第二十話 小さくも大きな
クリスマスパーティーは盛大に盛り上がった。
序盤は料理に夢中だったあおねやここねもコスプレをし、カメラマン霧一さんによる撮影会が開催した。
かむらも、なんだかんだで楽しんでいる様子だったな。
その後は、各々が一発芸をすることになったのだが……。
「では、一番あおね行きます!!」
我先にとあおねが皆の注目する中、自信満々に芸を披露する。
「高速早着替え!!」
アニメなどでよくある服を剥ぎ取るように、ミニスカサンタコスを脱ぎ捨てると。
「東栄高の制服姿!!」
俺にとっては見慣れた東栄の制服を身に着けたあおねへと早変わり。
いや、分身体だろ。
と思ったのだが、髪の毛の色があおねだ。
「お、おお? 凄い、けど。どうやったんだ?」
忍者であるあおねにとっては朝飯前のことだろうが、康太は首を傾げる。
「ま、まるでマジックみたいだね」
正直、俺にもどうやったのかわからない。
そもそもさっきまでへそ出しの服を着ていたのに、どうやってあの制服姿に……。
「あおちゃーん! 次にやる人のハードルを上げちゃだめだよー!」
「はっ!? しまった……つい本気を! うえーん! ごめんなさーい! みやせんぱーい!!」
テンションが上がりに上がっていたあおねを叱るみや。
怒られて反省したあおねは、泣きつく。
「うんうん。反省したならよし! そして、可愛いから許します!!」
「大好きですー!!」
「私もだよー!!」
これまた見慣れた光景を横目に、次なる挑戦者が現れる。
「二番、ここねいきます」
次はここねか……何をするんだ?
「ここねちゃん。頼まれた通り料理を作ってきたわ」
いつの間にかみやなさんに追加の料理を作らせていたここね。
その報告を聞くと、すぐ自分の視界を奇妙なアイマスクで遮る。
「今から匂いだけで料理を当てる」
「おお!!」
「け、けどまた次の人へのハードルが……」
白峰先輩の言う通りだが、すでに料理は運ばれ、意気揚々と芸を披露しようとしている。
並べられた料理は三つ。
ここねから見て左側にあるのは、キムチチャーハン。
聖夜にキムチチャーハンか……と思いつつ、真ん中の料理へ視線を向ける。
「ちなみに私は料理を作ってと言われたけど、どの料理を作ってとかは指定されてないわ。まったくのランダム。というか、ほとんどメイドさん達が作ったものよ」
もし適格に当てたとしても予め作られる料理を知っていたからでは? と疑われないようにみなやさんが、皆に告げる。
「……まず、真ん中の料理は」
皆が注目する中で、ここねはそこまで考えるそぶりを見せずに真ん中の料理を当てようと口を開ける。
ちなみに正解はクリームシチュー。
これは、パーティーのために作られたものだ。
「クリームシチュー」
「おお! 正解だぜ、ここねちゃん!」
康太が叫ぶ。
隣に匂いが強いキムチチャーハンがあるため、そっちに釣られるかと思ったが正確に当てたか。
「次は左の料理」
その後も、左の料理であるオムレツを当てる。
卵で包まれているため匂いがほとんどしない料理だと思ったのだが、ここねの鼻はそれすらも嗅ぎ当ててしまうようだ。
俺達もここねの後に嗅いでみたが、正直キムチのせいでよくわからなかった。
この辺は、わざとなんだろう。匂いの強いものを近くに置くことで、他の料理の匂いをわからなくする。
しかし、最初の二人が凄いことをしたおかげで三人目へのハードルが上がりに上がってしまった。
そこで出たのが、まさか康太。
やめるんだ! 康太!! と俺は必死に止めたのだが。
「逝ってくる」
まるで、戦場へと向かう戦士かの如き顔つきで康太はサムズアップをした。
……まあ、結果は大怪我をしたのだが。
こうして、刻々と時は過ぎていき、そろそろお開きの時間帯になった頃。
俺は、ふとエミーナさんのことを思い浮かべた。
「……」
「どったの? なにか悩み事かにゃ」
そう言ってお土産のクリスマスケーキが入った箱を持ってくるみや。
俺はもう食ったのだが、帰った後にキュアレと二次会をするために二個ほど持ち帰ることにしたのだ。
「もしかして、例の古参さんのこと?」
「……やっぱ凄いな、みやは」
「ふふん。三年のブランクはあるとはいえ、零との付き合いは長いですから!!」
ドヤ顔をするみやから俺はケーキが入った箱を受け取り、それをしばらく見詰める。
「エミーナさん、でしたっけ? 私も会ってみたいですね。同じアパートの住人として」
続いてセリルさんが、運よく勝ち取った俺のプレゼントを大事そうに抱えながら呟く。
「ですね。あたしも是非ともエミーナさんと仲良くしたいです、先輩」
俺にサンタ帽子を被らせながらにこやかに言うあおね。
「……よし」
・・・・
「……はあ」
エミーナはテーブルの上に置かれた小さなクリスマスツリーの置物を見詰めながら深いため息を漏らす。
