第十四話 その日に向けて
「……ん?」
目を開けるとそこは、真っ白な空間だった。
よく小説などで語られるような本当に真っ白な空間。
一度見渡しただけで、どこまでも続いているんだろうと思ってしまうほどに……真っ白だ。
「夢、か」
と、キュアレと出会う前の俺だったら言うだろう。
しかし、この奇妙な状況。
夢ではないかもしれない。
まあ、その可能性がある、と言えるだけで、もしかしたら神的な存在が俺を夢の世界へと誘ったのかもしれない。
「うむ。その考えが正解だ。やはり慣れというのは恐ろしいものだね」
キュアレのように俺の思考を読んだかのような発言をしながら現れたのは、腰まで長い黒髪に赤い帽子を深々と被った……少年?
顔立ちが中世的で、声も女より。
だが、身に着けている衣服は半袖半ズボンにスニーカーと、どこか少年を思わせるものだった。
「まあ、君の疑問への答えは簡単だ。僕は男でもあり、私は女でもある。そういう存在だと言うことさ」
「……つまり、自分で性別を選べるってわけ、ですか?」
目の前に居るのは、明らかに俺より年下だ。
しかし、なぜか自然と敬語になってしまった。
それだけ目の前に居る存在が大きいということ。
「その考えで正しい。でも、少し違う。僕に性別はない。というか意味がないからね。まあ気ままに男になったり、女になったり。気分次第かな」
「じゃあ今は男の気分ってことですか?」
「いいや、正確には男の娘の気分だ」
にっと美少女と間違ってもおかしくない可愛らしくも眩しい笑顔を向ける。
なんだろう……このふわっとした掴みどころのない感じは。
「それで、あなたは」
「主神」
「……マジですか」
神様、とは思っていたけど主神だったとは。
しかも、かなりあっさり明かすとは。
「そうだよ、息子」
「いや、息子って」
「二つの世界。その全ての生命が僕の子供ではあるが。その中でも君は特別。なにせ、今までにない前例。主神である僕から加護を受け、任務を遂行しているからね」
そう言って、俺の目を指差す。
「主神としては、あんまり特別な存在は作りたくはないんだけど。こう……なんだろうねぇ。一度やってしまうと特別な感情が生まれてしまうっていうか。うん……子供の成長を楽しく見てる親心っていうのかな。結構楽しんでる!!」
つまり能力を受け取ってからの今までを主神様は楽しく見ていた、ということだろうか。
確かに、俺自身も楽しいと思うところは多々あったが……。
「さて、息子との会話も楽しみたいが、そろそろ本題だ」
そうだ。
俺がこの真っ白な空間に居る理由。
それはいったい。
「そろそろ君に与えた加護に変化が訪れる」
ということはレベルアップするってことか。
だけど、それぐらいだったら今までと同じで予兆があるからわざわざ主神様が教えるほどじゃ。
「確かにね。だけど、次の段階は今までとちょっと違う。今までは僕が設定した通りに能力が追加されていったけど……次からは君の思考に合わせて加護自体が変化する」
「俺の、思考に合わせて?」
それってつまり俺に合わせた能力になるってことなのか?
「君の性格、君の思考、君の行動……その全てが加護に反映する」
「そういえば、キュアレが持ってたメモにも……」
「まあ、これまでの君の行動から考えたら悪い方向に変化することはないと信じてるよ」
「あはは。信頼してくれるのは嬉しいんですけど」
いったいどんな風に変化するのか。
俺自身予想がつかないんだが。
「というか、俺ちゃんと主神様の役に立てているんですかね? なんだか、今ではただ相手の正体を見破ったりするのに使ってるだけのような気が」
「そのことに関しては問題はない。僕の目論見通りになってるからね」
「え?」
ど、どういうことなんだ?
「確かに、人々の思考が歪んでるって思ったのは本当さ。だけど、君に加護を与えたのにはもうひとつ他の考えがあったんだ」
「そ、それはいったい」
「今、君の状況がそれを物語ってる」
今の状況? それって俺が能力を与えられてからの生活ってことでいいのだろうか?
