第二十三話 来訪者は
そんなこんなで、夕飯の買い出しを早々に終わらせた俺は、とても危険なサキュバスを連れてアパートへと向かっていた。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。私の名は、テレジアだ。お主の名は?」
すでに能力で名前は知っていたが、まだ互いの名前を知らなかった。
テレジアと名乗ったサキュバスは、買い物の時、当たり前のように入れてきた棒つきアイスを食べながらさらっと自分の名を言う。
「零。明日部零だ」
さて、連れていくのは良いけど、やっぱりエミーナさんの母親、なのか?
一応既婚者であるが……年齢は五百二十歳。
ありえない。
いや、相手は人間ではないのだからありえなくはないのだが。
「それにしても、お主は奇妙な人間だな」
「どういうことだ?」
「なんというか、絶大なる精の力があるうえに、我ら魔なる者が嫌がる聖なる力も備わっている。それだけではない。お主からこう……言葉で表現するには難しい異様な力も感じる」
聖なる力に関しては神様によるものだとして、最初のはよくわからない。
言葉的に精力のことを差しているのだろうが。
『主人公故に、パパは誰よりも精力が強いの』
『だからパパはやめろ。この世界の主人公って存在はいったい何なんだ? だんだんよくわからなくなってきたぞ』
少しは機嫌が直ったと思ったが、まだ嫌がらせでパパ呼ばわりをしてくるキュアレ。
一度、テレジアに視線を向けた後、すぐ外し前を見る。
『実はこの世界において精力の強い者には、それだけ異性を寄せ付けるという絶対なるルールが』
なんだそれは。
じゃあ、俺の周りに集まってきている異性は、俺の精力に寄って集まってきたと?
『あるという夢を先日見たようなー』
『夢かよ!』
『あれ? 違う。先日見たのは、私が零にありとあらゆる勝負で勝って愉悦に浸っていたんだっけ?』
いや、知らんわそんなこと。
てか、いったいどんな夢を見てるんだこいつは。
「む? あれが、お主とエミーナが住んでいるアパートか?」
そんなやり取りをしているうちにアパートに到着した。
エミーナさんは……ドアは開いていないから、部屋の中かな。
「エミーナさんの部屋は二階の一番奥だけど」
「それがわかれば十分だ。では、案内ご苦労だったな。用を済ませたら……」
ん? どうしたんだ、急に眉間に皺を寄せて。
俺の部屋を見詰めている?
「いや、なんでもない。ではな」
だが、テレジアは何事もなかったかのように歩き出し二階へ上がる階段へと向かっていった。
俺は、エミーナさんの心配をしつつ、自分の部屋へと入った。
「思い出した! 先日見た夢は、零を召使いとしてこき使って自堕落な生活を送っていたんだった!!」
「……」
それって今の生活とあまり変わらないような。
俺が召使いじゃないという点以外は。
・・・・
「うぅ……やっぱり仮面をつけたままだと気味が悪いよね」
エミーナは一人、鏡に向かって仮面を外したりつけたりを繰り返し唸っていた。
仮面をつけていれば、それなりにまともに誰かと会話ができる。
とはいえ、まだ零一人だけであり、それが良い方向なのか自分でも微妙な感覚に陥っている。
「あ、明日には零くんのお友達が遊びに来るって話になってるし……だ、大丈夫かな?」
やはり零だけではあまり前には進まないということで、思い切って大人数、とまではいかないが、数人。零の知り合いが、明日遊びに来る予定となっている。
そこで一気に、今の状況を大きく前進させることができれば来る零の誕生日に間に合うかもしれない。
(日数が少ないから、荒療治でもしないと間に合わない! よ、よーし! 頑張るぞぉ!!)
明日へ向けて、気合いを入れるエミーナ。
と、そこへ。
「あ、あれ? 誰だろう」
インターホンの音が部屋に鳴り響く。
「もしかして、サプライズ!?」
その時、エミーナの脳裏に浮かぶ。
明日だと伝えておいて、伝えた当日にやってくる。
そんなサプライズなのではないかと。
「どどどどうしよう……! まだ何も準備してない!? 部屋もこんなものだらけじゃ!」
大慌てで部屋を軽く片付け、数人は座れるスペースを確保したエミーナは、いまだに鳴り響くインターホンの音を止めるべく、玄関へ向かった。
「は、はーい」
乱れた呼吸を整えつつ、意を決しドアを開ける。
そこに立っていたのは。
「へ?」
「うむ。最後に見た時よりかは、まともな顔つきになっているようだな。エミーナ」
零でも、その友人達でもない。
そこに立っていたのは、桃毛の少女。
「……」
予想外の客人にエミーナは思わず硬直する。
「なんだ。私のことを忘れてしまったのか?」
エミーナの反応に、首を傾げる少女。
が、すぐ首を横にエミーナは振り否定する。
「い、いえそんなことは! で、でもまさかあなたが訪ねてくるなんて思いませんでしたから」
「それにしても、なんだ? その仮面は。仮装パーティーでもやるつもりなのか?」
その指摘に、慌てて仮面を外し、そのまま部屋の中へと少女を入れる。
「狭い部屋だ。物もぎゅうぎゅうで、いかにも一人暮らしをしているという感じだな」
部屋中を遠慮なく物色する少女を見詰めたままエミーナは、あちこちに視線を向ける。
「……そ、それで」
しかし、聞かなければならない。
どうしても。
ごくりと喉をを鳴らし、エミーナは口を開く。
「ど、どう言ったご用件で来られた、のでしょうか……ご先祖様」