「結局無理だった……」
クリスマスイヴまでに人見知りをどうにかする。
これまでのエミーナの人生で大きな目標を立てたものの結局果たせず撃沈。
わざわざクリスマスツリーの置物まで買っておいて、なんてざまだとエミーナは自身を卑下する。
「今頃、零君はお友達とクリスマスパーティーを楽しんでいるんだろうなぁ」
いつものエミーナだったら、ゲームの冬イベントで時間を費やすのだが、まったくといってやる気が出ない。
遠目で零が出かけていくのを見てから、ずっと何もやる気が出ずただただクリスマスツリーの置物を見詰めて時間を費やしていた。
「……寝よう、かな」
ずっと起きていても何も変わらない。
いや、寝たとしても何も変わらないかもしれない。
(結局、明日も私は……)
寝る準備をするために立ち上がると、部屋中に鳴り響くインターホンの音。
(え? なんで? 何も注文、していないはず。かなみ、さん? 違う。かなみさんは、今日と明日は用事があるって言ってた……じゃあ)
現在アパートに居るのは自分だけのはずだと思っていたエミーナの脳内に浮かぶのは零の姿。
(い、いやいや! そんなはずない。だって、楽しいクリスマスパーティーの後にこんな陰キャのところに来るなんて……しかも、今日は聖夜)
自分のところに来るよりも、友達と騒ぎ合う方が断然いい。
すっかりマイナス思考になったエミーナは、じっと玄関の方へ視線をやりながら喉を鳴らす。
(でも、もし……もし)
それでも期待してしまう。
エミーナは、ゆっくりと玄関へ近づき、覗き穴から外の様子を伺う。
「―――あっ」
そこに居たのは、白い息を漏らしながら立っている零の姿だった。
その瞬間、エミーナの体温は急激に上がる。
「エミーナさん? もう寝ちゃいましたか? 零ですけど」
いつまでも返事がないことに不安の声を上げる零。
ポケットから携帯電話を取り出し、画面を見詰めたまましばらく硬直する。
「お、起きてる、ます……」
高まる感情のまま友達に話しかけるかのような口調になるも、すぐ敬語へと切り替えるエミーナ。
「よ、よかった。えっと、実は渡したいものがあるんですけど。できればドアを開けてもらっても良いですか?」
「え? ど、ドアを?」
「あっ、全開じゃなくていいです。小さな箱を通せるぐらいで良いですから」
そう言って右手にずっと大事そうに持っていた小さな箱を掲げる。
(あの箱……もしかして)
箱の形状からどんなものが入っているのか想像しつつ、エミーナは恐る恐る玄関のドアを開ける。
すると、零は顔を見せず箱だけを押し込んできた。
箱を受け取ったエミーナはすぐ中身を確認する。
(……やっぱり)
箱に入っていたものは想像通り……ケーキだった。
それも小さなサンタクロースが乗っている真っ白なショートケーキ。
「こんなことしかできませんけど。その一緒にどうですか?」
隙間からもう一人分のショートケーキが視界に入る。
「もしかして、私とクリスマスパーティーを?」
「パーティーと言っていいか疑問なところですが」
「……」
「やっぱり、お節介、でしたか?」
反応がないことに不安の声を上げる零。
「違う。違うよ……こんなサプライズがあるなんて、思わなかったから……嬉しくて」
溢れ出す涙を必死にぬぐいながら、エミーナは一緒に入っていたフォークを手に取る。
「零君」
「はい?」
「……ありがとうね。私、もっと頑張るから。ちゃんと人見知りを直して、いつか零君と」
大きく息を吸い込み、今まで言えなかった思いを言葉として紡ぐ。
「仲良くしたい。面と向かってお話をしたい」
「……はい。俺も協力しますから頑張りましょう。その時が来たら、俺の友達を紹介しようと思うんですけど。大丈夫ですか?」
「う、うん。なんとか……頑張ってみる」
「あっ」
「ど、どうしたの? ……あっ」
何かおかしいことを言ってしまったかと、顔を上げると。
「雪」
夜空から雪が降っていた。
「ホワイトクリスマスってやつですかね」
いつもは窓の外から見詰めるだけの雪。
今までは何とも思っていなかったエミーナだったが、今はまるで世界も頑張れと言っているかのように感じてしまう。
「零君」
「はい?」
「……メリー、クリスマス」
「メリークリスマス。さあ、そろそろいただきましょう。大分冷えてきましたから」
「え? あ、ご、ごめんなさい!! あ、温かい飲み物とか、いる?」
「い、いえそこまでは。エミーナさんの方こそ大丈夫ですか? ずっとドア開けっ放しですけど」
「そそそそういえば寒い……!?」
「と、とりあえずドアを閉めた方が」
「で、でもそれじゃあ零君だけが」
小さくも、大きな贈り物を受け取ったエミーナ。
こんな自分のために優しく接してくれる零のためにも、自分を変えようと改めて決意した。
次回から更に物語は動き出す予定。