てことはつまり、主神様のもうひとつの目論見って。
「表と裏の共同。君には、その架け橋となってほしいんだよ」
「表と裏の……共同」
「今までは表は表。裏は裏って感じだったけど。そろそろ世界も次の段階に進んでも良いんじゃないかって。神々もねぇ、騒ぎはじめてさ」
「は、はあ」
「二次元世界なんだから日常的に妖怪が居たり、魔法を使ったりしてもいいじゃないかーって」
うわぁ、キュアレ辺りとか言ってそう。
そういえば、キュアレと似たような思考の持ち主が他にも居るようなことを言ってたっけ。
「僕の力で無理矢理そうすることもできるんだけど」
さ、さすが主神様。
さらりととんでもないことを。
「やっぱり、これまでの歴史がある世界を勝手に創り直すのはね」
「だから、俺が架け橋となって徐々に変化をもたらそうってことですか?」
「その通り。とはいえ、今のところは君が表と裏の住人達とわちゃわちゃしているのが好評だから、君が思ったように生活を続けてくれればいい」
えぇ……そんなことを言われても。
「今の生活……どう思っているんだい?」
と、俺の目の前にしゃがみこみ、真っすぐ視線を合わせて問いかけてくる主神様。
「……楽しい、です」
それを聞いた主神様はそれはよかったと笑顔を作る。
「今すぐにってわけじゃない。本当に表と裏が共同していいのか。共同した場合、世界はどんな方向に変化するのか。僕を含め、神々も真剣に話し合っている」
とはいえ、もしかしたら遠い未来……魔法が普通に使えて、それを教わるための学校とかできたり。魔物なんかと戦ったり……そういう世界になるかもしれない。
「とまあ、今話したいことは、こんなところかな」
「……あの、一つ聞いてもいいですか?」
話が一段落したのを見計らって、俺はずっと気になっていたことを主神様に聞くことにした。
最初は、二つの世界を創り、全ての神の頂点ということでものすごく緊張していたが、こうして話しているうちに、なんだか話しやすく、落ち着く存在だと思った。
「なにかな?」
「どうして、キュアレを選んですか?」
俺が聞きたかったのは、今回のテストにあたってのサポート役。
それをどうしてキュアレにしたのかを聞きたかった。
「ふむふむ。確かに、これまでの彼女を見ているとサポートらしいサポートはしていないように見えるね」
「最初は、それとなくしていましたけど。最近は、部屋でぐーたらしてるだけで……」
あ、やば。
このままだと愚痴がどんどん出てきてしまう。
とっさに口を閉ざした俺を見て、主神様はくすっと小さく笑う。
「彼女は、恋愛の神だということはわかってるよね? ただぐーたらしているように見えて彼女は役に立っているんだよ」
「え? そ、そうなんですか?」
けど、これまでのキュアレはメモに書かれたことを教えたり、最近だとフラグが立っただのなんだのと言うだけの存在になりつつあるような。
「人との繋がりを導く。それが恋愛の神の権能がひとつ。彼女がそこに居るだけで、運命的な出会いを果たせることができる。例え、海向こうに居る相手でもね」
「……運命的な出会い」
その言葉に俺はこれまでの出会いを思い出す。
まさか。
「彼女は君のことを大好きなようだからね。一緒に暮らしていくうちに、その力が加護として大きく影響しているんだよ」
なるほど。キュアレが居ることで、神々が思う表と裏の共同というものが実現するかもしれないということか。
「そして、そこに君の主人公としての力が合わさることで、普通ではありえない出会いが起こる。今は、確か……ふふ」
な、なんだ? なんか楽しそうだけど。
「とまあ、キュアレのことを少しわかってくれたかな?」
「はい」
「キュアレも今の生活が気に入っている。このままテスターとして能力を使いつつ、楽しい生活を送ってくれ。頑張りたまえ、青少年!」
ばん! と俺の背中を叩き、主神様は光となって姿を消した。
と、同時に俺の意識も徐々に薄くなっていく。
表と裏の……遠い未来、魔法とかが当たり前となった日常が……。