第二十六話 なんだかんだで
「うっ……やっぱり」
「大丈夫ですか? 無理ならまだ」
「う、ううん。だ、大丈夫。もうちょっとで零くんの誕生日だから……こ、これぐらい」
今年も後三日となった昼時。
いつものようにエミーナさんのところへ訪れると、いつもと違い気合いの入った彼女が出迎えてくれた。
しかも、彼女の方からこんなことを言いだしたのだ。
「そ、外に出たい!」
これはかなり大きな一歩だ。
彼女の方から外に出たいと申し出た。
俺も、彼女の強い意思を尊重して、ふるふる震えている彼女の手を握り締めながら外で待っている。
「どうせなら思い切って出てみましょう」
「お、思い切って……」
酷かもしれないが、これもエミーナさんのためを思えば。
何度も深呼吸を繰り返し、エミーナさんは握る手に力を籠める。
「い、いきまーす!!」
ぐっと右足に力を籠め、外へと飛び出す。
結構な勢いだったが、俺は飛び出してきたエミーナさんの体をなんとか受け止める。
「うぅ……うぅ……」
外に出ることはできたが、いまだに俺の胸の中で震え、離れてくれない。
「エミーナさん。ゆっくりと、ゆっくりと離れますよ」
「う、うん」
俺は、ゆっくりとエミーナさんから離れていく。
そして。
「……」
エミーナさんは体全体で太陽の日差しを受ける。
仮面を被っているため若干遮断されていると思うが。
「どうですか? 外に出た感想は」
「うん……悪い気持ちじゃない」
そう言ってエミーナさんは、自ら仮面をとって外の風景を見詰める。
俺は、それを横から眺めていた。
こうして見ると、エミーナさんってやっぱり凄い美人だよな。
久しぶりの外の風景を見ているため、俺が横で見ていることに気づいていないのだろう。冬の冷たい風に前髪がなびき、隠れていた目も見えそうになる。
「あっ!」
それは数十秒ぐらいの時間だったかもしれない。
エミーナさんはようやく俺の視線に気づき、すぐ仮面を被る。やはり、まだ人と目を合わせるのは無理のようだ。
「ご、ごめんね。すぐ慣れる、から」
「大丈夫ですよ。エミーナさんは一歩一歩前進しています。この調子なら、俺の誕生日までには」
と、そこで俺は思い出す。
そういえば、俺の誕生日会がどこでやるのか聞いていないと。
まだ三日あるとはいえ、そろそろどこでやるのかぐらいは知らせが来てもいいような気がするんだけど。
それに、父さんと母さんも参加するのだろうか? こっちから連絡しても当日まで秘密! なんて返事がくるだけ。
でも、あの二人のことだからあおね達が計画している誕生日会にノリノリと参加するだろうな。
「零、くん?」
「あ、いえ。それで、これからの予定ですけど。本当に大丈夫なんですか?」
「う、うん! 頑張るって決めたから!」
これからエミーナさんとするのは、アパートの周辺を歩くということだ。
外に出るだけでも大きな一歩だが、今回のエミーナさんは一味違う。
ここから外を出歩こうと言うのだ。
そのために、今はお出かけ用に黒のロングスカートを履いている。ちなみにセリルさんから借りたものだ。
「よ、よし」
今一度気合いを入れ直し、仮面を取って帽子を深々と被る。
「いこう!」
そう言いつつ、俺の後ろに隠れる。
まあ、仕方ないけど。
しっかり護衛しないとな。
・・・・
「ふう。まだ【欲魔】などという存在が居たとはな」
「き、貴様……まさかあの伝説の」
とある部屋の一室で、四散していく【欲魔】をテレジアはあまり興味なさそうに見詰める。
「どういうわけか。この町にはこ奴らを次々に生み出すほどの欲が集まっているようだが……」
ここまでの欲が集まるのは長く生きていた中で、見たことがない。
どういうわけだ? と思考した時に零の顔が思い浮かぶ。
(まさか、あの少年が?)
出会った時から不思議な少年だと感じていたテレジア。
喰い応えがある精を感じたため魅了の力を使ったが、まったく通用していなかった。
そしてなによりも。
「やはり、あのアパートを調べてみるか」
テレジアはサキュバスの中でも強大な力を持っている。
基本的にサキュバスは相手を魅了する力に秀でており、戦闘能力はさほどない。しかし、テレジアはそんな常識を壊すほどの戦闘能力があり、あっという間に伝説の存在となったのだ。
そんなテレジアが恐れるほどの力が、なんの変哲のないアパートにある。
「ふう……しかし、あの少年の精力を見た後では、どいつもこいつも貧弱に見える」
サキュバスとして、個人の精力を感じることができるテレジアは、散歩をしては品定めをするかのように人々の精力を見ている。
その中でも、零の精力は桁違いだった。
あれほどの精力を今まで感じたことがないほどに。
「む? この感じ……まさかエミーナの奴。外に出たのか?」
もうすぐ目的地に到着する頃。
テレジアはエミーナの気配をアパートの外から感じ、足を止める。
「……ふむ。一緒に居るのはあの少年か」
アパートからさほど離れてはいない。
近場を散歩しているようだ。
そこから推測し、テレジアは小さく笑みを浮かべる。
「さて、家主が居ないうちに」
サキュバスは精神体となり物体をすり抜けることができる。そうすることで眠っている対象の夢の世界で精力を発散させ、それを食べる。
「……」
零の部屋の前に到着したテレジアはさっそく精神体となり中へと入ろうと試みる。
だが。
「あぐっ!?」
見えない何かに弾かれ、強制的に実体へ戻された。
あまりのダメージにその場に膝をつく。
(な、なんだ……今のは。この私が弾かれた? いくつもの結界を容易に破ってきた私が?)
これまでも強力な結界を容易に破ってきたテレジア。
そのため弾かれたことに、ダメージを受けたことに動揺を隠せないでいた。
(これほど強力な結界……いったい何者なんだ? あの少年は)
肉体的にはダメージはないが、精神的に大きなダメージを受けてしまった。
ふらつきながらもなんとか立ち上がったテレジアは、不敵な笑みを浮かべる。
「面白い。これは少し強引に迫ってみるとするか」
そう呟き、零とエミーナが居る方向とは逆側へと去っていった。
その後。
ガチャリと零の部屋のドアが開き、眠気眼のキュアレが現れる。
「ふわぁ……なんか女神結界が機能したの久しぶりかも。あれ? 初めてだっけ? ま、いっか。あー、お腹空いた。お昼ご飯チンしよっと」