 そろそろ新しい家庭教師が来る時間。

 すぐに勉強が始められるように、机の上へノートや文房具を準備する。

 それからしばらくして、部屋のドアをノックする音が響く。


「は、はい。どうぞ……」


 若干びくついた声でドアの奥に居る人物へと入るように言う。

 この頃からエミーナは人見知りな性格だった。

 だが、私生活に支障が出るほどではなく、びくつきながらも対応はできていた。


「失礼します」


 入ってきたのは二十代ほどの若い男だった。

 とても優しい雰囲気だったため、エミーナはひとまずほっと胸を撫でおろす。

 

「初めまして。僕は、今日から」


 きちんと挨拶をしようと恥ずかしがりながらも目線を合わせていたのだが、途中で男は突然止まる。

 どこか呆けたような表情で、じっとエミーナのことを見詰めていた。

 どうしたんだろう? と首を傾げていると。


「……」

「え? え? あ、あの」


 無言のままエミーナに近づいてきた。

 先ほどまでの優しい雰囲気はなくなり、どこか欲に塗れた表情をしていた。


「ど、どうしたんですか? あの、せ、先生?」


 ベッドまで追い込まれたエミーナは尻餅をついてしまう。

 問いかけに男は何も答えず、尻餅をついたエミーナに覆いかぶさった。


「こ、怖いですよ……せ、先生……!」

 

 涙目で訴えるエミーナだが、それでも男は何も答えない。

 刹那。


「ひゃあっ!?」


 男は信じられない力でエミーナの服を破った。


「やめて、くださいぃ……」

「はあ……はあ……!」


 恐怖で体が萎縮してしまい、小さな声を搾り出すことしかできないエミーナ。

 男の呼吸は荒くなり、口から零れる涎がぺちゃりと頬に落ちる。


「どうしました!? お嬢様!?」

「な!? こ、これは……!! ちょっとあなた何をしてるの!?」


 もうだめだ。

 そう思ったところへメイド二人が部屋へと飛び込んでくる。

 エミーナに覆いかぶさる男を止めようとするも、まったく止まる気配がない。

 女性とはいえ二人がかり。

 しかも、男はさほど筋肉はなくかなり痩せた体格だ。

 だというのに、びくともしない。

 いや、そもそもメイド二人のことなどまったく気にしない様子でエミーナを襲っている。


 その後、騒ぎを聞きつけた使用人達により無理矢理気を失わせ止めることができた。

 

 目覚めた男にどうしてあんなことをしたんだ? と問いかけるもエミーナに挨拶をしていたところまでしか覚えていないと断言するばかり。

 最初は演技をしているのではと疑いをかけるが、偶然にも訪れていたテレジアが男の身に起こった現象に覚えがあったため、こう問いかけた。


「お主。その時、エミーナの瞳は……何色だった?」


 テレジアの問いかけに、男はしばらく考え込み一言。


「ピンク、でした」


 その言葉でテレジアは確定だと頷き、その場の者達に叫んだ。


「皆の者! 聞け! エミーナは……【魅了の魔眼】が発現した! これは、見た男を強制的に魅了させ、ただただ欲を満たすためだけに動く人形と化す力だ!」


 テレジアにも発現した【魅了の魔眼】は、長く他のサキュバスには発現しなかった。

 しかも、エミーナの身に起こったことからテレジアは、自分のものよりも強力だと断言した。普通ならば多少の意識はある。

 しかし、エミーナのものは完全に男の意識はなかった。

 更に、発現したのは十歳。

 これからもっと強力なものになる可能性がある。そのことを聞いた両親、使用人達は言葉が出ない様子だった。



・・・・



「……」


 カーテンの隙間から太陽の光が差し込む薄暗い部屋の中、エミーナは目が覚める。

 眠気眼を擦りながら、近くにあるスマートフォンを手に取り時間を確認する。

 時刻は朝の八時を回っていた。


「久しぶりに、見たな……」


 若干憂鬱な気分。

 明日には、待ちに待ったれいの誕生日会。

 今日は、そのために向けて更なる特訓をする日。

 今までの特訓とは日にならない内容のため、このままではいけないと強めに両頬を叩き気合いを入れる。


「い、つぅ……!」


 一気に眠気も覚めたエミーナは、再びスマートフォンを手に取りトークアプリを開く。


「……今から一時間後」


 約束の時間までまだ余裕がある。

 いつものエミーナならば、このままだらだらとゲームをして過ごすところだが、今日はそれどころではない。

 せっせと散らかっている物を整理し、できるだけ座れる場所を確保する。


「えっと、後は」


 その後、冷蔵庫の中を覗き、頷く。


「よ、よし。次は」


 冷蔵庫の中を確認し終えたエミーナは、次に朝食の準備をする。

 トースターに食パンを入れ、フライパンをコンロに置き点火。

 油を少量注ぎ、卵を割り入れる。


「……えへへ」


 今日の特訓は心配でもあるが、楽しみでもある。

 前よりも前向きになったエミーナから自然と笑みがこぼれる。

 早々に朝食を済ませ、食後の温かいコーヒーを飲みながらその時を待つ。

 

(だ、大丈夫……大丈夫……い、いつまでも人見知りじゃ、だめなんだから……)


 高鳴る心臓の鼓動を落ち着かせようと深呼吸を何度もする。

 すると。


 ピンポーン。


 インターホンが部屋に鳴り響く。

 

(き、来た!?)


 飲みかけのコーヒーをテーブルに置き、慌てて玄関に向かおうとする。

 だが、すぐに立ち止まり、手鏡を手に取る。


「よ、よし」


 寝癖がないことを確認。


「……」


 そこで、前髪で隠れていた右目がちらっと覗く。


「大丈夫……大丈夫っ」


 手鏡を置き、再び動き出す。

 

「い、いらっしゃい、ませ」


 ゆっくりと玄関のドアを開けると、そこには。


「お邪魔します、エミーナさん。約束通り」


 零が居た。いや、零だけではない。

 

「どもー、零のスーパー幼馴染ことみやでーす、どもども!!」

「そして、零先輩の頼れる後輩忍者ことあおねちゃんです!!」

「そして、その子分二人です」

「誰が子分だ」


 みや、あおね、ここね、かむらの四人も訪れていた。

 そう。今日は、盛大なパーティーを前に、複数人との対応に慣れる特訓をするのだ。

 これはエミーナ自身の提案。荒療治だが、もう時間がない。

 これまでの傾向から大丈夫なはずだ、と。


「え、えっと忍者?」

「ふふん! 今日はね、色々とお話をするためにびっくり仰天なものを用意してきました!! いえーい! ぱふぱふ!!」

「え、えっと」


 あおねの言葉にどう反応すればいいのかエミーナが困っていると、零が助け舟を出す。


「と、とりあえず中に入ってもいいでしょうか?」

「あ、うん。ど、どうぞ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