第十五話 頑張るぞぉ
目を覚ますと、いつもの天井が視界に広がった。
どうやら現実世界のようだ。
左隣へと視線を送ると、いつものようにだらしない表情で気持ちよさそうに涎を口から垂らしている恋愛の神が寝ていた。
「ふひひ……レアアイテム、げっとぉ……」
恋愛の神、ねぇ。
主神様のお言葉だが、本当に役に立っているのか疑問に思ってしまう。
普段のキュアレから考えれば当たり前のことだ。
「表と裏の共同、か」
もしそれが現実のものとなれば、どんな未来になるのか。
今は青春ものというか、現実ものな二次元世界だが。
裏と。
つまり今まで創作物の中の存在だと思われていた者達が表に出てきた場合。ファンタジー、もしくはSF。色々と交じり合った二次元世界となるかもな。
「ふああ……はよぉ、零」
洗面所から帰ってきたところで、丁度キュアレが目を覚ます。
本来ならそのまま朝食の準備をするところなのだが。
「なあ、キュアレ」
「なあに?」
起きて早々、枕元で充電していたスマホを手に取りアプリを開こうとしているキュアレに俺は、問いかけた。
「今日は何が食べたい? お前の好きなものをなんでも作ってやる」
「……え?」
突然の問いかけに、唖然とするキュアレ。
何が食べたい、までは日常的に言っているのだが、好きなものをなんでも作る、というのは一度も言ったことがない。
基本的に、俺の気分で作っている。
問いかけておいて、結局やっぱりあれを作るかーとなり、なんで聞いたー! と叫ばれるのも日常。
そのためキュアレは、今までにないパターンだったためスマホを落とすほど驚いている。
「どどどどどうしたの!? 零らしくない!!」
眠気眼だったのが一気に覚醒。
すっと立ち上がり、俺のことをじろじろと心配しそうな目で見てくる。
「別に。今日はそういう気分なだけだ」
「どういう気分で私の好きなものをなんでも作ることになるの!? え? なに? ドッキリ? どこかに隠しカメラでもあるの? は!? まさか忍三人娘達が隠れ身の術でどこかに隠れてカメラを!?」
わかっていたことだが、ものすごい動揺っぷりだ。
というか自分で言っておいて何言っているんだと思っているからな。
主神様に言われたからって、さすがに急すぎたか。
「ね、熱は……ないか。むしろ冷たい!?」
「さっき顔を洗ってきたばかりだからな」
俺に熱でもあるんじゃないかと、右手で俺の額を。左手で自分の額の熱を測る。
さっきまで熱っぽかったかもしれないが、冷水で顔を洗ってきたばかりなので、多少は冷たい。
「別にドッキリでもなんでもないって。ほら、言ってみろ」
「えぇ……急にそんなこと言われても」
無茶ぶりにもほどがあるが、このまま押し通すことにした。
キュアレが考えている間、俺は制服に着替えて、エプロンを着用する。
「じゃあ、お子様ランチで」
「聞いておいてなんだが、なんで?」
「お子様じゃないから食べられないって? いいじゃん! いい大人がお子様ランチ食べたって!!」
まあファミレスなんかに行かないとお子様ランチなんてそうは食べられないだろうし。
それにしてもお子様ランチか……。
「俺風のお子様ランチでいいか?」
「もちろん。あ、でもプリン! プリンだけは絶対入れてね!!」
「はいはい」
キュアレからの要望を聞いたところで、俺はいつも通り朝食を作ることにした。
考える時間も居るので、お子様ランチは夕食で作るとしよう。
お子様ランチ……お子様ランチかぁ。
「それにしても、本当にどったの? 急に私に優しくするなんて」
「いつも優しいだろ」
「えぇ……」
「なんだよ、そのえぇって」
・・・・
「……はふぅ」
エミーナは、目を覚まして早々に先日の出来事を思い出し深い息を漏らす。
(き、昨日はドア越しだったけど、ちゃんと……うん、ちゃんと話せた!)
ドア越しとはいえ、男性と久しぶりに喋れたことにエミーナは喜んでいた。
過去の出来事から、エミーナは男性と関わり合うのを極端に避けていた。
元から人見知りな性格なのもあり、父親とさえ面と向かって喋ることができなくなってしまった。そんなエミーナが、ドア越しとはいえ男性と喋ることができた。
会話内容はかなり薄いものだが、それでもエミーナ自身にとっては大きな一歩。
(このまま行けば……でも……)
喜びも束の間。
ドア越しではなく、面と向かって喋ることを想像したエミーナはすぐ自信を無くしてしまう。
寝起きのコーヒーでもと思い、布団から出てスマホを一度手に取り時間を確認する。
「あ、そういえば一週間で……」
そこで後一週間でクリスマスイヴだということを知る。
エミーナにとってのクリスマスイヴは、ゲームのイベントを消化して終わりな日。
引きこもりになってからは、それが日常。
「……もし」
だが、今年は……今年こそは誰かと過ごしてみたい。
毎年のように周囲が楽しく過ごしている中、一人引きこもって薄暗い部屋でゲームをしている。
別にそれが楽しくないわけじゃない。
自分と同じように外で誰かと遊んだり、家族で豪華な料理を食べたりしているわけじゃない。
ゲーム好きなエミーナにとっては、苦ではなかった。
ただ、いつまでもこうしてはいられないというのも理解しているからこそ、今年こそ誰かと過ごしたいという考えが浮かんだのだ。
「でも、一週間でなんて……」
思いはある。
しかし、後一週間で変わることはかなりの難易度だ。
「……あっ」
なんとなく玄関から外の様子を確認すると、タイミングよく零がいそいそと制服姿で出てくる姿を目にする。
「あわわ!?」
すると、急に立ち止まりこちらへと振り返る。
視線が合った。
そう思ったエミーナは、いつものようにドアを閉めようとする。
が……。
「うぅ……」
勇気を振り絞って、その場になんとか止まる。
「あっ」
次に目にしたのは、軽くだが会釈をしている零の姿だった。
どうしようかと迷っていると、零は走り去っていく。
小さくなっていく零の後ろ姿に、エミーナは小さく手を振った。
「……」
その後、ドアを閉めてその場にしばらく膝を抱えながら止まるエミーナ。
「よ、よし。頑張って、みよう……!」